真夏の情事

５.

「まずは泥を落とさなくちゃ」

純の部屋に戻ってきた二人は、そのまま風呂場に直行した。泥と血で汚れた服を、傷に障らないよう注意しながらそおっと脱がせる。そしてぬるめの湯を浅く張った浴槽に入るよう促すと、純も下着姿になって一緒に入った。

「痛かったら言ってね」
「はい……」

湯をすくって身体に掛けては、柔らかな布で優しく拭う。そうしながらも、傷の程度を確かめる。雪仁はもう意固地になることはなく、大人しく純の奉仕を受けていた。

「よかった……思ったより傷は深くない。手元にある薬だけで対応できそう」
「急所はちゃんと庇ってましたから。こういうの慣れてるんで」
「バカ。こんなことに慣れるんじゃありません」

純はめっと上目使いで叱ってみせる。そして汚れた湯を流して、ぬるめのシャワーを掛けてやる。

「沁みない？」
「はい、大丈夫です」

よかった、と言って微笑う純に、雪仁は無言で腕を伸ばす。背中に腕を回して抱き寄せ、さらに胸を持ち上げて、

「純さんのここも、消毒しねえと」

そう言って、ナイフの刃先で傷付けられた乳首の先端に優しく舌を這わせる。純は「ゃッ…」と小さく声を上げ、「僕は平気だから…」と逃れようとする。

しかし雪仁は許さず、純の身体を浴槽の縁に押さえ付け、舌先でちろちろと執拗に舐める。疾うに出血は収まっていたが、微かに血の味がした。

雪仁は一瞬、ここに歯をたててさらに濃厚な血を溢れさせ、それを味わいたいという獣じみた欲望に襲われた。そして、そんな自分に深い嫌悪感を覚え、慌てて口を離した。

「こっちは……何もされなかったか？」

傷付いていない方の胸に手を伸ばし、下から乳輪ごと揉み上げる。純はふるふると首を振って、

「なんにも……されてないもの………」
「本当に？　舐められたり捏ね回されたりしてねえか？」

何も答えず、ひくんと肩を震わせた純の反応で分かった。雪仁はギリ、と奥歯を噛み締め、

「やっぱりされたんじゃねえか。ふざけんなっ………」

怒りも露わに吸い付いた。さらにコリコリと歯を立てて、少し強めに咀嚼する。純は腰を跳ね上げて、

「イヤッ………食べちゃいやぁ……ゆきひとく………」

しかし雪仁は聞き入れるどころか、下着の奥へ手を突っ込んで荒々しい愛撫を仕掛ける。まだ柔らかい半身を握り込み、ぎゅっぎゅっとリズミカルに圧力を与えてやると、一途な脈動と共にやんわり形を変え始めた。純は雪仁の肩に手をつき、

「だめぇ………先に手当てをさせて、おねがい………」

涙声の哀願には従うより他なく、雪仁は渋々ながら身体を離した。

「もぉ……言うこと聞かない悪い子………」

荒い呼吸で波打つ胸の上では、紅く膨れた双つの実が誘うように揺れている。加えて、涙の菲膜がかかった艶めく瞳に甘い咎めの眼差しを送られ、雪仁の雄はあっという間に天井を向いた。

もちろん純は気付いていたが、見ていない風を装って立ち上がり、

「いい子で手当て受けてね」

手を差し伸べてにっこり笑った。




パジャマ代わりのシルクシャツをまとい、ベッドの上で膝立ちになって手当てを施す。すぐ目の前で眩いばかりの光沢を放つ太ももに何度も手が伸びそうになるけれど、そのたびにもう少しの辛抱だと言い聞かせて触手を収めた。

温かな指先がこめかみに触れ、口許を撫でる。薬など塗らなくても、それだけで傷の痛みは甘い疼きへと変じてしまう。

雪仁は身体のあちこちに灯された火照りを意識しつつ、神妙な態度でじっとしていた。

「ここも…痛い？　ぴりぴりする？」
「あ、はい……少し………」

純はそっと眉をひそめて丁寧に薬を塗り、ガーゼを当てる。そしてその上からちょんと唇を押し当てた。

「早く治りますように」

そう言って淡く微笑む純は眩暈がするほど美しく、思わず赤面してしまう。それを指摘されるのが恥ずかしくて、慌てて顔を背けて隠した。

「どうしたの？　ね、まだ顔の手当て終わってないよ」
「……もう大丈夫です」
「だめっ。ちゃんとこっち向いて」

肩を掴んで正面を向かせようと力を入れた。すると雪仁は「うっ」と低く呻いて背中を丸め、掴まれた肩を痛そうにさすった。純は一気に蒼褪めてすがり付き、

「ご、ごめんっ、ごめんなさいっ。そこも怪我してたの気付かなかった。ど、どうしよう……そんなに痛い？　もしかしたら骨に異常が―――」

雪仁はぱっと顔を上げて、してやったりと言わんばかりに笑い、

「なんつって。嘘ですよ。ちょっとからかって―――」

しかし、言葉途中で息を呑んだ。瞬きを忘れた紫の瞳から、大粒の涙が次々と連なって零れ落ちるのを見たから。雪仁は暫し呆然としたが、はっと我に返り、

「じゅ、純さんっ？　すみませんでした、あの、俺………」

おろおろと手を差し伸べて謝る雪仁に、首を振って拒絶を示す。その動きを追うように、涙の結晶がはらはらと舞い散った。

「も……いや……。そうやって意地悪ばっかり………」
「純さん………」
「きょ、今日だって……話しかけても冷たいし………恐い顔でにらむばっかりだしっ………」

んくっと喉を鳴らして嗚咽を呑み込む。しかし胸の奥から熱い塊が次々湧き上がり、それに煽られるように肩がひくんひくんと上下に揺れる。

「いっしょに……やりたいこといっぱいあったのにっ………散歩して、ボートに乗って……楽しみにしてたのに………なぁんにもできなかった………んっ、んくっ………」

初めて自分の前で涙を見せた純に雪仁はどうしてよいか分からず、とにかく抱き寄せようと腰に手を伸ばす。しかし純は胸に手を突いてやんわり押し戻す。いやいやと首を振り、

「昨日だって………おっきいニンジン無理やり食べさせようとするしっ………いじわるして僕が困ってるの見て楽しんで……それに……あんな喧嘩して心配ばっかりかけて………も、いやぁ………」

ぽたぽた垂れる涙を指先で、唇で受け止めて、雪仁は切実な声で「泣かないでください…」と訴えた。純はふいと横を向き、

「泣いてなんかないッ」
「そうか、そうですよね。あなたが俺のことなんかで泣いてくれるはずがないですよね」

溜め息混じりで呟く雪仁の首にかじり付き、

「バカッ、そうゆうとこが意地悪なのッ」

涙声で叫んで、首筋に顔をうずめて苦しげにすすり泣いた。つい先刻、あの暴徒たちを堂々と脅迫し退散させたのと同じ人物とは思えないほど、その姿は痛々しく健気だった。

雪仁は、儚げに震える背中を落ち着かせようと何度も何度も撫でさすり、

「すいませんでした。もう無茶なことはしません、心配かけません、意地悪もしません。だから………泣かないでください」

純がゆるゆると顔を上げると、苦しげに揺れる瞳がすがるように見下ろしていた。雪仁は、無骨だけれど優しい指先で濡れた目尻や頬を拭い、

「あなたの涙……きっと宝石みたいに綺麗だろうなあと思ってました。一度見てみたいと。でも、こうして実際に目の前で泣かれて初めて分かりました。好きな人の涙はどんなに綺麗でも、やっぱり苦いものなんだ」

付着した涙にそっと唇を押し当てた。そこから伝わる純の想いに同調するように顔をしかめ、

「あなたが泣くと俺も悲しい。胸が痛い……すげえ痛いです」
「雪仁くぅん………痛いの？」
「はい、ここが……しくしく痛みます」

そう言って左の胸を指差す。純はその部分にぷちゅ、と口付けを贈った。

「まだ……痛い？」
「はい、今度はここが……」

純は右の胸にも唇を押し付け、舌先を這わせてささやかな愛撫を贈る。雪仁は自分の唇を指差し、

「純さん、ここも……」

純は半開きの濡れた唇を重ね、舌で雪仁の唇をなぞる。そして口腔に忍び込ませると、待ち構えていた舌に素早く巻き込まれ、きつく吸い上げられた。

「ンッ………」

そうやって舌をこすり合わせるうちに二人分の唾液が溢れ、口の端からとろとろ滴る。気が付けば舌をぴちゃぴちゃ絡ませながら、互いの性器に手を伸ばしていた。

純は下着越しに雪仁の雄々しい輪郭を指でなぞる。するとそれはビクビクと跳ねるように揺れてさらに膨張し、下着に収まりきらなかった亀頭が丸々顔を覗かせた。

純は慈しむようにその熱い先端を撫でる。すると「ゥッ…」とささやかながらも濃厚な呻きと共に、粘液がどろりと溢れて指を濡らした。

雪仁は乱れた呼吸を繕おうともせず、下着の中に乱暴に手を突っ込み、鼓動が早まりつつある純の分身を握り込んだ。

「ァァッ……」

濡れた唇からこぼれる喘ぎより、腰の動きの方が雄弁だった。雪仁の逞しい首にしがみ付いたまま、腰をくいっくいっと上下に揺らして淫らなダンスを披露する。

その動きに誘われて手を伸ばし、下着を掴んで一気に膝までずり下ろす。間髪入れず純の身体を押し倒してするすると引き抜くと、自分の下着も脱ぎ捨てた。

「純さんっ………」

せり上がった欲望の塊に声帯を押し潰され、みっともなくしわがれた声しか出てこない。しかしそんな自分の情態に構う余裕すらもはやなく、雪仁は純の上にのしかかって背中に腕を回し、胸を持ち上げた。そして傷付け辱められた果実を再び丁寧に舐め上げる。

舌のざらざらした感触が先端の傷口に刺激を与え、甘痒い痛みがぴりぴりと走る。純は鼻にかかった喘ぎを漏らして雪仁の頭を撫でつつ、背中に脚を絡めてぎゅぅっと締め付けた。

愛液で濡れそぼった股間が雪仁の胸に当たり、ぬるぬる滑る。硬い胸に挟まれた純の性器はさらに愛液を溢れさせ、ぐじゅぐじゅと淫らに泣いた。

「純さん……アソコ、舐めたい………」
「ん……起こして………」

雪仁の手を借りて身体を起こした純は、四つん這いになってお尻を突き出した。しかし少し思案して、

「ね、雪仁くんのも舐めたいの……いいでしょ？」

そして答えを聞くより早く、雪仁の上に跨った。その体勢で上半身を前傾させて、獣欲を先端まで漲らせた一物を口に含む。自然にお尻は雪仁の顔の上へ。純の積極的な態度に興奮しつつも、両手の指を谷間に差し込んで尻たぶを掴む。

みずみずしい質感と肉の柔らかさを手のひら全体で味わいつつ、左右に割り開いて露わになった桃色の潤みに舌先を這わせた。

「んふっ………ふ、ふぅ…ん…………」

雪仁のモノを咥えたまま、こもった喘ぎを漏らす純。さらに生温かい舌が侵入して、浅く敏感な部分でくねくね蠢き出すと、一瞬奉仕を忘れてその快感を追いかけそうになってしまう。

しかし口の中の愛しい存在を思い出し、根元を小刻みに扱きつつ喉をすぼめてきゅっきゅっと吸い上げた。途端に熱い液体が口腔を満たし、飲み切れなかった分が唾液と共に隙間からとろとろ滴り落ちた。

そうする間にも、雪仁は指と舌で巧みに掻き回し、固かった蕾をはんなりと綻ばせた。

いったん舌を抜き、指でクチャクチャ音をたてつつ押し広げる。とろりと捲れ返った花唇を少し強めにこすると、純の下肢全体がぶるぶると震えた。

「すげ……奥まで見えますよ。嫌らしくうねってる………」

ここがあの途轍もない快楽を生み出すのかと思うと、敬虔な気持ちさえ湧いてくる。雪仁は指を埋め込んでそのうねりを堪能しながら、ずっと放置状態だった純の半身を口に咥えた。

「ンァァッ………」

両方への刺激にさすがに耐えられず、純は口を離して切なく悶えた。口腔から勢いよく飛び出た雪仁自身は、まるで意志を持った生き物のようにびち、と跳ねて汁を飛ばした。

「も……だめ……これぇ……欲しいの………」

赤黒く血管の浮き上がったグロテスクな一物を、慈しむように撫でてはフレンチキスを繰り返す。限界が訪れて久しいのは雪仁も同様で、ゆっくり身体を起こして「俺も我慢できねえ」と荒れた声で呟く。

ずしりと重い自身の股間を眺めて、よくもまあこの状態で耐えていられるなと自画自賛を送りつつ、四つん這いのままの純を抱き起こして引っくり返した。

「挿れますよ」
「ん……きて………」

自ら脚を大きく開き、腰を浮かせて誘いをかける。そうしながらも頬はほんのり桜色に染まり、恥ずかしそうな上目使いでじっと見つめてくるのだから堪らない。雪仁は飢えた猛禽のごとく喉を鳴らして、綻びかけの蜜花に自身の先端を押し付けた。

「んふっ」

甘い吐息に快楽への期待を乗せ、純はぎゅっとシーツを掴んだ。やがてその部分が広げられる感覚と共に、熱い塊が秘密の領域に侵入してくる。

「ァッ、ァァッ…………すごぉい………おっきい…………」

エラの張った巨大な亀頭を半分ほど押し込んで、いったん息をつく。本当は一気にズブズブと突き刺したかったが、さすがにこの大きさで無茶な行為をしたら純を傷付けてしまうかもしれない。

限界まで広げられた花びらを労わるように指の腹でぬるりと撫でると、純は全身を小刻みに震わせてすすり泣きをこぼした。

「早…くぅ………ふかく、突いて…………」

甘えた催促に応じるため、雪仁は純の腰を抱え直して体勢を整える。そしてゆっくり焦らすかのように腰を進めていった。

「んぁっ………ァァ……もっと………奥ぅ…………」

その言葉に連動するかのように、柔らかな腸壁がぺったり吸着して奥へ奥へと誘い込む。もう駄目だと思った瞬間には、股間を押し付けて根元まで突き刺していた。

「アァッ………ン、ンッ……………」

ズゥンと脳天まで貫く衝撃と共に、お尻の奥にじゅわっと熱いものが広がった。純は嬉しそうに目を細めたが、対して雪仁は肩を落として項垂れ、

「すいません………我慢できなかった………」

挿れた途端に暴発するという、経験値の浅さを露呈するような失態を詫びた。純は萎れた肩をそっと撫で、

「いいの。いっぱい出してくれて嬉しい。一回くらいじゃびくともしないでしょ？　さあ、もっともっと味わって、食べ尽くして。ね？」
「純さん……覚悟してくださいね。本当に食い尽くしますから」

純の指摘通り、突き入れたままの雪仁自身は一度放ったとは思えぬほど隆々と脈打っていた。

いったん腰を上げてカリの部分まで引き抜き、勢いつけて押し込むと、どぷっと濃厚な水音と共に白い糖蜜が溢れ出た。それが幾筋かに分かれてとろとろ流れ、淫らな触手となって純の腹を舐める。

「はは……こんなに出たんだ………」

雪仁は呆れたように呟くと、腰をがくがく上下させて本格的な注挿を始めた。いったん引き抜き、まとわり付く柔襞ごとぐちゅっと押し込むと、再び白い液体が溢れて流れ出る。

それは純の腹を越えて胸にまで到達し、清らかな雪の肌にこの上なく淫らな光沢をまとわせた。純はシーツに指を絡ませ、精液塗れの胸を波打たせて艶めかしく喘ぐ。

引き抜かれる瞬間、硬く張ったカリが前立腺を掠めると、「キャアッ」と悲鳴を上げて腰をビチビチ跳ね上げた。

「ァッ………ャァッ……イクぅ、も……イクぅ………ゆきひとくぅん………」
「純……名前、呼んでくださいっ……恋人みたいに………」
「ゆき…ひとく………」
「可愛い雪仁くんじゃなく、恋人に……甘えるみたいにっ………」

純はシーツから手を離し、雪仁の方へ差し伸べて、

「あっ、あ…ン………雪仁ぉ……きてぇ……奥、ぐちゃぐちゃにして……」
「純ッ……」

雪仁は身体を前傾させてその腕を絡め取り、歓喜と共に奥をグリ、と抉った。その瞬間、蜜壷全体がきゅぅっと収縮する。

「キャアアアアアッ、イクッ、イクぅ…………」

折り曲げた脚で宙を蹴りつつ、純はびゅくびゅくと白濁を飛ばした。雪仁は上から覆いかぶさったまま、腰を細かく揺らして甘く悶える媚肉の最奥部へと精を送り出す。

「んっ……んん…………ふ…ぅ……ん…………」

雪仁の首にしがみ付いて射精の余韻を味わった純は、その耳許で囁いた。

「きもちよかった………すごく…………」
「俺も、です。まだ抜きたくねえ………」

純はふふっと笑って後ろをすぼめ、

「抜かせないもん。ひと晩かけて食べ尽くしてくれるんでしょ？　ねえ……」

あらゆるオスの欲望を掻き乱す媚薬のような言葉を流し込み、腰に脚を巻き付けてゆったりと上下させる。


―――もしかしたら、食われてんのは俺かもしれないな……


美しい花弁と甘い蜜で虫を誘う密林の花がふと頭をよぎったが、股間からじわじわ再燃する快楽の燠に煽られ、気付いた時にはガツガツと飢えを満たすように激しい注挿に没頭していたのだった――――




―――なんだろう……これは。甘い香りがして、柔らかくて、仄かに温かくて……。そうか、ホットケーキだ。焼き立て手作りホットケーキなんだ。いや、スフレケーキかもしれないな。とにかく冷めないうちに食べないと………


「……ゆきひとくぅん……痛ぁい………」


―――痛い？　なんだよ、ホットケーキが喋ってる。ってことは夢か？　いや、そんなはずは……だってこの甘い匂いは………


「それは食べものじゃありません」


―――え？　食べものじゃない？　ホットケーキじゃないのか。ホットケーキじゃ……


「ホットケーキじゃ……ねえのかよ………」
「違います」

雪仁はぱちっと目を開けて、自分の手が掴んでいるものを見た。それは純の二の腕。よく見れば、うっすら歯型が付いている。

「うわっ、すすすすすすいませんっ」

雪仁は慌てて手を離す。すると純はもぞもぞと身体を動かして雪仁の胸にぴたっと寄り添い、

「確かに食べてとは言ったけど、まさか本当に食べられちゃうとは思わなかったぁ」

そう言ってクスクス笑った。雪仁は耳まで真っ赤にして、

「すいません、その、夢を……」
「ホットケーキを食べる夢？　そういえば雪仁くん子供のころから大好きだったもんね。僕が初めて作ってあげたのもホットケーキだったし」

いつもなら、ガキの頃の話はするなとぴしゃりと言い置くところなのだが、さすがに今は立場が弱い。むすっと黙り込んでから、不貞腐れた声で、

「純さんが、美味しそうな甘い匂いしてるからですよ。しかもふわふわであったかくて……」

純はんふっと柔らかく笑い、腕を伸ばして抱擁をねだる。

「じゃあ食べてみる？」
「ったく、あなたって人は……」

雪仁は身体を起こして上から覆いかぶさるように抱き締め、唇を吸った。愛らしい吐息や唾液の弾ける音が、朝の清涼な空気に艶めく彩りを添える。

やがてどちらからともなく唇が離れたが、雪仁はまだ抱擁を解こうとしない。もう少し、あと少し、この肌に触れていたい―――

「いい加減起きないとヤバいですね……」

自分に言い聞かせるように呟いて、ようやく純の身体から腕を離した。が、純はまだ雪仁の背中に腕を回したまま、

「ね、もう一泊しちゃおうか」
「えっ？」
「桐生くんが酷い怪我をしています。とても長時間バスに揺られて帰れる状態ではありませんので、僕が手当てをして、もし必要なら近くの病院へ連れて行きます―――ね？　嘘はついてないでしょ？」

そう言って悪戯っぽく笑う。突然の申し出に、喜びより驚きの方が勝った雪仁だったが、徐々に笑顔がこぼれてきた。再びぎゅっと抱き締めて、

「ヤバい、嬉しくて死にそうです」
「死んじゃだめ。昨日できなかったことぜーんぶするんだから。湖畔を散策して、ボートに乗って、ピクニック気分で外でご飯食べて………」

純の言葉ひとつひとつに頷きを返した雪仁だったが、結局、その日は一日中純の部屋にいた。というか純の中にいた。湖畔の散策もボート遊びもお預けのまま、目眩く濃密な時間を過ごしたのだった。
（Fin）

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