真夏の情事

１.

生まれたての夏の黄昏は甘く、微かに淫らな匂いがする。

人の気配も失せ、校舎内には温気に爛れた静寂が満ちるのみだったが、唯一の例外があった。それは高等部の保健室。外からは聞こえないが、ひとたび室内に入れば―――

「んっ、んあッ………アッ………ァ…………」

濃厚な喘ぎ、汗ばむ肌と肌がぶつかる音、簡素な寝台が軋む音、そして―――

「純ッ………」

情欲に荒れた声が、愛しい人の名を呼ぶ。と同時に雪仁は抱えていた腰をズン、と自分の方へ引き寄せ、激しい脈動と共に自身の精を送り出した。

「やッ………ァッ、ァァッ………アアアアーーーーッ」

脚を大きく広げられほとんど上から垂直に打ち込まれていた純は、容赦ない性感の波濤に耐え切れず、シーツにしがみ付いて切ない悲鳴を上げた。

そして下肢をひくんひくんと跳ね上げて、真っ赤に膨れた先端から白い飛沫を吹き上げる。雪仁は険しく眉根を寄せてシーツから手を引き剥がし、

「そんなもんに縋るんじゃねえよ」

苛立たしげに吐き捨てた。射精を終えた純はとろんと危うい眼差しを向けて、

「じゃあ……何にすがったらいいの？」
「何って……俺、に………」

俺に縋れよ―――そこまで言う自信がないのか、雪仁は悔しそうに唇を噛んで横を向いてしまう。純は蜜花が綻ぶようにとろりと笑い、雪仁に向かって両手を差し伸べた。

「抱いて……ねえ、ぎゅって抱いて」

雪仁は慌てて差し伸べられた腕を絡め取り、そのまま純の身体を抱き起こした。そして繋がったまま自分の上に座らせて、ありったけの力を込めて掻き抱く。

「純さんッ……」

縋っているのは間違いなく俺の方だ―――そんな痛い自覚が頭の中を駆け巡るが、腕の中にある温かな存在への愛しさに、あっという間に駆逐されてしまう。

雪仁は無我夢中で唇を塞ぎ、ふっくらと甘い舌を吸い上げた。

「ふぁ…ん、んっ………ふぅ…ン…………」

生々しい飢えを剥き出しにした吸い上げに全てを委ねつつ、純は背中に回した手で雪仁の背中を撫でる。

逞しくごつごつした背筋を指でなぞり、首筋から項へ。まるで成長を確かめるかのように、存在自体を慈しむかのように愛撫する。

「んふぅ…ん……ゆ…きひと……くぅ…ん………」

重ねた唇の隙間からこぼれる自分の名には、溢れんばかりの愛情がこもっていた。恐らくこの先何年何十年と生きても、自分の名をこんな風に呼んでくれる人には出会えないだろう。

喉の奥からじわじわとせり上がってくる熱い塊を嚥下するため、雪仁は惜しみつつも唇を離した。

絡まった唾液がクチャ、と音をたてる。そんな些細な音にさえ、どうしようもなく昂ぶってしまうのだ。

「あ………ン、雪仁くんてば、またおっきくなってきた…………」

ちょっと咎めるようにそう言って、その事実を知らしめるため後ろをきゅぅっと窄める。すると雪仁は「ぅっ…」と小さく呻き、

「そ…んなことしたら……またでかくなっちまうだろっ………」

純は「んふっ」と笑って、「知らないもーん」とそっぽを向く。そうしながらもリズミカルに括約筋を収縮させ、深く咥え込んだ雪仁自身をさらに悶えさせた。

「ぁっ、ぁぁっ……やん、またぁ………すごぉい…………」

どくん、どくん、という脈動が直に内壁に伝わってくる。と同時に突き刺さっているモノの容積も増し、純の秘孔は自然と押し広げられた。思わず淫らな声を上げて、腰を揺らしてしまう。

「仕方……ねえだろっ………試験中はあなたがヤラせてくれなかったからっ―――」

ようやく期末試験も終わり、夏休みを目前にした初夏の夕べ。雪仁は溜まりきった欲望で飽和状態の身体で保健室を訪れ、傍から見たら強姦としか思えないほどの荒々しさで襲い掛かったのだった。

「……だから？」

裸の胸をぺったりくっ付けて、甘えた声で言葉の続きをねだる。そんなささやかな媚態にすら、喉の奥を撫でられるかのような疼きを覚えてしまう。
雪仁は劣情で荒れきった声で、

「だから、止まらないんだよっ………」

本心を明かして純の尻たぶを鷲掴みにすると、上下に揺らして股間に打ち付けた。

「やぁッ、ぁっ、ぁぁ……ん………」

突然の突き上げに悲鳴を上げつつも、純も自ら尻を振って交わりをより深くした。さらに後ろをぎゅっと締めて、今自分を犯している憎らしくて生意気で愛しい半身に、さらなる刺激を刻み込んだ。

その効果は覿面で、雪仁は「くそっ」と悪態を吐きながらも熱い迸りを純の中に注ぎ込んだ。柔らかく丸みを帯びた尻が潰れるほど強く押し付け、腰を揺らしながら次々と送り込む。

純はお尻の奥にじゅわじゅわと広がる熱を味わいながら、雪仁の頭を撫で続けた。ようやく全て出し切った雪仁は深い息をつく。そして肩を微かに落として、

「すいません……自分ばっかり………」

純は尚も頭をなでなでして、

「いっぱい出してくれて嬉しい……ありがと………」

そう言ってふわりと微笑んだ。雪仁は喉を詰まらせながら、柔らかな身体を抱き締め、

「もう少し……こうしててもいいですか？」

純は答える代わりに背中へ腕を回し、優しく爪を立ててきゅっとしがみ付いた。

「もうすぐ……夏休みですね」
「うん……」

夏休みなんか来なければいいのにと、心から思う。子供の頃はひたすら楽しみで、待ち遠しくて、そしてあっという間に過ぎてしまった。なのに今は、この空白がただひたすら怨めしい。

１カ月半もの間、いったい何をして過ごせばいいのか途方に暮れてしまう。純に会えないというこの１カ月半を。

「ずっとあなたに会えないのかと思うと、頭がおかしくなりそうです」

会えないことないよ、いつでも家に遊びに来て―――さすがに純もこうは言わなかった。

雪仁が求めているものが何であるのか知ってしまった今、三人で仲良く食事しましょうだなんて余りに残酷だ。それでも純は明るい声で、

「ねえ、林間学校は？　行くんでしょ？」

思わぬ問いに面食らいつつ、雪仁は「行きませんよ、あんなもの」と吐き捨てる。その答えを聞いた純はしょぼんと項垂れて、

「なんだぁ……行かないのかぁ………つまんないの」

雪仁は大きく目を見開いて、

「もしかして、純さんは行くんですか？」
「うん、行くよぉ。保健医だもん。怪我人や病人が出るかもしれないでしょ？　でもハードな山登りとかするわけでもないし、たぶんヒマだと思うんだ。だから自由時間には雪仁くんと一緒にお散歩したり、のんびり過ごせるかなあ、なんて密かに楽しみにしてたんだけど……」

そう言って、淋しさを繕おうともせず小さな溜め息をつく。が―――

「行きます」
「……え？」
「純さんが行くなら行きます。当然でしょう？　何でもっと早く教えてくれなかったんですか」

純はぱちぱちと瞬きして雪仁の顔をじっと見つめ、

「行け…るの？　お家の用事とかあるんじゃないの？」
「違いますよ。ただ、ああいうかったるい団体行動はご免だと思ってただけです。でも、あなたが行くなら行きます。絶対に行きます」

途端に純の瞳はきらきら輝き、口許からは笑みがこぼれた。そして雪仁の首筋に頬をぺったりすり寄せて、

「やったぁ。嬉しいっ、嬉しいよぉ」

衒いない喜びを繰り返す。最近、こういった幼い仕草もよく見せてくれるようになった。それが雪仁にはたまらなく嬉しくて、感情が湧き上がるまま叫び出しそうになってしまう。

「ねえねえ、夜は一緒に星を見よう。とっても綺麗なんだよ。それからボートにも乗りたいし―――」

あれもしたい、これもしたいと子供みたいに指折り数える純を愛しさを込めて眺める。そして我ながら現金だなと思いつつも、早く夏休みにならないかなと願う雪仁だった。




「はああ……まだ信じらんないわ。あたし、真夏の夜の夢を見てるんじゃないかしら」

桜井那智（さくらい・なち）は溜め息混じりで呟くと、隣の雪仁の皿からミディアムレアに焼けた肉をかっさらって自分の皿に入れた。

「おまえ〜〜、人のもん取るな」

しかし那智は知らんふりで、しみじみと、

「まさか雪仁がこんな団体行動に参加するなんてねえ……」
「あんだよ、悪いか」

那智はちらと肩を竦めて、

「別に悪かないけど。ていうか女子生徒諸君は大喜びで浮かれまくってるわよ。この機会に告っちゃえ、みたいな身の程知らず大言壮語な奴もいるし」
「阿呆くせえ」

雪仁は面白くもなさそうに吐き捨てると、那智の皿から素早く肉を奪還した。那智はむむ、と唸って「おぬし、なかなかやるな」と言い、新たな肉を網の上に乗せた。そして、

「まあ、覚悟しといた方がいいわよ。こういうイベント時って、女子は勝手に盛り上がっちゃうものだから。まあ女子だけじゃないかもしれないけど。星空の下、目をうるうるさせて桐生君、好きです…みたいな」
「ぞっとしねえな」

雪仁はいささか疲れたようにそう言って、ぐるりと辺りを見回した。

ここは蒼薇学園が所有する保養施設で、テニスコートやジム、大浴場やジャグジーなども完備。ここで毎年１年生を対象に、夏の林間学校が実施された。

“学校”とはいうものの、簡単なレポートを提出するだけでほとんど遊びの延長のようなもの。引率する教師も夜の宴会目当てなのだから、生徒たちも束縛されることなく自由に時間を使うことができた。

そして第一日目の夜。広いバーベキューテラスで用意された食材を焼きつつの、楽しい夕食。みな興奮気味で、きゃあきゃあ騒ぎながら網をつついている。

「純せんせー、こっち、お肉がいい具合に焼けてますよお」
「は〜〜い」
「ああっ、だめですそっち行っちゃ。せっかく海老が焼けたのに〜〜」
「ふわっ、そうだったぁ」

純はお皿を持ったまま、呼ばれるがままあっちへぱたぱたこっちへぱたぱた移動して、そのたびに生徒たちから色んなものを貢がれた。

落ち着いて食事ができる感じではなかったが、それでも頬を紅く染めて楽しそうににこにこ笑っている。見ているこっちまで、頬が緩んでしまいそうだ。

「……雪仁、鼻の下伸びてる」
「………あ？　何か言ったか？」
「別に」

那智は胸の奥でやれやれと溜め息をついて、まだ一途な瞳で純の姿を追っている雪仁の顔をそっと見上げた。

「純先生、今度はこっちに来てくださぁい」

雪仁たちの隣のテーブルに純が来た。網を覗き込むと、

「わわ、隅っこの方野菜が焦げてるよ。お肉ばっか食べてちゃだめだよ。ちゃんと野菜もバランスよく食べないと」

そしてピーマンやら玉ねぎやらを、次々と皿の中へ放り込んでやる。生徒たちは「はぁ〜い」と素直に頷いて、箸を付けた。

すると純の背後からぬっと腕が突き出て、大きなニンジンをごろん、と皿の上へ落とした。慌てて振り向くと、雪仁がにやにや笑いながら、

「ちゃんとニンジンも食べないと駄目ですよ、先生」

純は怨めしげな表情で雪仁の顔とニンジンを交互に見て、

「わ、分かってますっ。わああ〜〜、おいしそう」

そして輪切りで微かに焦げ目のついたニンジンを、前歯でちょん、とかじった。

「そんなんじゃ、味も分からないでしょう？」
「う、うるさぁい、ゆっくり食べるんですっ」
「もしかして先生、ニンジン嫌いなんすかぁ？」

雪仁のからかいを含んだ問いかけにむくれて反論するかと思いきや、甘い陰翳のある一瞥を投げかけ、

「うん、ずっと苦手だったけどね、この前克服したの」

そしてニンジンにそっと唇を押し当て、ふふっと秘めやかな笑みを浮かべた。それは雪仁にしか分からぬ密やかな誘惑。雪仁だけに照準を合わせた媚態だった。

まんまと罠にはまった雪仁は、二人きりの休日、キッチンで交わしたとろける口付けの記憶、甘く熱い舌の感触に絡め取られ、その場に硬直してしまう。純はさらに笑みを深め、

「桐生君は、ニンジン嫌い？」
「……いえ、この前克服しました」
「そう、いい子。ならこれあげる。食べてね」

僅かにかじっただけのニンジンを雪仁の皿に入れて、違うテーブルへと移っていった。

雪仁は深く息をついて急激に高まりつつある熱を吐き出し、純の歯型が付いたニンジンのかけらを口の中に放り込んだのだった。

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