真昼の情事
―保健室編・３―
「失礼しまーす。純せんせー」
授業が始まって１５分ほど経った頃、どたどたと騒がしく響く複数の足音と共に保健室の戸が開かれた。
入ってきたのは、体操着姿の生徒たち。鼻血が止まらないのか、赤い染みのついた布を当ててよろよろしている生徒を、両脇から付き添いの友人たちが心配そうに眺めている。
さらにその後ろから雪仁が、とても心配の余り付いてきたとは思えないようなふてぶてしい無表情で、ぬっと姿を現した。
「あや〜、これはまた大勢で」
おっとりとした物腰や言動が、その美しさに優るとも劣らない人間的魅力を醸している純だったが、今日の彼はいつもにも増してふわふわした口調で、こちらに近付く足取りも何だか覚束ない。
それでも怪我人を椅子に座らせ、てきぱきと止血の用意をしながら「何があったの？」と訊ねた。
「体育の授業でサッカーをやってたんすけど、」
付き添いの一人が頬を赤く染めつつ説明をする。
「こいつはキーパーで、桐生のシュートを思い切り顔面で受けて吹っ飛ばされたんです」
「顔面で？ うわ、痛そう」
純は顔をしかめて同情を示しつつ、「ちょっと上向いててね」と指示して鼻の中に薬を塗り、止血のための綿を詰めた。
「俺が悪いんじゃねえぞ」
まるで自分のせいで怪我をしたみたいに言われ、不愉快そうに声を低めて言葉を挟む雪仁。付き添いたちは「あんなシュート素人に取れるか」と言い返し、「俺だって素人だ」と不貞腐れる雪仁を畏怖の眼差しで見つめた。
「はい、おしまい。暫くはこのまま大人しくしててね。頭痛がするようだったら横になってた方がいいけど、どうする？」
「いえ、あの……大丈夫です」
もし横になって休ませてもらうなんてことになったら、間違いなく雪仁もここに残ると言い出すだろう。それならまだグラウンドに戻った方が気が楽だ。
「そっかあ。じゃ、無理しないでね。ゆっくり戻るんだよお」
そう言って戸口まで送り出し、自分より背の高い生徒たちを見上げつつ微笑みかける。その笑顔はどこか懶げで、縁が赤く染まり微かに潤んだ目は言いようもなく悩ましげだった。
保健室からの帰り道、誰からともなく「純先生、何かいつもにも増して色っぽかったよなあ…」との声が上がる。
「うん」「確かにー」と同意の声が上がったが、黙りこくっていた雪仁がぴた、と足を止めると、みなびくぅんと飛び上がって慌てて否定した。
「い、いやぁ……なんか変なこと言っちまったなあ。ははははは………」
「冗談だよ、なあ？ そんな色っぽいだなんて……」
「そうそう。ちょっと寝不足なのかなあ、とは思ったけど。なっ？」
しかし雪仁は相手にせず、くるりと踵を返すと早足で廊下を戻っていった。その背中を見送りつつ、三人はふかーい安堵の溜め息をついて逆鱗に触れずに済んだことを喜び合ったのだった。
いきなり戸が開いたと思ったら、雷鳴のような轟音と共に勢いよく閉められた。びりびりと空気中を走る振動を背景に現れた雪仁は、驚いてぱちぱち大きく瞬きする純の許へ無言で近付く。
「ゆきひとくん？ どうし―――」
相変わらずふわふわした口調で不思議そうに訊ねる純。しかし雪仁は黙って手を伸ばし、襟元を掴んで白衣とその下のシャツを左右に引き裂いた。
純は硬直したまま声も上げず、床をころころと転がってゆくボタンをぼぅっと目で追う。対して雪仁はぎち、と奥歯を噛み締め、威嚇するような低音で「やっぱりな」と呟いた。
ようやく我に返った純は、ほんの少し語調を強めて「なにするのっ？」と問う。しかし雪仁は悪びれることなく平然と、
「確かめたんですよ」
「なにを……」
答える代わりに純の胸を指差す。雪仁が何を言わんとしているかは、指の先にある白い胸を、いや、胸に繚乱と散り咲く紅い花を見れば瞭然としていた。
狂気じみた劣情が這い回ったに違いない、珠の肌は吸われ咬まれた痕でそこかしこが鬱血していたのだ。雪仁はそのひとつひとつに触れて数え上げ、
「すげえ……やっぱり成仁兄は狂ってる……あなたに狂ってるんだ……」
そして最も鮮やかな朱痕にぎゅっと指を押し付け、
「ゆうべ、何回ヤッたんですか？」
「さあ、分かんない……」
「ははッ、覚えてないほどヤッたってわけか」
純はふわふわと首を振り、
「ちがう……。途中で意識を失ってしまったから分からないだけ。あの人はきっと、その後もずっと僕を………」
雪仁はごくりと喉を鳴らし、
「あなたが気を失ってもヤリ続けたってことですか？」
「うん、そうだよ」
当たり前のように肯定する純に、雪仁は苛立ちを抑えることができなかった。
「純さんっ、しっかりしてください。あなた達は対等な関係なんだ。成仁兄も言ってた。あなたは自分の所有物ではなく、大切な伴侶だと。なのにあなたはいつまでも遠慮して、言いたいことも言えず―――」
雪仁は続くはずの言葉を途中で呑み込んだ。純が切なそうに目を細めて、小さく首を振ったからだ。
「違うよ。僕が……僕がねだったの。ひと晩じゅう抱いて、って。もう許してって叫んでも、意識を手放してしまってもやめないで、って。そしてあの人は僕の望みを叶えてくれた………」
「なんで……そんな……」
純はくすっと笑って肩を竦め、
「今日からね、海外出張なんだ。丸々二週間。だから二週間分してもらったの。離れてる間、淋しくて死んでしまわないように」
淡々とした口調だからこそ、余計に真実味があった。雪仁は腹の底からむらむらと湧き上がる燻朱の感情を抑え込み、わざと素っ気ない口調で、
「たった二週間じゃないですか。あっという間だ」
純は素直に頷いて「そうだね」と答える。
「そうだね。たった二週間、一人で十四回寝て起きて、あの人のいない独りぼっちの日曜を二回我慢したらいいんだ。たったそれだけなんだ、分かってる、分かってる………」
そしてこわごわ視線を上げてすがるような眼差しを送り、
「こんなふらふらの状態で学校に来て、保健医失格だって言いたいんでしょう？ うん、その通りだと自分でも思う。ごめんね。でも、仕事はちゃんとがんばるから―――」
全て言い終えるより先に、雪仁は我慢できず強引に抱き締めた。純の身体は難なく腕の中に収まったが、恐縮しているのか固まったまま、腕を回して抱き返そうともしない。雪仁は拘束する腕に力を込め、
「なんでっ……こんなのあなたじゃない。いつものあなたは愛されているという自信に満ち溢れて、艶やかな笑みで俺を好きなように翻弄するじゃないか。何とか対等になりたいと背伸びしてる俺をあっさりガキ扱いして……。なのになんでそんな……行き場を失くした子供みたいに……」
純は雪仁の胸に顔を押し付けて太陽と汗の匂いを吸い込むと、震える声で真情を吐露した。
「だって……それが僕だから。背伸びしてるのは僕の方だよ。君の前では精一杯背伸びして大人を演じてる。でも本当は………」
ゆっくりと胸に手を付いて顔を上げ、
「ただの臆病な子供。あの人がいてくれるから、僕は大人ぶって真っ直ぐ歩くことができるんだ」
「純さん………」
「がっかりした？ 僕は雪仁くんが思っているような自立した立派な大人じゃない。たった二週間の孤独も耐えられない、甘えたがりの弱い子供なんだ……」
そう言って痛々しい自嘲を浮かべ、雪仁から離れようとする。しかし雪仁は腰に回した腕をほどこうとはせず、自分の方へ優しく引き寄せて、
「行き場を失くしてしまったら、俺のところへ来ればいい」
「雪仁くん、僕は―――」
「分かってます。あなたは成仁兄のものだ。でも二週間だろうが二日間だろうが、一人に耐えられない時には俺が……俺が………」
代わりに、という言葉は使いたくなかった。彼は彼、自分は自分だ。彼の代わりになれるなんて思っていないし、なるつもりもない。
ただ、初めて弱い部分を見せてくれた純に対するこれまで以上の愛情に加えて、孤独から守ってあげねばという使命感が雪仁を突き動かしていたのだ。
「淋しさなんて感じる余裕もないほどの愛情で浸してあげます」
雪仁の真っ直ぐな言葉、真っ直ぐな想いに触れた純は、赤い目尻を微かに潤ませて、
「こんな僕でいいの……？」
「あなたじゃなきゃ嫌だ。あなた以外の人は見たくない、触れたくない、愛したくない。純さん、俺は決して揺らぎません。だから……信じてください」
純はこくんとあどけない仕草で頷き、「ありがとう」と言って笑った。先刻見せた痛ましい自嘲を記憶から払拭するほどの、柔らかく澄んだ笑顔。
雪仁は、胸の奥から湧き上がる純粋な感動に駆り立てられるまま、緩やかな曲線を描く愛しい唇を塞いだ。
「んん………ふっ…………」
これまでの“奪う”キスとは違う、言葉にならぬ愛しさを口腔全体に浸透させるような“与える”キス。舌の裏側を優しく愛撫し、上唇を挟み込んで舌先でちろちろとなぞり、最後に唾液をとろとろ注ぎ込む。
純は全ての行為を恍惚のうちに受け入れ、唾液を飲み干して甘い溜め息をついた。唇を離して下から覗き込むと、結晶の冷ややかさと獣の熱狂を併せ持つ黒い瞳に捉えられた。
情欲を必死に抑え込もうとしているのか、それは不安定にぎらついて一心にこちらを見つめていた。
「ゆきひとくん………欲しい？」
本能の根幹を容赦なく揺さぶるかのような艶めく問いを掛けられ、雪仁は苦しげに呻く。
ゆうべの激しい行為でふらふらの身体に行為を強いてはならない、今日は我慢すべきだ、そう分かってはいるのだけど、股間に凝集する熱流はますます激しさを増して、今にも咆哮を上げそうだった。
「欲しい……です」
純はふふっと笑って、張り詰めた股間をジャージの上からそっと撫で、
「昨日の今日だから、労わってね」
そう言って自ら奥の寝台へ進んでいった。
生まれたままの姿でベッドの上に寝かされた純は、視線による陵辱を受けていた。ひと晩中かけて愛された身体は、まだ濃厚な情交の痕跡を留めており、淫らな性の匂いを放っていた。
雪仁はその甘く爛れた芳香を肺腑いっぱい吸い込みながら、紅い情痕をつい、と指でなぞる。そのたびに純は腰を揺らして切なく喘いだ。
「ここ、まだ腫れてますよ……」
白い胸を飾る小さな突起は、いつもの奥床しい桜色とは似ても似つかぬ牡丹色に染まり、痛々しく腫れ上がっていた。純が喘ぐたびにゼリーのようにぷるんぷるん揺れる。
「可哀想に……成仁兄に散々喰われたんですね」
そんな殊勝なことを言いつつも、雪仁も誘われるように唇を寄せて吸い付き、やわやわと歯を立てた。
「ああっ、あっ、いやっ、いやぁ………」
剥き出しの粘膜のように過敏になった突起は、突然の刺激に悲鳴を上げる。それは雪仁の口の中でさらに充血し、硬くしこって震えた。
「ゆき…ひとく………だめ、そこっ…………きゃんっ」
両手の親指で下からくにくにと揉み上げられ、純は痛みと快感ではらはらと涙を零した。その儚くも官能的な風情に雪仁は目を細めて見入りつつ、手を滑らせて股間のモノをゆるりと握りこんだ。
「んふぅ……ん…………」
今度はうっとりと目を閉じて、扱くリズムに合わせて腰を上下に揺らす。しかも陵辱を誘うかのように自ら脚を広げて腰を浮かせ、可愛い蕾をちらちらと垣間見せた。
「純さんっ………もう、限界です。我慢できねえ………」
「ん………いいよ、きて………」
「せめて、どの姿勢が一番楽ですか？」
欲望は抑え切れないけれどなるべく労わってあげたい、そんな葛藤が窺える雪仁の問いに、純は頬を染めて「うつ伏せが楽かも…」と答えた。
雪仁は頷いて身体を持ち上げ、腰に負担がかからないようにそおっと身体を返してやる。すると純は自ら膝を立てて背中を反らし、白いお尻を雪仁に向かって突き出した。
限界だとばかりにすぐ行動に移るかと思いきや、雪仁は何故か動こうとしない。じぃっと濃厚な視線を注ぐのみ。
それもそのはず、お尻の谷間や太ももの付け根には、胸に散っていた以上に濃く深く生々しい花が幾つも刻まれていたのだ。
昨夜の陵辱者は、この柔らかい肉を掴み、割り開き、歯を立て、舐め回したいという欲求をそのままぶつけたに違いない。
「なんだよ、これ………」
何ておぞましい、狂ってる………理性はそう囁くのだが、荒ぶる本能の叫びに、ここに同じ痕を付けたいという狂おしい欲求に呆気なく掻き消されてしまう。
雪仁は喉を鳴らして唾液を嚥下すると、谷間に顔を埋めて太ももの付け根に吸い付き、歯を立てた。
「ぁっ………ぁっ、ん………はふ…ぅ……ん…………」
皮膚が薄く特に敏感な部分への強い刺激に、純は声を上げて悶える。甘痒い電流が四肢を駆け巡り、身体のあらゆる部分を疼かせた。
「あっ………はぁ…ん……食べちゃ……いやぁ………」
言葉とは裏腹に、ペニスの先端からは粘度の高い愛液を滴らせる。それに気付いた雪仁は、柔らかい肉を食みつつも手を伸ばし、ぴちぴちに勃ち上がった可愛い分身に指を絡めた。
「あっ、あっ………出…ちゃうぅ…………」
愛液をクチュクチュと弾かせつつ扱き上げ、先端の窪みを指腹でグリグリ抉ると、純はすすり泣きを始めた。
「んっ……ふぇ、ぇっ………いじわる…………ゆきひとく…の……いじわる………」
鼓膜をじかに撫でるかのような甘い非難に劣情の焔を煽られ、雪仁は息を荒げて自身の前を寛げた。
用意しておいたオイルをたっぷりと塗り付けたそれは、うららかな日差しを浴びてぬらぬらと輝き、全てが淡い色彩で染め上げられた春の景色に絶大な存在感を刻み込んだ。
さらにオイル塗れの手で純の谷間をぐいと割り開く。そこも予想通りゆうべの名残りで腫れ上がっていたが、予想を遥かに超えて淫らに充血し、濡れ紅に染まっていた。
めちゃくちゃに犯してこの痕を散らしてやりたい―――そんな暴力的な欲求を唇を噛んで押し込め、そうっと労わりを込めて指を埋め込む。
２本、３本と増やすごとにクチュリと濡れた音をたてて綻んでゆくさまは淫美としか言いようがなく、限界を超えて早まる血流のせいで雪仁の頭は朦朧とし始めた。
「純…さん………挿れます…よ………」
雪仁は最後の理性を振り絞ってそう言うと、悲壮感すら漂わせて天を衝く怒張を掴み、紅い潤みにめりこませた。
「んふっ………んっ、んん…………」
見れば、純はいつの間にか白い布を口に咥えている。悲鳴が漏れぬように自ら用意したのだろう。そんな健気さも欲望を煽るものでしかなく、雪仁はためらくことなくズブズブと押し込んでいった。
「んぁっ……ァァッ………ん……ふっ………」
根元まで一気に埋め込んで股間を押し付ける。そして重量を誇示するかのように揺らしてやると、純の腰が跳ね上がり、タプタプとこもった音が聞こえてきた。
雪仁は快感で灼かれた頭の隅で、３回と持たないだろうなと自己分析する。そしてゆっくり注挿を開始したが、予想通り２度出し入れしただけで呆気なく弾けた。腰を小刻みに揺らしながら延々と精を放ち、純の体内を侵蝕してゆく。
「ハッ………ハァ…………」
射精の余韻を身体全体で反芻しながらも、次の波がじわじわと高まるのをすでに感じていた。それに誘われるように、再び注挿を再開する雪仁。
「あなたの身体に付いた痕………全て俺が消してみせます」
凄みのある低音で囁きながら、徐々にストロークを早めてゆく。
「ぅぁっ、ぁっ、ぁぁっ………」
シーツにぎゅっとしがみ付いて耐える純の熟した秘部を容赦なく攻めたて、宣告通りゆうべの名残りを新たな快楽の色で染め上げてゆく。
そして―――
「ぁっ、ぁぁぁぁぁーーーーーッ」
悩ましげに腰を揺らし、こもった悲鳴を上げて白い糸をぴゅるぴゅると吐き出すのとほぼ同時に、雪仁も二度目の精髄を注ぎ込んだ。どくどくと注入音が聞こえそうなほどの勢いで。
「ぁ………ふぁ、ん……ゆきひと…くぅん…………」
甘えた声で呼びかけられ、雪仁はあたふたと自身を引き抜いて純の身体を抱き上げる。
「キス……して………」
愛しさと切なさに胸がつまり、無言のまま濡れた唇に噛み付いた。舌も口腔も何もかもが甘くとろけており、無我夢中で掻き回す。ようやく唇を離すと、視界が白く霞んでいた。
自分が泣いているのだと気付いた時にはもう遅かった。しかし何故か恥ずかしい、みっともないと思うことはなく、ただ温かな愛情に駆り立てられるまま「愛してる」と告げた。
純が同じ言葉を返してくれることはなかったしそれを望んでもいなかったけれど、捧げた言葉を受け止めてくれたことは柔らかな笑顔で分かった。
雪仁は嬉しくて、たった今愛したばかりの身体をぎゅぅっと抱き締めた。
「純さん……今度の日曜、家に行ってもいいですか……？」
「来て……くれるの？」
「ひとりの休日は淋しいんでしょう？ 俺が……淋しさを忘れさせてあげます」
純はコクンと頷いて、「ごちそう作って待ってるね」と嬉しそうに言う。雪仁は「楽しみです」と答えつつも、ごちそうもデザートも全部あなたですよ、と胸の奥で返したのだった。
（Fin）
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