＜片瀬と薫の場合＞
怒り心頭の尭村と、怯えながらも大人しくその腕に抱えられた純が出ていった後、片瀬は暫し、黙って薫を見つめていた。険しかった視線は、しかし徐々に冷たく透き通り、ついに薫から外された。
「俺は、尭村みたいに“優しく”はない」
片瀬は感情を排した声でそう言い置くと、怯えながらも勝気な表情を崩そうとしない薫にあっさり背を向け、そのまま学食を出ようとした。
「圭祐っ、どこ行くんだよ」
「外でめし食ってくる」
振り返りもせず無愛想に答えてすたすたと歩き出す片瀬を、薫は慌てて追い駆けた。
「圭祐、待て、待てよっ。俺が悪かったってば。これからはちゃんとするから―――」
「お前の“ちゃんとする”は聞き飽きた」
余りに冷たい言葉だが、片瀬がこう言いたくなるのも無理はなかった。
薫はこれまで幾度も片瀬の忠告を無視し、天真爛漫丸出しでほいほい人を信じては、痛い目に遭った。そのたびに片瀬は寿命が縮む思いで薫を探し、助け出してきたのだ。
今回だってそうだ。酒を飲んで暴れたのはともかく、純と二人きりで校内をうろつくなんて、暴挙以外の何ものでもなかった。
尭村の言う通り、どうぞ襲って下さいと言い回っているも同然。もし中庭でサボっている３年生にでも見つかっていたら、何をされていたか分かったものではない。
「圭祐、待て、待てったら！」
歩幅が違い過ぎるのか、必死に追い駆けているはずなのに愛しい背中はどんどん小さくなってゆく。薫は、胸の奥がざわざわ騒ぎ出すのを感じた。たまに見る夢とよく似ていたから。
声を嗄らして泣き叫んでも、行かないでと手を伸ばしても、後ろ姿は無情にも小さくなって消えてしまう。独り残された薫は、これは夢だと分かっていながらその場に座り込んで、喪失感と恐怖に耐え切れず声を上げて哭いてしまうのだ。
しかしこれは夢ではなくて現実。だからこそ、女々しく泣いているばかりでは駄目だ。自ら掴み取らねば。そして、伝えるべきことをきちんと伝えねば。
薫は全速力で走って片瀬の背中を捕え、そのままの勢いで飛び付いた。
「う…わっ……」
二人一緒に芝生に倒れ込み、二人一緒に「いってぇ……」と腰をさする。しかし薫はがばと起き上がり、
「背中向けんなよっ、バカッ」
涙を浮かべて抗議する。片瀬は肩を竦めて、
「背中見せてんのはいつもお前じゃねえか。俺が待てっつっても構わずずんずん勝手に進んでいって。それで危ない目に遭う。違うか？」
「違わないッ。だからごめんって謝ってるじゃないかあ。ばかやろー………っく、ぅ……」
口をへの字に曲げて、顔を真っ赤にして嗚咽を押し込めようとする薫。片瀬は呆れたように溜め息をついて、
「ったく、色気のかけらもねえな」
「うるせー……どうせ………可愛げのないこざるだよぉ………」
「へえ。分かってんのか」
「なんだとぉっ」
腕を振り上げて殴りかかろうとする薫の手首を強く掴んで、きつい眼差しで見据える。
「お前に殴られる筋合いはないが。薫、言いたいことがあるならちゃんと言え」
片瀬の言葉は尤もだった。薫は深く項垂れて、
「……圭祐、ごめん。ごめんなさい。もうしません、お酒も飲みません。だから…許してください」
片瀬は含み笑いを隠さず、
「それだけか？ 許して欲しい時には何て言うんだった？」
薫はプチトマトみたいに赤くなって怨めしげに睨み付けた挙句、
「知るか、バカッ」
掴まれた手を無理やり振り払おうとした。
「ったく、世話の焼ける子猿だ」
片瀬は素早く立ち上がって薫の身体を片手で抱え上げると、そのまますたすたと歩き出した。
「け、けいすけ、下ろせよっ。自分で歩くっ」
「子猿は黙ってろ」
片瀬が向かっているのは、二人の“いつもの場所”だった。
そこは図書館の準備室。書架に出される前の本にラベルを貼って整理する場所だ。片瀬と薫は図書委員だったから、ここの鍵を預けられていた。
中に入ると、紙とインクと埃の匂いに包まれてほっとする。しかし今日は違った。片瀬がある明確な目的を持ってここに来たのは、彼の揺らめく瞳を見れば分かる。
それは、薫にしか察知できない欲情のサイン。表情こそ普段と変わりないが、ぬらぬらと輝く双眸の奥で爆ぜる欲望に当てられて、薫の体温も上昇を始めていた。
「ね、圭祐。まさか、ここでするの……？」
“いつもの場所”とは言っても、それは二人が静かに、互いの存在を感じながら過ごせる場所という意味で、誰かみたいにそこでえっちしまくり、お仕置きしまくりの何でもアリな場所、ということではなかった。実際、ここではキスしかしたことがなかったのだ。が―――
「あっ、や、やめろよぉ……ここで、そんなこと―――」
薫の戸惑いなどお構いなしに、片瀬は背後から抱きついて腰に腕を回し、あっという間にジッパーを下ろしてジーンズを脱がせる。もちろん、下着も一緒に。
剥き出しにされた白い下半身は、昼でも薄暗いこの小部屋の中で艶かしい存在感を放っていた。
「やっ、だ……けえすけぇ………」
壁に身体を押し付けて、背中から回した手で股間のモノを包み込む。ぎゅっと握ったり離したり、指をばらばらに動かして刺激を与えたりするうちに、ソレはむくむくと膨らんで熱を帯び始めてきた。
「ココは素直なのにな」
片瀬は愉しそうに囁くと、片手で前を寛げて天を睨む自身を取り出した。
「このままじゃ無理だな」
すっかり勃ち上がった薫の先端を指で挟んでくにくにと揉むと、小さい孔から愛液の雫がひとつ、ふたつ。それをすくって割れ目の奥に塗り付け、そのまま指をねじ込んでぐりぐりと掻き回した。
「ふぁっ……あ、あん………」
唇を噛み締めて嬌声を堪えていたのに、その努力は呆気なく崩れた。しかも、ねだるように腰を突き出して、片瀬の指をさらに深く咥え込む。
「これは指だぜ。お前の欲しいのはこんなもんじゃないだろ？」
言いながら指を屈伸させると、熱い襞がうねって絡み付いた。片瀬は猶も指での愛撫を続けながら、
「今ごろ……秋原もここいたぶられてるんだろうな。尭村に」
「ばっ…か……ヘンなこと言うなあ………」
片瀬の思わぬ言葉は、薫に羞恥と昂奮を呼び込んだ。もちろんそれに気付けぬ片瀬ではない。嫌らしい笑みを浮かべて、
「事実だろ。きっと、こうして尻を差し出して、泣きながら喘いでるんだろうな。尭村さん、許して、ごめんなさい、って」
「けえすけのバカぁ……へんたい………っん、あ、あっ、あっ」
「変態、か……秋原はそんなひどいこと言わないだろうな」
溜め息混じりの感慨に、薫は思わず声を荒げた。
「どっ、どうせ純の方が素直でしとやかで可愛いって言うんだろっ。分かってるよッ。俺なんかいつもぎゃあぎゃあうるさいし、子猿だし――――っぁ、あああん」
片瀬はびくびくと逸る己れの陰茎を、有無を言わせず突き刺して薫の言葉を遮った。そして奥をこすり上げながら、
「いや…俺は、お前みたいなはねっ返りがいい」
「はぁっ…ん、あ……け…すけ……もっと、もっとして………」
腰を振ってねだる薫を、愛おしげに見つめる。そして身体を前に倒してぎゅっと密着させ、耳許で囁く。
「じゃじゃ馬がたまに見せる色気って、たまんねえよな。薫、お前のこんな姿知ってるのは…俺だけだぞ………」
「な…んだよぉ、じゃじゃ馬って……ばかぁ………あっ、そこヤダって……だめぇ……イっちゃうぅ………」
片瀬のために、片瀬の形に出来上がった内壁が激しく蠕動し始めた。二人ともに限界は近い。前を嬲っていた手の動きを僅かに早めて、
「薫、達っていいぞ。壁は後で拭けばいい」
「ふぁっ、あっ、ああ………イクぅ………けえすけっ」
名前を呼ぶと同時に、手の中の半身がビクビクと震えて白濁を放出した。壁にかかってとろとろと滴り落ちるのを見届けてから、片瀬は自身を抜いて根元を扱き、そのまま薫の双丘に向かって射精した。
「あ……あつい、すごい…熱いよ………」
つるりとしたお尻が白く濃厚な液体に塗れて震えるさまは、食欲さえ起こさせる。片瀬は、掌を滑らせてぬるぬると塗り込めると、再び蕾に指を突き入れた。１回や２回の交わりでは収まりそうにもなかった。片瀬も薫も。
「あっ、んんっ、もいっかい挿れて………」
片瀬は会心の笑みを浮かべて、放出直後だというのに隆々と勃ち上がる陰茎を、貪欲な蕾に押し込んだ。
薫は嬌声を上げて受け入れる。再び侵入してきたモノの熱さや大きさが、愛しくてたまらない。
「なんで……なんでぇ………」
「ん？ ……どうしたんだ」
「なんで…こんなに好きなんだろ………」
好きだとか愛してるとか、滅多に言わない薫の最大級の愛情表現。片瀬は思わず目を細めて、
「そんなこと考えられないほど愛してやるよ」
「圭祐……」
掠れ声で名前を呼ぶ薫の目に、快楽の涙とは違う温かく透き通った輝きが宿った。（Fin）
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