真昼の情事
―保健室編・２―
あの人は今ごろ、何をしているだろうか……。離れていると不安になる。また眠っているのかもしれない。そして夢の中の密な戯れに口許を緩め、夢の中の恋人に甘えたおねだりをする。
もしかしたら誰か生徒が保健室を訪れ、そんな愛らしい寝顔をじっとりと眺めては、丸い薔薇色の頬を湿った指先で撫でているかもしれない―――
「ああ、くそっ」
雪仁は苛立たしげに椅子を蹴って立ち上がった。途端に昼休みの緩んだ空気が引き締まり、男子生徒はこわごわと、女子生徒はうっとりとその顔を見上げる。
「雪仁ぉ、どうしたのよ。そんな恐い顔して」
唯一の例外は、中等部からの腐れ縁、桜井那智（さくらい・なち）。呆れたように肩を竦めて声をかけると、「恐い顔はもともとかぁ」と自分でツッコんでへらへら笑った。
もちろん笑っていられるのは当人のみで、周囲のクラスメートたちは恐れ戦きつつ遠巻きに窺う。雪仁はじろりと睨んで「名前で呼ぶな」と一喝し、その黒い余韻をまとったままどかどか足音を荒げて教室を出て行った。その背中を見送りつつ、
「また保健室か。見かけによらずマメな男ね〜」
そう呟いて倒れた椅子をそっと直す那智だった。
保健室で初めて身体を繋げた後も、二人の関係に表向き目立った変化は現れなかった。
とはいえ、それは純が敢えて何もなかったかのように振る舞ってくれているからこそで、眠っているところを押さえ付けて手と口を縛り、はちきれんばかりのモノを無理やり押し込んだのだから強姦したも同然で、雪仁が罪悪感に苛まれるのは当然のことだった。
それが重い枷となりこれまでのように頻繁に会いに行くこともできず、保健室の前を通っては窓越しに中を覗き込み、その姿を瞳に灼き付けただけでとぼとぼと教室へ戻る。
そんなことを繰り返しては、欲望を抑えきれなかった自身の幼さを呪ったりしていたのだ。
保健室の戸が見えてきたところで、昼休みの終了を告げるベルが鳴った。教室へ戻る足音で校舎内は一時的に騒がしくなったが、やがて潮が引くように静寂へ返っていった。
雪仁はふぅっと大きく息を吐いてから歩みを速め、保健室の前へ。そして中の様子をカーテンの僅かな隙間から窺った。
「チッ、誰だよ」
どうやら男子生徒が傷の手当てを受けているようだ。赤黒く膿んだ膝を突き出し、顔を赤く染めてうっとりと純に見入っている。
腹の底からムカムカと湧き上がる苦い塊を押し込めようと、「あの程度で保健室に来んな」と自分でもむちゃくちゃだなと思わざるを得ない悪態をついた。
もちろんその程度では気が収まるはずもなく、中に入って無言の圧力をかけてやろうかと思った時、ガーゼや包帯の用意をした純が男に近付いた。そして座っている男の前に跪き、脱脂綿に含ませた薬を患部にちょんちょんと塗って心配そうな上目遣いで何かを訊ねた。
すると男はわざとらしく眉をしかめてみせ、痛みをアピールする。純は続けて薬を塗ると、唇をぷくっと尖らせてその部分をふうふう吹いた。
男はでろんでろんに目尻を下げて、ぷるんと柔らかそうな唇を凝視している。彼が今、どんな淫らな妄想を頭の中で展開させているか問い詰めなくても分かる。
「まだ沁みる？」とでも訊いたのだろう、小首を傾げて訊ねる純に対し、男はふわふわと頷いてみせた。
純は心配そうに眉根を寄せつつガーゼを当てようとしたが、男が何か言うとくすっと笑ってもう一度患部に息を吹きかけ―――
「調子に乗んじゃねえぞ、てめえッ」
突然の闖入者から物騒な怒声を浴びせられて、男子生徒は「ひぇっ」と悲鳴を上げて飛び上がった。さらに声の主を見ると途端にさあっと蒼褪め、治療の途中にもかかわらずあわあわと立ち上がって逃げ出そうとした。
「すいません、すいませんでしたぁっ」
「あっ、待って！ まだ途中―――」
純は慌てて引き止め、元の椅子に座らせようと宥める。しかし膿んだ傷より雪仁の方が恐ろしいことをよく知っている彼は、「もう大丈夫ですっ」と必死に首を振る。雪仁はバカにしたように鼻で嗤い、
「はん、そんな傷、唾付けときゃ治る―――」
「桐生くんっ、君は黙っていなさい」
思いもかけぬ厳しい叱責を受け、何も言い返せずその場に硬直する雪仁。その間に純は男子生徒の手当てを済ませ、戸口まで送りに行った。
「水に濡らさないようにね。包帯を変えてあげるから、また明日も来るんだよ」
そしてカラカラと音をたてて戸を閉めた瞬間、後ろからきつく抱き締められた。
「雪仁く―――」
「鍵閉めろ」
「んっ……だめ………」
雪仁は聞く耳持たず、腕を伸ばして自ら鍵を掛けた。そして拘束から逃れようともがく純の身体を力任せに押さえ込み、
「無防備すぎるんだよ、あんたは。俺がどれだけ心配しているか分かってねえ」
背中越しに聞こえる声は怒りと苛立ちで撓んでいたが、その奥で悲しみが密やかに瞬くのを純は察した。
「分かってないのは雪仁くんの方………」
「何が―――」
「桐生君のせいでちゃんと手当てがしてもらえない、保健室に行きにくくなった、そんな匿名の苦情が数件、校長先生のところに届いてるって。このままじゃ出入り禁止になっちゃう………」
純の言葉に、はっと息を呑む雪仁。だからさっき、治療中の生徒を追い出そうとした自分をあんなに厳しく叱責したのか……
抱き締める腕を緩めたが純は逃げようとはせず、腕の中で身体を反転させて雪仁と向かい合った。そして手を伸ばし、指先で優しく頬を目尻を撫でる。
「やっぱり……泣きそうな顔してる………」
「誰がっ………」
吐き捨てるが如く叩き付けた台詞が精一杯の強がりだと、誰よりもよく分かっているのは他ならぬ雪仁本人。「黙っていなさい」と厳しい声で拒絶されて、どれほどショックを受けたか知っているのもまた、雪仁本人だった。
これ以上甘い愛撫を受けていたら、本当に泣き出してしまうかもしれない。この人の前でそんな子供じみた真似はしたくないと、頬をなぞる白い指を乱暴に握って引き剥がした。純は淋しそうに目を細め、
「怒ってるの……？」
「別に」
「じゃあ手を離して」
無言のまま振り払うように手を離すと、純は両手を伸ばして勢いよくその首に抱き付いた。
「純さ……」
「バカな子……。そんなに心配なら、なんでずっと来てくれなかったの？ 廊下から覗くばっかりで、ちっとも中に入ってくれない。そのまま素通りで……」
「気…付いてたのかよ……」
「気付いてたもん」
君の行動なんて全てお見通し、そう言われているようで悔しくて、自分の幼さが怨めしくて居たたまれなくなり、雪仁はこの場から逃げ出そうとした。しかし純はぎゅっと抱き付いて離れない。そのまま顔を上げ、
「でも、今日来てくれたから許してあげる」
そう言って眩暈がするほど綺麗な微笑みを浮かべ、雪仁の唇に自分のそれを押し付けた。
「んっ……ふ………」
微かに綻んだ唇はしっとりとして柔らかく、雪仁は夢中で吸い上げ、舐め回す。やがてどちらからともなく離れたが、二つの唇は別れを惜しむかのように唾液の銀糸で繋がっていた。
純はちゅっと吸い付いて舐め取り、はにかむように笑って、
「ね、雪仁くん。お茶飲むでしょ？ 今用意するからちょっと待っ―――」
お茶を淹れようと背中を向けたが、凄い力で引き戻されあっという間に雪仁の腕の中へ。
「雪仁くん……」
「茶なんて要らねえ。あなたが欲しい」
雪仁は欲望の燠でじりじり熱を帯びた声で囁くと、純の許しを待つことなくその身体を医療用の戸棚に押し付けた。
棚と向かい合わせのまま背中を押さえられた純は身動きがとれず、唯一自由なお尻を振って抵抗を示す。雪仁はククッとこもった嗤いを漏らして、
「それじゃあ誘ってるようにしか見えませんよ」
そして両脚でがっしり挟み込み、片手で純の前を寛げた。ジッパーを下ろして手を突っ込み、下着の上からわし掴みにして荒々しく揉む。
「あっ、あ……だめぇ……外から……見られっ………」
「大丈夫。ここは死角なんです。廊下からは見えません」
だからこの場所で拘束したんですよ、と胸の裡で続けて、さらにくにゅくにゅと手の動きを加速させる。それと比例して、下着越しに伝わる鼓動も早まってゆく。
「ふぁっ、ぁっ、ぁん…………」
「純さん………下着が湿ってきましたよ。ほぅら、可愛い染みができてきた………」
下着に丸く広がる染みを指の腹で撫でると、純は「くふぅん…」と鳴いて腰を揺らした。
雪仁は目を細めてその媚態に見入り、下着をずり下ろしてやんわり勃ち上がった桜色のペニスを露わにした。指を絡めて上下に二、三度扱き先端を円を描くように撫でると、小さな窪みから透明の雫が溢れてころころと滑っていった。
「ああ、泣いてる……。どうして欲しいんですか？」
「んっ……知らない、知らなぁい………」
「嘘ばっかり。ここにも欲しいんでしょう？」
白衣の裾を捲り上げて割れ目の奥に指をねじ込み、固くすぼまった蕾をとんとん叩く。すると純は「やぁん」と甘えた声を上げて、きゅっとお尻に力を入れた。
雪仁には分かっていた。前回のように縛って動きを封じているわけでもないのだから、逃げようと思えば容易に逃げられるはず。
そうしないで従順に辱めを受けているのは、雪仁を優位に立たせることで先刻の叱責のショックを忘れさせようとしているに違いないと。
そんな純の優しさ、労わりは、雪仁に嬉しさと切なさを刻み込んだ。自分は純にとって特別な存在であると同時に、労わりや慰めの対象、即ち子供だと見られているのだ。
全くその通りだと思う。どんなに背伸びしたって、何度身体を繋げたって対等の存在にはなれない。いつまでたっても自分は“可愛い雪仁くん”なのだ。
「純さん、純さんっ………」
それでもこの身体にすがってしまう、そんな自分が悔しくて情けなかったけれど、もう止めることはできない。
雪仁は傍にあったクリーム状の軟膏を指に取り、純の秘部にたっぷり塗り付けた。そして指を１本、２本と埋め込んでゆく。ささやかな異物を歓迎するかのように柔肉はとろりと蕩け、ひくひくうねりながら奥へ奥へと誘い込む。
「すげ……純さんのここ、柔らかいのにきゅうきゅうに締まってる。たまんねえ……」
雪仁は両手の指を突き入れて、一心不乱に掻き回す。純の秘孔はグチャグチャ音をたてて捲れ返り、淫らな肉色に染まり上がった。
「あああ………挿れてぇ……はやくぅぅ………」
純は戸棚にしがみ付き、ガラス戸にペニスをこすり付けて喘いだ。溢れる愛液がガラスに付着し、ぬるぬると滑る。
色情に取り憑かれた狂乱の姫は余りに艶やかで、雪仁は言葉を返す余裕もなく息を荒げて自身を取り出し、咲き誇る蜜花を下から串刺しにした。
「あああーーーッ、ああっ、あっ、あっ………」
内臓全てを押し上げられるかのような衝撃に、純は婀娜っぽく掠れた悲鳴を上げ、下肢をびくびく震わせる。
「ちゃんと……棚…に……つかまって…ろ………」
切れ切れの低音で命じると、腰をがっしり掴んでほぼ垂直の角度で下から突き上げた。
「ふぁっ、ぁぁっ、あっ、ん………すごい、すごぉい…………」
爪先立った足は床に触れるか触れないかで、身体はほとんど浮いた状態。雪仁が打ち込むたびに上下に揺さぶられ、ガラス戸に密着したペニスはくちゅくちゅ音をたてて擦られる。
「ああっ、ああ………だめ……出ちゃ…ぅ…………」
「俺…もだ……ぅ………ぐっ………純ッ」
「んぁ……ぁぁぁぁぁ………イ…クぅぅ………」
留めとばかりにグゥンと突き上げた瞬間、腕の中の細い腰ががくがく震えた。と同時に雪仁の雄を包み込む粘膜が激しく収縮し、半ば強制的に射精を促された。
「あふっ、ふぅん、んっ、んんっ…………」
舌をちろちろと動かして艶めかしく喘ぎながら、純はふわりと身体を倒して雪仁の胸に凭れかかった。その重みをしっかりと受け止めた雪仁は、先刻まで自分を苦しめていた感情がすーっと消えてゆくのを感じた。
我ながら単純だなとは思ったが、こうしてひとつになって抱き合っているだけで、嬉しくて幸せで叫び出したくなるのは誤魔化しようのない事実なのだから、そんな呆れるほどの単純さを素直に受け入れようと思った。
「純さん……平気ですか？ 今、ベッドへ………」
「ん、だいじょうぶ……………ぁ、や、やだ…………」
いきなり両手で顔を覆って俯いてしまった純。何事かと前を見ると、薬や医療器具が収納されている戸棚のガラス戸に、たった今放ったばかりの白濁が飛び散ってとろとろ滴っていた。微かに湯気がたっているのが何とも生々しい景色だ。
「いっぱい出してくれたんですね。すげえ嬉しい………」
「もぉ……そうゆうことじゃなくてっ………」
耳まで真っ赤に染めて首を振る純は、いつもより幼く見えた。雪仁はくすりと笑って挿れっぱなしだった自身を抜き、手早く仕舞って純の身体を抱き上げた。
「後の掃除は俺がしておきますから」
「えっ、いいよ。僕がやるから」
「だめです。っつうか、ベッドの上であと２回ヤッてから俺が掃除します」
「ば、ばかっ。なに言って――――ぁ、あぁん、だめっ、もぅ…………」
宣告通り、ベッドの上に横たえて足に絡まったままだった下着や服を取り去り、上からのしかかって臨戦態勢に。
「まだ疼いてるんでしょう？ アソコがヒクヒクしてるのが見えますよ」
楽しげに指摘しつつ、いったん仕舞った自身を取り出して照準を合わせる。たった今犯したばかりでとろとろに綻んだままの蕾に宛がい、紅く腫れ上がった花びらを巻き込みながらグブグブと押し込んでゆく。
「すっげ……絡みついてくる……純さん、もう少し手加減してください。俺を本気で溺れさす気ですか…………」
ぬちゃぬちゃと音をたててゆったりと奥を穿ちながら、冗談とも本気ともつかぬ懇願を送る。純はシーツをぎゅっと掴んで高まりつつある性感の波に耐えつつ、甘い非難の喘ぎを繰り返す。
「ばかぁ………ぁん、もぅ……ばかっ………ぁ、ぁぁぁん…………」
そんなとろけんばかりの媚態を視線でも犯し、徐々に腰の動きを早めてゆく。快楽の頂点へ、一気に昇りつめるが如く。
「純さんっ、俺……またここに来てもいいんですか？」
激しい動きとは裏腹に、切実な問いを繰り返す雪仁。
「また…あなたに会いに来てもいいんですかっ？」
もう来ないで―――そんな風に言うはずがないと分かってはいるけれど、やはり答えを聞くのは恐かった。だから純の唇が答えを紡ぐ前に、奥の急所を抉って決定的な快楽へと導く。
純は「きゃふっ」と可愛い悲鳴を上げて、脚を優雅に跳ね上げ宙を蹴りつつ射精した。すぐ目の前でびゅっびゅっと白い蜜が飛び散るさまをうっとりと眺めながら、雪仁もまた純の奥へどくどくと注ぎ込んだ。
「純さん……俺―――」
純の腰を抱えたままこわごわ口を開く雪仁。しかしその言葉を遮るように純は手を伸ばし、
「わすれたの？ 保健室の眠り姫は……誰のもの？」
「……俺のもの、です」
きっぱり言い置くと、手を取って身体を起こし、繋がったまま上に座らせる。純は微かに喘いでほぅ、と息をつき、
「王子様のキスで起こしてね」
「はい。でもキスだけじゃ物足りない。純さん、もっともっとあなたを………」
熱い囁きはとどまるところを知らぬ情欲に掻き消され、雪仁は再び狂おしい行為を再開したのだった。
（Fin）
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