３.

「ああ、海風が気持ちいい……」

純はうっとりと目を細めて、仄かに潮の香りがする涼やかな風を味わった。

花火大会が終わり、人々は挙って露店で賑わう通りの方へ移動してしまったため、公園はしんと静まり返って、時折ざわざわと木の葉が鳴る音と波音が聞こえるだけだった。

「純、疲れてないか？」
「ううん、全然。すっごく楽しかった」
「展望台では泣きそうになってたけどな」
「もぉ……それは言わないで………」

純はぷくっと膨れて、尭村の手を強く握り返す。すると、それに応えるかのように強く腕を引かれ、抱き締められた。腰に回された手が、布越しの感触を楽しむかのようにやわやわと動く。

「あ……尭村さん……」

恥ずかしそうに俯きながらも、腕の中でじっとして愛撫に耐えている純が可愛くてたまらない。

「少しだけ、いいだろ……」
「ぁ……んっ」

唇を塞がれたと思ったら、熱い舌が侵入してきた。上顎をざらざらと舐められ、舌をこすり合わせただけで、腰が頽れそうになるほどの快感が湧き上がる。くちゅくちゅと音をたてて互いの熱を味わってから、どちらからともなく唇を離すと、舌と舌を繋ぐ唾液の銀糸がきらきらと光った。

純はそっと指を伸ばして、尭村の目の縁をなぞった。二人を包む闇より深い漆黒の瞳。本当にこの目は、自分だけを見ていてくれるのだろうか。これからも、ずっと。

「綺麗な目……」

純の呟きに尭村は淡い笑みを返し、

「純、何か言いたいことがあったら、あんな風に泣きそうになるまで我慢するんじゃねえぞ。……と言っても、お前はなかなか言えねえんだろうなあ」
「ううん、言えるよ。……尭村さん、他の女の人見ないでね」
「純……」
「僕、自分がこんなに嫉妬深いだなんて知らなかった。ねえ気付いてた？　すれ違う人みんな、尭村さんのこと見てたよ。僕そのたびに、この人は僕のなんだから見ないで、って」

純は尭村の顔を見てはっきりそう伝えると、その寛い胸に抱きついた。

「僕の、なんだから………」

尭村は、夜陰に白く映える項に指を這わせた。そして同じ白さを誇る首筋に顔をうずめると、

「馬鹿だな、お前は。言っただろう？　もうずっと前から俺はお前のものだって」

そして柔らかく薄い皮膚にきつい口付けの花を咲かそうとしたその時、

「お前ら、さっきからいちゃいちゃし過ぎなんだよ。目障りだ」

前後に２人、左右に２人、計４人の男が肩を揺らしながら立っていた。
尭村は思わず舌打ちをする。こいつら、さっき純の後を付けてた野郎じゃねえか。気をつけていたのに、いつの間に。

「悪かったな。目障りなら消える。行こう」

尭村は穏やかな口調でそう返すと、純の手を引いてその場を去ろうとした。が、

「だらしねえなあ、お前。カノジョの前でいい格好見せようとか思わないわけ？」

一人が立ち塞がって退路を断つ。にやにや笑ってカメラを弄びながら。

「そういう色気を出した時ってな、たいてい失敗するんだよ。素のままが一番なんだ」

肩を竦めて答える尭村の周りの空気が、ぴりぴりと張り詰めているのが純には分かった。どうでもいい言葉を交わしながら、相手との間合いを計っているのだ。

しかし４人の男には緊張感のかけらもなく、無防備をさらして近づいてくる。純は、尭村の勝利を確信した。

「そのキレーな彼女置いてってくれたらさ、見逃してやってもい―――っぐぇ」

複数を相手にする時には、全員にダメージを与えようとはせずに、一人に集中した方が効率がいい。残った人間がたとえ無傷でも、仲間がやられたということで逃げ出す可能性が高いからだ。

尭村はまず、カメラを持った男の鳩尾に一発入れ、身体を折ったところで後頭部を殴って失神させた。ほんの数秒のうちに。

「うわ……こ、この野郎！」

思いっ切り腰が引けているのが分かる姿勢で、口調だけは勇ましい。僅かな間をおいて尭村に飛び掛ろうとしたが、この一瞬の躊躇が命取りになった。尭村はほんの半歩で躱すと、足で股間を蹴り上げてからやはり後頭部に留めの一撃をくれようとした。が、

「くっそ、女だ、女を押さえろ！」

まだ無傷の二人が、純目掛けて飛びついた。逃げようとしたが、下駄が柔らかい芝生にとられてうまく動けない。結局、飛びつかれた勢いでそのまま芝生の上に仰向けに倒れ込んだ。

「いっ……たぁ………」
「純！」

倒れた拍子に浴衣の合わせ目が大きくはだけ、白くしなやかな脚が露わになった。薄闇にほんのりと輝く脚線美に、男たちは今の状況も忘れて見入る。

「ぁ………や…だ………」

慌てて直そうとする純を、男は背後から押さえ付けて、

「いいのか？　彼女、裸にしちゃうぞ」

股間を押さえてうずくまる男の背中に足を乗せてこちらを睨む尭村に、精一杯の虚勢を見せた。しかし、

「ふざけんなっ」

純は肘で背後の男の鳩尾を思い切り突くと、もう一人、へらへら笑いながら浴衣の裾をまくろうとしている男の顔面に拳を入れた。

それからはもう、尭村の独壇場。あっという間に再起不能になった４人は、捨て台詞を吐く余裕もないのか、ぜえぜえ言いながら逃げ出した。
尭村は、何だか楽しそうに純へ近づくと、

「戦うお姫さまだな」
「……笑わないでください」
「笑ってねえよ。感心してるんだ。俺もちゃんとしねえと、いつかぶん殴られるかもな」
「もぅ、やっぱりからかってる。知らないっ」

ふいと横を向いて立ち上がろうとしたが、顔をしかめて再び腰をついた。

「どうした、足か？」
「はい……でも大した痛みじゃないです。ちょっとひねったのかな」
「さっき倒れた時だな。よし、下駄を持ってろ」

尭村は純の手に下駄を持たせると、ひょいと抱き上げた。

「このままホテルに帰るぞ」
「えっ、大丈夫です。歩けますから……」

頬を紅く染めて訴える純に、ひと言「危ないから大人しくしてろ」と言い置いて、公園を抜け、ホテルに向かう通りに出た。

―――うにゃ〜、恥ずかしいよぉ

道行く人の視線をびしばしと感じてしまう。尭村さんは恥ずかしくないのかなあと、目をちょっと上げてその横顔を見ると、頬に血が滲んでいるのが見えた。

「尭村さん、怪我してる……」
「んあ？　ちょっと掠っただけだ。気にするな」

安心させるように柔らかく笑う尭村。純の中からいつの間にか、恥ずかしさが消えていた。




ホテルのフロントでチェックインを済ませると共に、純の怪我のことを話して薬箱を持ってきてもらうよう手配した。そして、鍵を持ったポーターに案内してもらう。もちろんエレベーターの中でも、純を抱いたままで。

―――すごい、絵になる二人だなあ

新入りポーターは、失礼かとは思いながらも、二人に視線を送らずにはいられなかった。
いわゆるお姫様だっことかいうやつで、その辺の男がやったら嫌味に見えるか無理しているのがみえみえか、どちらかなのだろうが、この彼は、まるでそうするのが当然といったスマートな空気をまとっていた。

加えて、片手に下駄を下げ、片手で彼の首にぎゅっとしがみついている彼女は、綺麗なだけでなく何だかいじらしくて可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。が―――

「あ……」

尭村に凄い目で睨まれたポーターは、慌てて視線を逸らせた。


「わぁ、夜景が綺麗。あっ、マリンタワーが見える」

部屋に入るなり、窓から見える夜景にはしゃいだ純は、尭村の腕の中でぱたぱたと足を動かした。

「こらこら、危ないぞ」
「あ、お客様、救急箱はこちらに置いておきますので」

そそくさと出ていくポーターを見送ると、尭村はそのまま続き部屋になっている寝室へ向かった。そしてキングサイズのダブルベッドの端に純を座らせて、裾の合わせをがばっとはだけた。

「ひゃんっ」
「純、足。湿布薬貼っといてやるから」

尭村はてきぱきと湿布を切ったり包帯を用意したりしつつ、にやにや笑いながら、

「なんだ？　すぐ襲うと思ったか？　もうちょっと待ってろ」

純は赤くなって、「ありがと…」と小さい声で礼を言った。そして手当てを終えた尭村に、

「頬の消毒しなくちゃ。尭村さん、ここに座って……」
「ああ」

消毒液を染み込ませた脱脂綿で、頬をそっと撫でる。傷に沁みたのか、微かに眉根を寄せる尭村。純は唇を尖らせてふうふうと患部を吹く。すると、尭村が唇に吸い付いてきた。

「ぁ………ぁん……んっ………もぅ」

純は何とか唇を離し、

「まだ、消毒の途中なんだから……」
「俺の前でそんな顔したら、こうなるの分かってんだろ？」

尭村は再び、さっきより強い意志を込めて吸い付く。と同時に浴衣の襟に手を掛けて力任せに寛げ、剥き出しになった肩にきつく口づけた。

「ゃ……ぁ………」
「純、もう感じ始めてるんだな。いやらしい身体……」

尭村の手はいつの間にか浴衣の前合わせを割って奥の秘部に侵入し、純の半身に指を絡めて刺激を与え始めていた。そのものは見えないが、クチュクチュと粘液が絡まる音が漏れ聞こえて、ひどく淫靡な気持ちにさせられる。

純は思わず自分から脚を開いて、喘ぎながら誘うように腰を揺らした。しかし尭村は、何故かぱっと手を離してしまった。

「あきむら、さん……？」

喘ぎの形に緩んだ唇で問う純に、

「駄目だ。勃ち過ぎて痛え」

見れば、硬いジーンズ素材にもかかわらず、ジッパーごと押し上げてぱんぱんに膨れ上がっている。尭村は素早くベルトを外してジッパーを下ろす。すると、雄の濃厚な熱気をたちのぼらせた陰茎が、まるでそれ自体別の生き物であるかのようにびち、と跳ね出てきた。純はそっとそれに手を伸ばして掌で包み込む。

「すごい……どく、どく、って脈打ってるのが分かる………」
「当たり前だ……どんだけ我慢させられたと思ってる………」

尭村は盛りきった掠れ声でそう言うと、下着ごとジーンズを脱ぎ捨てて純に襲いかかった。

脚を掴んでＭ字形に大きく広げ、その中心で秘めやかに震える蕾に、花火が始まる前から溢れっぱなしの先走りをすくって塗り込める。そして指を突き入れて少し乱暴に内壁を引っ掻くと、純は艶かしい悲鳴を上げて腰を跳ね上げた。

まだ十分に解れたとは言い難いが、これ以上浴衣姿の嬌態を見ていたら、膨張しきった血管が破裂するに違いない。尭村はひと言「挿れるぞ」と低く告げると、生き餌を前にした肉食獣のように涎を垂らす己れの怒張を純の潤みに突き入れた。その途端、強烈な射精感に襲われて絶句する。

―――マジかよ……

ゆっくりと、数回注挿を繰り返し、これは駄目だと観念した。

「悪い、一回出させてくれ」

侵入してきた尭村の熱さ大きさをうっとりと味わっていた純は、半ば朦朧としたまま頷く。尭村は数回腰を打ちつけただけで、呻き声と共に呆気なく暴発した。

が、これで普段通りの怒張に戻っただけ。もちろん抜くつもりは毛頭なく、今度はゆっくりと奥の方を掻き回しながら、お腹に密着してぷるぷると揺れる純のペニスにいたずらを仕掛けた。

「あぁ……だめ…だめぇ……ゆかた、汚しちゃうよぉ………」

今さっき尭村が注ぎ込んだモノが襞の隙間から染み出して、浴衣は既にねとねとだったのだが、尭村は知らんふりで

「そうだな……汚しちゃまずいよなぁ……」

深刻そうな声でそう言いつつも、徐々に腰の動きを早める。

「ああっ、ああっ、やぁっ……ゆかた、脱がせ……て……おねがいっ」

片手でシーツにしがみつき、片手で浴衣の襟を掴んでぐいぐいと広げる。おそらく何とかして脱ごうとしているのだろうが、そのせいで勃ち上がった乳首の片方が露わになってしまい、淫らなことこの上ない。

尭村は不気味な唸り声を発すると、太ももに手をかけてぐいと持ち上げ、内壁の粘膜を抉り取るかのようにぐりぐりと回しながら最奥部を犯した。

「いっ、いやあぁぁっ……だめだめだめぇっ…………っぁ……ああ、イク……イッちゃうよぉっ………」

蕾の奥の敏感な部分に加えて、尭村の鍛えられた腹筋に挟まれてぬるぬると滑るペニスが、目眩く快感をもたらす。

「いいぜ……純、俺も……一緒に………っく」
「あっ、ああああぁぁーーッ」

その瞬間、きゅっきゅっと数回収縮した純の粘膜に絡め取られた尭村の陰茎は、今日二度目の熱い飛沫を先端から迸らせ、悶える襞の奥に注ぎ込んだ。

「はぁ……ぁ………ふぅ、ん……」
「純……浴衣、お前の蜜でどろどろだぜ」
「ぁ……ごめ…ごめんなさ………ふぇっ………」

尭村はじゅぷ、と音をたてて純の中から引き抜き、快感の余韻に浸りながらも涙を浮かべておろおろとしている純を抱き起こした。

「どうしよ……あきむらさぁん……おこらないで、ね………」

もちろん尭村はそれどころではなかった。額賀の着付けが巧かったのか、あれだけの激しい動きにも浴衣は完全に崩れることなく、艶かしく乱れて純の身体にまとわりついていた。結い上げた髪も同様で、ぱらぱらとほつれた毛が首筋に張り付いている。

この淫靡なあやうさに、理性を掻き乱されない男がいるだろうか。尭村は「怒ってねえよ」と怒ったように告げると、純の唇に噛み付いて舌をきつく吸い上げた。

「ぁ………ふ………」

重ねた唇の隙間からこぼれる可愛い喘ぎまで丹念に吸い取ってから唇を離し、純の身体を持ち上げて膝の上に座らせた。そして背後から腕を回して浴衣の中に手を入れ、お尻の割れ目をなぞって濡れそぼった蕾に指を突き入れる。絡みつく内壁の熱さやぬめりを堪能しつつ掻き回すと、チュプチュプと弾ける蜜音が漏れ聞こえてきた。

「あぁん……やっ、ぁぁ………」

純は与えられた快感に素直な反応を見せる。尭村の上で腰を揺らめかし、再び勃ち上がって浴衣の合わせ目からぴょこんと飛び出した半身を、尭村の巨大なソレにこすりつけた。互いの先走りが混じり合ってぬるぬると滑り、尭村は思わず低い呻き声を漏らした。余りの媚態と快感に、眩暈がする。

「あ……あきむらさん……ほしい、の……ちょうだい………」
「いいぜ、来いよ……純」

純は小さく頷いて尭村の上に跨り、双丘に手を添えてくいっと開くと、露わになった秘孔に先端を当ててからゆっくり腰を落とした。瑞々しい果実を潰したようなぐじゅっという汁音と共に、太い肉棒が呑み込まれてゆく。

「あぁっ………ぁきむらさぁん………イイ、きもち…イイよぉ………」

純は涙混じりの喘ぎをこぼして、腰を上下に振る。その控え目な動きにもそそられるのだが、ずっとこのままではやはり焦れったい。

「純、しっかり掴まってろ……」

低い声で囁くと、純の膝を下から抱えてそのまま激しく上下に揺り動かした。

「きゃあっ、あぁん………あっ、あぁっ」

乱れた髪や崩れ始めた帯が、いつもの可憐さとはまた違った頽廃美と懶惰な色香を演出している。堕落しきった娼婦のような。

「純……綺麗だ………」

淫らな音をたてて引き摺り出されたり押し込まれたりする紅い肉襞が、尭村の目には淫靡な花のように見える。それを蹂躙する悦びを噛み締めながら、さらに激しく突き上げる。

「あっ、やあっ、も…イク………ぅ…ぁ………あぁぁーーっ」

悲鳴と共に白い潮を吹き上げた純。尭村は、自分の胸にかかったその熱さを愛しく思いながら、同様の熱を帯びた欲望の種をどくどくと放出した。




翌朝、裸の四肢を濃厚に絡めて眠る二人のもとに、小さな荷物が届けられた。

それは昨夜、尭村が額賀に頼んでおいたもの。目覚めてゆっくりシャワーを浴び、部屋で朝食を済ませると、尭村は意味深な笑いを浮かべてそれを純に渡した。

「開けてみろよ」

何だか嫌な予感がする……と眉をひそめて包みを開けると、出てきたのは―――

「尭村さん、これ、まさか……」
「ああ。どろどろべとべとの浴衣着て帰るわけにはいかねえだろ？」
「でっ、でも、こんな女の子の服……う、うわ、このスカート短い………」

白いノースリーブのワンピース。ご丁寧に、白いサンダルまで用意されていた。

「お前は白が似合うよな。この前の白いエプロンも最高だったし。これ着て海辺散歩しようぜ。それからカフェにでも寄って―――」

自分の計画を得々と話す尭村。しかし彼は大事なことを忘れている。純は真っ赤になって怨めしげに尭村を見上げ、

「尭村さん……僕、下着ないんだけど……」
「あ」
「その状態でこんな短いスカート穿いたら、そ、それで海辺を散歩なんてしたら……」

瞳をうるうるさせて必死に訴える純。尭村はがっくりと肩を落とし、

「分かった分かった。とにかく服着ないと帰れねえんだから、取り敢えず着ろ。それですぐに車に乗り込めばいいだろ？」
「は、はい…それなら……」

純は渋々頷いた。しかし純は知らない。ワンピースを着て車に乗った後、その車内で尭村にどんないたずらを仕掛けられるのかを。外界からも運転席からも完全にシャットアウトされた後部座席で繰り広げられる痴態を。

結局純白のワンピースも、同じ色の蜜でどろどろになる運命なのだった。
（Fin）

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