真昼の情事
―保健室編・１―
―――蜂蜜色の陽光を浴びて眠るその人は、小さい頃よく読んでもらった童話の中の姫そのものだった。ただひたすら王子様の口付けを待つ、無垢で可憐な寝姿……
「………またこの人は寝てる。ったく、ちゃんと仕事してんのかよ」
呆れたような台詞を吐くその声は少し掠れていた。素っ気ない言葉とは裏腹に、息苦しいほどの愛情が詰まっていることが容易に感じ取れる声。
しんと静まり返り、どこか気怠げな温気を湛えた春の昼下がり。淡く柔らかな春独特の空気は眠気を誘う媚薬で、きっと授業中の学生たちもみなうつらうつらしているだろう。
もっとも、授業に出ているだけ真面目だと言えるかもしれない。この時間、保健室に入り浸って愛しい人の寝顔にひたすら見入っている雪仁と比べれば。
「んっ……ふぅ…ん………」
自分に注がれる濃厚な視線を意識の深層で感じ取ったのか、純はぐずりながらベッドの上で身体をくねらせた。まるで、視線による陵辱者に新たな誘いを仕掛けるかのように。
保健医の証である白衣を脱ぎ、靴もきちんと揃えてあるところを見ると、本格的に眠る気満々だったのだろう。確かに今は新学期が始まったばかりで、保健室を必要に駆られて訪れる生徒は少なかった。
もちろん必要に駆られなくても来たがる生徒は男女問わず多かったが、すでに純の熱烈且つ凶暴なナイト、保健室の主と化して久しい雪仁への畏怖からか、気軽に訪れる者はいなかった。
たとえ本当に怪我をしたり熱があったりしても、傍で黙って腕を組み、殺伐とした黒いオーラを放って患者の一挙手一投足を監視しているのだから、軽々しく言葉を掛けることもできない。
しかも今年の春から雪仁は高等部に進学したため、これまでよりさらに頻繁に訪れるようになったのだ。
「純さん……」
雪仁はおそるおそる手を伸ばし、カーテン越しの春光を受けて仄白く輝く頬に触れた。そのすべらかな感触に、指先だけではなく身体全部が、感覚全てが喜悦に慄えるのが分かる。
雪仁はさらに顎を撫で、耳を嬲り、唇をなぞる。そして従兄弟によく似た上質のテノールで、「純…」と囁いた。
まだ面と向かって呼び捨てにしたことはないしこれからもできないだろうが、こうしてごくたまに、眠っている間を狙って呼びかけたことはあった。「純、愛してる…」と。その時、
「んふ………ぅ…ん………るひとぉ………」
雪仁の整った眉が、険しく歪んだ。
「なるひとぉ………ぁ…ん………てぇ……きて…ぇ…………」
仕方のないことだ。この人は童話のお姫さまではなく、従兄弟の恋人。しかも、学生の頃から変わることない濃厚な愛情に浸されて、毎夜毎夜甘い戯れに溺れ―――
雪仁はくるりと踵を返すと、保健室の戸に掛けられた『在室中』のボードを外し、中から鍵を掛けた。
カーテンを閉めようか迷ったが、そこまでしたら逆に怪しまれると思い開けたままにして、その代わり純が寝ているベッドとの間の仕切りカーテンを隙間なく閉めた。
そして再び、夢の中で恋人の愛撫を受けているに違いない純の傍へ。
「………あなたが、誘ったんだ」
自分でもぞっとするほど情欲に沸き返った声を叩き付けて、シャツのボタンをひとつひとつ外していった。少しずつ露わになる白い胸が眩しくて、思わず目を細めてしまう。
全て外して前を肌蹴ると、甘いミルクのような芳香がふわんと舞い上がって嗅覚を蕩かした。
獣じみた性欲と食欲に突き上げられた雪仁は、何かを考えるより先にその胸に噛み付き、絶妙の硬さを誇るピンク色の果実に無我夢中で吸い付いた。
「ああっ、はぁっ、あ、あん………」
突然のリアルで痛痒い刺激に純は声を上げ、ひくんひくんと腰を揺らす。すると股間に手が伸びてきて、服の上からきゅっと揉まれた。
「い、いやぁ………やめ………やめ…てっ…………」
自分の上に覆い被さり、なおも胸に歯をたてて味わっている真昼の陵辱者に、純は力ない抵抗を試みる。肩に手を置いて押しのけようとしたが、その逞しい肩はびくともしない。それどころか―――
「ゆ…ゆきひとくん……」
艶やかな黒髪の間からちらと垣間見えた瞳に射竦められ、抵抗の意志すら奪われた。すると雪仁はゆっくり顔を上げ、純の両脇に手を付いて上からねっとりと眺め、
「夢の続きをしましょう」
「ゆめ……？」
「見てたんでしょう？ 成仁兄とヤッてる夢。色っぽく喘いでましたよ、成仁、きてぇ……ってね」
「あ……ぼく………」
両手で顔を覆い、いやいやと首を振る純。しかしその手を掴んで無理やり引き剥がし、
「今さら恥じらいを見せたって遅いですよ。全てお見通しだ。さあ、夢の中の愛撫では物足りないでしょう？ 俺が続きをしてあげますよ。成仁兄より激しくね」
「い、いや……」
雪仁はフッと鼻で嗤い、
「嫌だなんて、言わせねえ」
非情ともとれる宣告を叩き付けると、純の左手を格子状のベッドヘッドに括り付けた。
「ゆきひとくんっ、やめっ―――」
叫ぼうとした純の口を大きな手のひらで乱暴に塞ぎ、周到に用意しておいた薄手のタオルを噛ませて頭の後ろできつく結ぶ。
「んっ、んんっ………」
涙膜に覆われた紫の瞳が、訴えるように見上げてくる。その奥に揺らめく怯えの翳が、雪仁の中に巣食う残酷なまでの獣性を駆り立てた。
呼吸の乱れを繕おうともせず、下着ごと引きずり下ろして純の下半身を外気に晒す。そして間髪入れず脚をＭ字に開かせて、その中心部分にむしゃぶりついた。
「んふっ………ぅ、ぅぅっ………」
こもった喘ぎがやけに艶めかしい。雪仁はそれを鼓膜で味わいながら、舌を純の柔らかな性器に絡ませてじゅっじゅっと吸い上げた。口の中でそれはむくむくと膨張し、口蓋を圧迫してくる。
根元を扱きながらさらにきつく吸い上げると、生温かくてとろみのある液体が溢れて口内を満たした。
「やっぱり……好きな人のは甘いんだ………」
いったん口を離した雪仁は、感慨こめて呟く。唇に付着した分を舌で舐め取ると、素早くベッドを下りて棚からベビーオイルを持ってきた。
蓋を開けて中身をじかに純の股間に滴らせる。そしてぴちぴちに勃ち上がったペニスを勢いよく扱きながら双玉を弄び、さらにその奥に指を滑らせていった。
「まだ……固い。でもすぐ淫らに咲くんだろ？」
自分でも強がってるなと分かってしまうほど切羽詰った声で、それでも何とか優位を保とうとからかってみる。しかしクチュ、と音をたてて指に吸い付く花びらの蠢きに、僅かな余裕は吹き飛ばされた。
飢えの余り慎みを忘れた猛禽の如く呼吸を荒げ、ずぶずぶと指を突き入れてゆく。奥へ進むごとに柔肉の蠕動は激しくなり、根元まで埋め込んだ瞬間きゅぅっときつく締め付けられた。
「ぅっ……すげ…ぇ………」
思わず情けない呻きが漏れてしまう。埋め込んだ指を中で屈伸させると、たぷんたぷんと粘っこくこもった水音が聞こえてきた。
純はもう抵抗する気がないのか、緩い電流が下肢を駆け巡るのをうっとりと目を細めて味わっている。そして時折、誘うかのように腰を揺らして秘孔を鳴かせた。
「そんなに………犯されたいのか………」
分かっていた、もう優位を保っているのは無理だと。雪仁は最後の強がりを呟くと、勢いよく指を抜いた。抜いた時のずちゅ、という濡れた音にさえ煽られてしまう。
雪仁はこれまでにないほどの情慾に支配され、朦朧としつつも前を寛げて自身を解放しようとした。
「はっ……なんだよ、これ………」
穿くのに少しコツが要るほど身体にぴったりフィットした、タイトなデザインのボクサーパンツが、見事にテントを張っていた。
無理やり引きずり下ろすと、ムッする熱気と共に赤黒く今にも弾けそうな陰茎がビクビク揺れてその全容を現した。正直、自分でも引いてしまうほどの勃ち方。
「こんなの……本当に入るのかよ………」
もちろん、今さら引き返すなんてできないとは承知している。雪仁は素早く下を脱ぎ捨てて、純の上に覆い被さった。そしてとめどない先走りを垂れ流す先端を、純の潤みに宛がった。
その瞬間、ぞわりと皮膚が粟立つ。ヤバい、まだ挿れてもいねえのに何だよこの快感は―――
「くそっ………」
完全な敗北を覚った雪仁は、悪態を吐きながら少し腰を進めた。すると濡れた蕾が微かに綻び、雪仁の先端を受け入れた。
「んっ……んんぅ…………」
鼻から抜ける喘ぎは、明らかに苦痛より快楽が勝っていた。それを確認した雪仁は、ためらうことなくさらに押し込んだ。オイルと愛液のお陰で滑りもよく、大きく裂けた純の秘孔は美味しそうに雪仁のモノを呑み込んでゆく。
「ぅ……ぅっ…………」
予想以上の柔らかさ、予想以上のうねり、予想以上の熱さに身も心も魂も絡め取られた雪仁は、我を忘れて奥まで一気に貫いた。
「んんーーーっ、んっ、んぅっ…………」
巨大な異物を受け入れさせられた純は、折り曲げた脚で宙を蹴って重量感とそれに伴う快感を訴える。いつの間にか両手はベッドヘッドの格子を掴み、やがて訪れる激しい突き上げに備えていた。
「動く…ぞ……」
すでに陥落寸前の雪仁は、弱々しい声で宣告して純の膝を抱え上げ、上からのしかかるようにして腰を使い始めた。しかし三度、四度と打ち込んだところで、呆気なく限界が訪れた。
「だめだ、もたねえっ………」
言葉とほぼ同時に雪仁の怒張は弾け、純の最奥部に熱い劣情の潮を叩き付けた。己れの精子を純の身体全体に行き渡らせようとしているのか、膝を抱えたままがくがくと揺らして奥へさらに奥へと注ぎ込む。
ようやく種が尽きた頃には、繋がった部分から収まりきらなかった白濁が滲み出して、純の腹に浅い池を作っていた。
「純さん……」
射精の余韻から抜けてようやく我を取り戻した雪仁は、すぐに純の猿轡を外してやった。さらに左手の拘束も解き、うっすら残ってしまった痕を優しく撫でさする。
と、ここで結合したままだったことに気付いた雪仁は、腰を引いて埋め込んだままの自身をズルズルと引き抜いた。
純の中から出てきたそれは、一度放ったとは思えぬほど、太さといい固さといい先刻とほとんど変わりなく、オイルやら自身の精液やらに塗れて何とも淫猥な光沢を帯びている。
相変わらず天井を睨んでいる自身の慎みのなさに半ば呆れつつも、再び純の痕を労わろうと手を伸ばすと、雪仁のよりひと回り小さくて繊細で白い手に掴まれ、指を絡められた。
「ゆきひとくん……」
縛められていたせいで唇がちゃんと動かないのか、拙い口調で雪仁の名を呼ぶ。微かに開いた唇の隙間から濡れた舌先がちらと閃くのが見えた瞬間、再び雪仁の雄の本能に火がついた。有無を言わさず抱きかかえて、上から唇を塞ぐ。
「はぁ……っふぅ……ん、ん、んくっ…………」
熱くぬめる口腔の甘さに狂喜し、我を忘れて掻き回していると、ふっくら柔らかな舌と触れ合った。
もちろん雪仁はすぐさま絡め取り、何度も執拗に吸い上げる。最後に唾液を注ぎ込むと、純は喉を上下させてうっとりとした表情で飲み干した。
「あ……ふ………」
濡れて珊瑚色に艶めく唇から、深い口付けの余韻を含んだ喘ぎをこぼす純は、溢れる蜜で虫を惑わす密林の花のように蠱惑的だった。あっさり魅了されてしまった雪仁は、濡れた唇をそっとついばみながら、
「純さん……まだまだ足りない。我慢できねえ………」
「んっ………きひとくん………ほしいの……？」
「はい……もっともっと味わいたい。あなたの中にぶちまけたい……」
純は「んふっ」と笑って自ら唇を押し付け、
「しようのない子………」
これから始まる官能の戯れを予感させるような、あでやかな声で囁いた。それだけで雪仁の雄を奮い立たせるには十分だったのだが、さらに純は身体を起こしてうつ伏せになり、膝をついて獣の交合スタイルをとった。
「純さ………」
剥きたての卵のような双丘が目の前に差し出され、雪仁は生々しい音をたてて唾を飲み込んだ。きゅぅんと反らせた背中は優美な曲線を描き、高慢で気紛れな洋猫が伸びをしているようにも見える。
カーテン越しの陽光を浴びた肌は、高級な薄紗をまとったかのように暈然と輝いて、今にも光の中へ融け出してしまいそうだ。
すぐ手の届くところに顕現した絶対的な美に打たれ、雪仁は夢見心地のままその美を犯そうと近付く。すると純の手が伸びてきて尻たぶをふにゅ、と掴み、そのまま左右に開いて奥の秘部を露わにした。
「雪仁くん、きて………ここ、味わって………」
純が言葉を発するのに連動して、剥き出しの陰唇がくにゅくにゅと蠢き、中から白くとろみのある液体が溢れ出した。
純を犯した雪仁の種たちは、太ももを舐めつつ膝にまで達し、シーツの中に吸い込まれていった。
その余りに淫らな排泄にあらゆる性感を刺激された雪仁は、文字通り純の身体に襲い掛かって灼けた凶器で一気に貫いた。
「んぁっ、ぁっ、ぁぁーーーーーッ」
熱く太い棒で身体の中を掻き回され、苦痛と悦楽のぎりぎりのせめぎ合いに翻弄される純。下肢をぶるぶると震わせて、雪仁の一撃がもたらした衝撃の大きさを訴えた。
「はぁ…ん……すごい、すごいのぉ………」
蜜壷全体の蠢きを堪能しているのか、雪仁はまだ動こうとしない。純の尻たぶが潰れるほどぎゅっと押し付けたまま、腰を上下に揺らしてじれったい刺激を与える。
「んふっ………んっ………ゆきひとくんの……重ぉい…………」
下腹にずしりとくる重み。それはそのまま快楽の重さでもあった。雪仁が身体を揺らすたびに純の敏感な膨らみにぶつかり、甘痒い電流を呼び起こす。
「ん、もぉ……いじわる。ちゃんと動いて………」
催促しながら後ろをすぼめると、背後から「ぅっ…」という低い呻きが聞こえてきた。純はさらにきゅっきゅっとリズミカルに締め付ける。すると「くそっ」と悔しそうな舌打ちと共に、雪仁が動き出した。
これまでの静止が嘘のような激しい注挿。腰を前へ突き出すのに合わせて、抱え込んだ純の尻をぐいと引き寄せる。次の瞬間には先端ぎりぎりまで抜いて、また打ち付ける。
余りの激しさに、純の視界は何度もハレーションを起こしかけた。
「ふぁっ、あっ、あん、あっ、あっ」
もはや言葉は出てこない。ただ雪仁の激しさに翻弄されるまま、半開きの唇からふやけた母音と涎をこぼして喘いだ。
「ぐ……ぅっ………」
雪仁も喉を鳴らして、注挿に没頭する。瞬きも忘れて凝視する先には、淫らな結合部が。
勢いつけて打ち付けるたびに、腫れ上がって充血した純の花びらがグチャッと音をたてて潰れる。そして腰を引くと、雪仁のモノにぺったり付着して絡み付き、鮮やかな色沢を網膜に刻み込むのだ。
自分が咲かせている花の狂おしいまでの美しさに、雪仁は我を忘れてのめり込む。そうしている間にも身体を駆け巡る劣情の奔流は勢いを増しつつ、解放に向けてある一点を目指していった。
「純……さんっ、一緒…に………」
限界を覚った雪仁は、切羽詰った声で懇願する。すると純は自ら腰を振って、
「イクっ………イクぅ………ゆきひとくぅん…………」
「ぅっ……ぅぁっ、ぁっ…………」
狂気じみた快感に思わず声を上げ、雪仁は再び純の奥へ放った。どくん、どくんと脈打ちつつたっぷりの精液を注ぎ込む。
先刻と同様、量が多すぎて収まりきらなかったのか、結合部からじゅわっと染み出てぽたぽた垂れた。
「純……さん………」
射精の余韻はまだ四肢を支配していたが、雪仁は何とか意思を動員して純の性器に手を伸ばす。
それは柔らかく、先端は濡れていた。さらに腹を撫でると、とろみのある液体が指に付着した。雪仁はほぅっと息をつき、
「よかった……イッてくれたんですね」
また自分だけ先にイッてしまってたら、面目が立たない。それに純にも気持ちよくなって欲しかった。雪仁は指に付いた白い蜜を舐め、
「すげえ嬉しい………後ろだけで………」
「ん……きもちよかったの………」
その言葉だけであと２回はいけそうだったが、ともかく突き刺したままのモノを抜いて純の身体を横たえた。そして素早くその隣に滑り込んで、念願だった腕枕を差し出す。
純は素直に頭を乗せて、頬をそっとすり寄せて甘えた。雪仁は嬉しくて舞い上がって、「成仁兄とどっちが良かった？」と浮かれた声で質す。すると純は手を伸ばして鼻をぎゅっとつまみ、
「そうゆうところが子供なの」
「うぅ〜〜、なんだよ、仕事中に眠りこけてたくせに。あの可愛い寝顔。まるでお昼寝中の子供だったぞ」
「フーンだ。ちょっと仮眠とってただけだもん。眠気に襲われた時には少し横になると頭がすっきりして、仕事の効率も良くなるんだよ。それが大人のやり方なんです」
「へえへえ、そうですか。おみそれいたしました」
年下の雪仁に軽くあしらわれて、不満げにぷぅっと膨れる純。その丸い頬を撫でながら、
「保健室の眠り姫は俺だけのものですから」
これまで周到に押し隠していた所有欲を宿した声で、重々しく囁いた。
真昼の情事の、始まり―――
（Fin）
裏INDEX TOP NOVEL INDEX