快楽の枷
＜II＞
目の前に広がる淫靡な光景に、網膜が熱く疼く。しかしそれとは対照的に、頭の芯は音をたてて凍りついてゆく。その理由は明白だった。
露わになった夏野の内股。なめくじが這った跡のように粘液でぬらぬら光る白い肌は想像以上にきめ細やかで、妄想以上に艶めかしかったが、赤い花が無数に散っていたのだ。
確かめるまでもない、それは無造作に、欲望の赴くまま烙された所有の刻印。まるで、“彼”の声が聞こえるかのようだ。悪いな、こいつはもう俺のなんだよ。未踏の雪原のような皓白の肌を陵辱していいのは俺一人だ──
結城は頭を振って“声”を払うと、間髪いれず夏野の剥き出しの股間に顔をうずめた。そしてまずは、所有の花の散る柔らかな肉を食む。舌を這わせ、歯を立て、吸い上げる。そうして味わううちに、上から新たな所有のしるしを捺してやろうという青臭い対抗心は消えてしまった。
今はただ、この極上の身体に溺れたい。他の男の存在などどうでもいい。余計なことに意識を向けるのはもったいないと思えるほど、夏野の柔肌が結城にもたらした陶酔は深かった。結城は我を忘れて貪る。
「や…だぁ……ゆうきせんせっ……く、ぅっ…ん……」
夏野は結城の頭に手を置いて押し戻そうとするが、もちろん結城はびくともしない。脚の付け根の薄い皮膚をちろちろと舌先で舐めると、腰の痙攣とともに温かな雨が降ってきた。
愛液の雨。結城はそれをすぐさま舐め取り、味わって飲み込んだ。そしてさらに腰を持ち上げて、ぬるんだ蕾を露出させる。かすかに充血しているのは、さっき指で掻き回したせいなのか、それとも昨夜の情事の名残りなのか。
しかしもはや、どちらでもよかった。たとえ他の男との行為によるものであっても、ひくひくと物欲しげに蠢動する秘弁の嫌らしさに変わりはない。結城はねっとりと舌を這わせてその蠢きを味わうと、未練を残しつつもいったん顔を上げた。
夏野は律儀に脚を広げたまま、薄い胸を大きく上下させて喘いでいる。とろんと潤んだ瞳には、怯えと同量の官能が漣っていた。
結城は愛しさと憎らしさに顔を歪めつつ、キャビネットからある器具を取り出した。それは取り立てて特徴のない、簡単に手に入る類いの性具。いわゆるピンクローターというもので、ローションを塗りつけてから夏野のぬかるみにゆっくり押し当てた。
夏野はびくんと身じろいで脚を閉じようとしたがもちろん許さず、入り口付近で二、三度出し入れしてから少し強めに押し込んだ。最後は力を入れずとも、まるでそこに意思が宿っているかのようにつるんと呑み込んでしまった。
「せんせ、なに……これ」
未知の異物感に、夏野の怯えが濃くなる。結城は安心させるため微笑んでみせたが、どうやら余計に怯えさせてしまったようだ。
これまで夏野の前では努めて抑え込んでいたもうひとつの“黒い”本性が、じわりじわりと現れ始めているのだろう。しかし結城はもう紳士を装うつもりはなかった。
夏野の尻から生えているコード、その先のリモコンを手に取り、スイッチを入れる。三段階の強弱で、まずは最も緩い第一段階。だが夏野の反応は激しかった。「ひっ？」と喉の奥で悲鳴を上げ、勝手に揺れる腰を押さえようと下腹に手を伸ばす。ここで初めて、自分の中に埋め込まれたものが振動していることに気づいたようだ。
「やっ、やだ、先生、これぇ……」
「気持ちいいだろう？ 慣れてきたかな、もう少し強くしてみようか」
結城はそう言って、ゆっくりダイヤルを回した。すると、夏野の中からブゥゥンとこもったモーター音が聞こえ、結城の耳を思いがけず悦ばせた。
「夏野君、正直に言ってごらん。気持ちいいだろう？」
夏野ははふはふ言いながら、涙でくしゃくしゃになった顔を結城に向けた。そしてぐずんぐずんと鼻をすすってから、「きもちいい…」と舌をもつれさせつつ答えた。
その反応に、結城の中でくすぶっていた加虐の欲望が一気に膨張する。と同時に股間もぐっと張り詰めたが、まだこれを解放するつもりはなかった。この身体を味わうのは、もっともっと骨まで蕩かしてからだ。
「いい子だね。それじゃご褒美だ」
結城はダイヤルをさらに回して振動を最強にした。夏野は「きゃあん」と仔犬のような悲鳴を上げて、まるで正常位で交わっているかのように腰を跳ね上げた。結城は夏野の手を掴み、真っ赤に勃起して半濁を垂れ流す性器に優しく誘導する。そして自慰の動きを教えた。
夏野は夢中でその動きをなぞる。自らの性器を上下にこする。絶頂まではほんの刹那だった。夏野は背中を弓なりに反らせ、「くぅ…ん」と切なく鼻を鳴らしながら射精した。
と同時にポンッと音がして、夏野の尻穴からピンクの物体が飛び出てきた。達った瞬間のあそこの収縮が、女性の比ではないことが分かる。結城は思わず目を細め、「すごいな」と率直な感想を漏らした。
そして射精を終えた夏野の身体に覆いかぶさり、腹や胸に飛び散ったものを丁寧に味わった。へその窪みに溜まったものは舌ですくい取り、乳首に付着したものは唇を付けて吸う。しばし朦朧としていた夏野だったが、我に返って結城がしていることを察すると、「そんなのだめぇ」と弱々しく抗議した。
結城が言われた通りやめたのは抗議を受け入れたからではなく、下半身の催促がいよいよ切迫してきたからだ。
身体を起こして膝立ちになり、これまで見たこともないほど隆起した部分を解放すべく手を伸ばす。ジッパーを下ろすのにひと苦労したが、下着の中から汁を飛ばしつつ跳ね上がったものを見て、よくぞ布を突き破らなかったと感心した。
その膨れ上がった先端を、射精の余韻なのか時折くぷくぷとかすかに開閉する夏野の菊門に押し付け、ゆっくり腰を進める。手で支える必要がないほどの硬度を誇る逸物が、濡れた襞をぬぅっと広げて呑み込まれてゆくさまは淫靡この上なく、結城は瞬きを忘れ熱い結合部を凝視した。
足を広げ、局部をさらした赤裸々な体勢で、夏野はああ、ああ、と切ない声を上げる。犯されていることが分かっているのかいないのか、あるいは快楽を優先させたのか、抵抗する気配は見せない。
ただ、結城のものが奥へ進むにつれて薄い下腹をぬめぬめと波打たせる。この奥に自分の性器が嵌っているのかと思うと、結城の全身を獰猛な悦びが貫いた。
「くっ…あ、すご…い……これは……」
進めば進むほど、夏野の身体の中がとろみを増してゆく。軽く揺さぶっただけで、螺旋状の快感が脳天まで突き抜ける。温かくて柔らかい粘膜にしっとり締め上げられた結城の雄が、あっという間に昇り詰めるのは自然の理だった。
「あっ、あっ、あ……っ！ いい！ なかこすれてるぅ……」
甘えた口調で快感を訴えては、半開きの唇の隙間から濡れた紅い舌をちらちら閃かせる。そんな夏野の媚態に刺激され、腰の動きがさらに加速する。と同時に身体を前に倒し、夏野の唇に噛み付いて舌を乱暴に吸い上げた。
「んっ、んむっ、んんーー……」
上下両方で深く繋がった身体から、ひっきりなしに淫音が漏れる。ぬぷぬぷと音をたてて絡み合う舌、ぐちょぐちょと濁った水音をまき散らして肛門を掘る性器。やがて結城の背中がぐっと盛り上がり、腰の動きが止まった。
もちろん完全に静止したわけではない。見ようによっては抽挿より卑猥な腰つきで、夏野の中に続けざまに射精していた。
くたりと脱力していた夏野だったが、時折びくっびくっと思い出したように痙攣する。その性器はまだ硬く、半端な量の白濁をとろとろ垂れ流しているということは、絶頂を極めたわけではなさそうだ。
ようやく放出を終えた結城は身体を起こし、ゆっくり腰を引いた。ぬるりと抜き出したそれはまだ相応の角度を保って、先端から伸びる白い糸で夏野の局部と淡く繋がっていた。結城は苦笑しつつ指に絡め取り、そのまま夏野の潤みにズボズボ突っ込んだ。
「ああん！」
敏感な反応を見せる夏野に会心の笑みを向け、「まだまだこれからだよ」と囁いた。
「……え？」
気がつけば夏野はうつ伏せになっていた。全身を巡る甘い倦怠感は意思まで麻痺させ、何もかもされるがままだったのだ。
膝を立てて腰を突き出した姿勢。これが何を意味するのか、何をする姿勢なのか夏野はもう知っている。そして、身構える前にそれは来た。
「ひっ…ぅ…ぅ…ん……んっ！」
爛れてもつれた襞を巻き込みつつ、太い楔が入ってくる。中が広げられ、暴かれる感覚に、夏野はゾクリとした。
「すご…ぉい、奥まで……」
グチグチと身体の中から音がしそうなほど、夏野の中は結城のものでいっぱいになった。マットレスに顔を押し付けて喘ぎを染み込ませていると、後ろから「顔を上げてごらん」と声が聞こえた。
言われた通りにすると、大きな黒い瞳がこちらを見返してきた。夏野は思わず息を呑む。それは他ならぬ自分で、上気した頬や濁った瞳は発情した獣めいて、直視に耐えない嫌らしさだった。
「やっ…！」
夏野は反射的に顔を伏せた。すると背後から伸びてきた手に無理やり顔を上げられ、再び対面した。鏡の中の自分に。
「とてもいい表情をしているだろう？ ほら」
結城はそう言って、パンパンと小気味よい音をたてつつ腰を打ち付けた。極太の陰茎にずるんずるんと内壁をこすられ、そこから生じた熱が腰に溜まって疼き始める。
「あ……ア！ ああぁぁん」
夏野は甘くひずんだ嬌声を上げつつ、鏡の中の結城を凝視した。シャツ一枚を無造作に羽織っただけの裸体に、デザイナーという職業から連想される虚弱さはない。むしろその身体は雄々しく、がっしりした骨格の上に乗った上質の筋肉には、雄の色気が感じられた。
大きな手が夏野の尻たぶを掴み、食らい付くような抽挿に没頭しているさまには、犯す性としての野卑な魅力があった。
「んっ、んっ！ あ、あん、んっ」
しかもただやみくもに腰を振っているのではなく、時折熟した蜜壺の側面を絡め取るように大きくグラインドさせる。
蛮刀のように反り返った陰茎は夏野のあらゆる部分を刺激し、そこから間断なく生じる快楽の波に、夏野は骨までとろけるような官能を初めて知ったのだ。
そう、それは鷹志との行為で得られる快感とはまた別のものだ。鷹志の激しさ、荒々しさももちろん好きだが、結城がもたらす媚薬のごとき恍惚には、理性では抗えない危険な常習性があった。つまり、夏野は溺れ始めていたのだ。
「夏野君、ちょっといいかい？」
結城はそう言って夏野の返事を待たず、肩を掴んでゆっくり身体を起き上がらせた。夏野はされるがまま上半身を起こす。そして次の瞬間、
「ひぃっ……！」
繋がったまま結城の上に座らされた夏野は、これまでと違う角度で奥まで貫かれた衝撃にびくんびくんと二度跳ねた。全身の肌が粟立つ。そしてようやく震えが収まり視線を上げると、鏡に映った自分の姿、そのあまりの痴態に硬直した。
「ほら、見てごらん。しっかり入ってる」
結城に誘導されるまでもなく、目はそこへ吸い寄せられる。しっかり咬み合った秘処。無理やり広げられているにもかかわらず、結城のものを実に美味しそうに呑み込んでいた。
だからといって、羞恥が湧かないわけではない。白く弾ける照明の当たったそこは生々しい色沢を帯びて、夏野の意思とは関係なくいやらしく蠕動している。まるで、結城のものを咀嚼するかのように。
結城も同じことを思ったのか、「夏野君のここはいやらしいね」と耳元で囁き、指先で周囲をぬるりとなぞった。
ビリッとした電流が背筋に走り、腰が淫らに揺れる。さらに内部が、意思とは関係なく奥へ向かってくぅっと窄まる。すると尻に突き刺さったものが、さらにぐんと伸び上がった。
「あ、あっ！ またおっきくなったよぉ……」
「ああ、大きくなったね。でも君のせいだよ。夏野君のぬるっとした熱い肉が、絞るように締め付けてくるんだ」
結城は耳元で囁くと、夏野の膝を下から抱え上げ、上下に揺らした。必然、結合部は動きに合わせて様相を変える。出たり入ったりを繰り返す結城の太い幹に、夏野の濡れた襞がまとわりついては押し込まれる。
先刻、夏野の中に注がれた精漿は細かな気泡を伴って、隙間からくぷくぷと染み出してきた。その露骨な性交の光景が、夏野のすぐ目の前に映し出されているのだ。
「やだぁぁ……」
あまりの淫らさに網膜が灼ける。けれど目を逸らすことができず、夏野は魅入られたように凝視を続けた。口はやだやだと繰り返したが、それは甘えや睦言の延長にすぎないと自分でも分かっていた。
「ああ、すごい、もうぐちょぐちょだ」
結城の言葉通り、そこはあらゆる体液に塗れぬかるみのようになっていた。ぬかるみに突き立てられる赤黒い楔。それがひときわ奥に押し込まれ、攪拌するようにがくがく揺さぶられたその瞬間、夏野の身体は楽器のごとく快楽の和音を響かせた。と同時に絶頂を告げる。
「いくっ、いくぅぅぅ……！！」
稲妻に打たれたかのように全身を痙攣させ、夏野は勢いよく射精した。性器の先端から放たれたものは鏡にまで飛び散り、白いものがとろりと鏡面を伝うさまは生々しい。たった今体内から出てきたことを示すごとく、かすかに湯気がたっていた。
「はっ、は……ぁ、ああ…ん、せんせ、すご…い……」
同じタイミングで極めた結城は、まだ出していた。注がれたものが中で流動するのが分かる。夏野は、まだひくひくと波打っている自分の下腹をぼんやり眺めつつ、意識が白い闇に溶けてゆくに任せた。
どのくらい眠ったのか分からない。目を覚ますと、室内には薄い硝子板のような光が射し込んでいた。その、儚くも澄んだ光線から判断するに、きっと朝なのだろう。
昨夜から時間の感覚が融解して久しく、ここを訪れてどのくらいの時間が経過したのかもよく分からない。身体は怠く、四肢は鉛を流し込んだように重い。しかし決して不快ではなく、甘い蜜の浅瀬に浸るかのような恍惚に微睡んでいた。
「おや、目が覚めたみたいだね。おはよう」
朝に相応しい爽やかな声。しかし夏野はもう知っている。この朗らかで人当たりのいい表皮の下には、際限ない欲望の粘液を滴らせる猛禽が潜んでいることを。
紳士の皮をかぶった猛禽、結城は笑顔で近づき、ベッドの端に腰を下ろした。そして夏野の上に覆いかぶさるようにして顔を覗き込んできた。夏野は何か言葉を返そうと口を開いたが、結城はそれを封じるように軽く口づけ、
「逢沢君が帰ってくるまでの一週間、僕は君を、ゆうべのような濃密な快楽にじっくり漬け込んであげようと思う。でも、無理強いはしないよ。嫌がるのを無理やり犯して、薄っぺらい征服欲を満たそうなんて幼稚な考えはない。だから、帰りたければ帰って構わない」
明晰な声でそう言いながら手を布団の中へ滑り込ませ、夏野の胸から腹を撫で回す。かすかに湿った手のひらが乳首の先端をかすめると、ピリッとした刺激とともにそこが硬く尖るのが自分でも分かった。
もちろん、結城もその変化に気づいているだろう。しかし指摘も揶揄もせず、言葉を続ける。
「僕はこれから、他のモデルの撮影に立ち会わなくてはならない。ここに戻るのは夜になる。つまり君は一人。帰りたかったら車を呼んで帰るといい」
結城の手が内股を滑る。すると夏野の脚は自然と開いた。まるで、その奥へ誘うかのように。結城はかすかに目を細め、誘いを受けた。ゆうべ幾度も咲かせた綻びを指先でなぞる。
「ああ……指先に吸い付いてきた。また今夜、ここを可愛がってあげるから。もちろん、君が帰らなかったら、だけどね」
結城はそう言って手を抜き、「それじゃ」と素っ気ない挨拶を残して部屋を出ていった。
──帰ら……なくちゃ。
夏野は起き上がろうとしたが、力を入れると身体のあちこちに残った燠火が熱を発し、それが甘い疼きとなって身体の動きを阻む。
ゆうべの名残り、そしてたった今結城が施した愛撫というにはあまりに稚拙な戯れが、夏野の身体に絡みつき自由を奪っているのだ。
夏野はゆっくりと手を持ち上げた。するとかしゃん、と金属がこすれ合う音が聞こえた、ような気がする。それはたぶん、手首に嵌められた見えない枷なのだろう。夏野は唐突に理解した。自分は疾うに囚われていたのだと。
「一週間……」
これから夜を重ねるごとに快楽の沼に沈み込み、一週間で自分の身体は変わってしまうに違いない。夏野はぞくりと四肢を震わせた。
それは甘い戦慄だった。
＜幕＞
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