Last Christmas
１.
「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る……きっと君は来なぁいぃ〜、一人きりのクリスマスイ〜ブ………う、うっうっ………」
「……ちょっと、一条くん。うっとうしいから本気で泣くの止めてくれない？」
「うっ、うっ……俺のこの気持ちなんて、誰にも分からないさ………。なんで……なんで、なんでぇ――――」
龍逸は運命の神に向かって吼えた。熱く滾る想いを込めて。
「なんでクリスマスイブにゼミの合宿なんかやるんだぁぁぁ〜〜〜」
「うるさいわねっ、もう！」
「今ごろは、柚がクリスマスの特製ディナー作ってるのを眺めながらテーブルセッティングしたり、ベッドをロマンチックに飾りつけしたり、キャンドルを並べたりして初めてのイブに向けた準備をうきうきとしているはずだったのに……。
なんで、こんな奴らと一緒に過ごさなくちゃならねえんだよっ」
龍逸のノロケだかぼやきだか分からない言葉に、周りにいる女性陣は一様に眉を吊り上げる。
「こんな奴ら、ですって？」
「ここまで言われるとさすがにムカつくわね」
「ざまあみろ、てな気になってくるわ」
ぶちぶちと言い合って龍逸を睨み付けるが、悲劇の男になりきっている当人には全く通じない。しかし、そのうちの一人が表情を緩めてはぁ、と溜め息をつき、
「ま、気持ちも解らなくはないけど。運が悪かったのよ、今年からなんだもの」
「今年からっ？ なんでだよッ」
必死の形相で噛み付く龍逸に、ちらと肩を竦めて、
「り、こ、ん。小此木（おこのぎ）教授ね、１１月に離婚したの。ほら、噂のイケメン弁護士の旦那様。すっげえマザコンだったんだって〜」
「うわ、超ヒサン」
「ママ〜、パンツ洗ってぇ〜、みたいな？」
半ばヤケでげらげら笑い合う先輩たちに、龍逸はマジで切れた。
「なんだよそれッ。てめえがマザコン弁護士と離婚した腹いせに、生徒の愛を妨害しようってのか？ ふざけんな、あの小じわババア。そんな腐った性根だからロクな男が寄り付かねえんだよッ」
「ごめんねぇ〜、小じわが見苦しくて〜。あと、性根が腐っててぇ〜」
背後から冷気が突き刺さる。はっと振り向くと、そこにはブリザード状態の小此木教授。龍逸が来年から入る予定のゼミの指導教授なのだ。
彼女は４０歳前半（自称）で教授の座についた才媛である。しかし性格には少々問題あり、のようだ。
「みんなが浮かれて遊んだりヤリまくったりしてる時に学問に励んでこそ、差がつくというものでしょ？ そういう私の親心が解らないなんて、小さい男ね」
「済みませんね、小さい男で。アソコはでかいんですけどね」
「ああ嫌だ。自分に分が悪くなったら下ネタに逃げるの。ま、うちのゼミに入ったらその辺から叩き直してやるから」
「そっ、そうだよ。俺はまだここの正式なゼミ生でもないのに、なんで参加を強制されなくちゃならないんですかっ」
そうなのだ。龍逸はまだ２年生。ゼミに入るのは来年のはずなのだ。なのに参加しないと正式なゼミ生として認めないと言われ、泣く泣く参加したのだった。
この小此木ゼミは、教授を始め全員が女性という、経済学部では異色のゼミだった。しかも美人揃い。それゆえ、毎年男子学生が挙って希望を出すものの、その下心を隠し通すことができず、みんな面接で悉く落とされた。
ミスＴ大、現役モデル、現役キャンギャルといったお姉さま方の値踏みするような痛い視線に晒されながらも、赤面せず緊張せず堂々とゼミの希望理由を発表できる男なんてそういない。
面接会場に入った途端、お姉さま方のクス、という笑いに耐えられず、「すみませんでしたーっ」と叫んで逃げ出す者まで出る始末。
だから龍逸が合格した時は、やっかみ半分で色々な憶測、噂が乱れ飛んだ。結局は顔で選んでるんじゃないか、一人一人と寝て“説得”したんだってよ、小此木教授と愛人契約結んだとか―――
もちろんそんなわけはない。小此木教授も先輩たちも、ちゃんと龍逸の意欲と人間性を見抜いた上で合格としたのだ。
大体、その頃はすでに柚葉とらぶらぶだったのだから、女性目当てでゼミを選ぶなんてするはずがない。自分の興味ある研究分野を扱っていること、そして就職に強いという理由で選んだのだ。
合格したのは良かった。しかし正直、“女の中に男が一人”状態がこれほどキツイものだとは思わなかった。後に小此木教授は、龍逸を選んだ理由をこう語った―――君ならこの環境に耐えられると思ったからよ
つまり、その辺の男では耐えられないということだ。然もありなん。
「正式なゼミ生でもないのに、呼んであげたのよ。感謝しなさい。大体、君はクリスチャンなの？」
「教授だってクリスチャンでもないのに、教会で結婚式挙げたんでしょうがっ」
「うるさいわねっ。“君のウエディングドレス姿が見たい”って言われて、仕方なくやってやったのよ」
龍逸は＜ウエディングドレス＞という単語にぴく、と反応した。うっとりと目を細めて天を仰ぎ、
「ああ、ウエディングドレス……。柚葉が着たら綺麗だろうなあ。純白の天使みたいで。ああ……柚、俺の柚……。今ごろ一人で、俺を想って泣いているだろうなぁ。うぅっ……」
教授は口を歪めて嗤った。途轍もなく極悪な表情。これでは旦那も逃げるって。
「おっほっほ。だぁいじょうぶよぉ。あの子キレイだから、よりどりみどりでしょ。別の男と楽しく過ごしてるって。心配いらないわ、たっちゃん」
「う、うう……ちがう、柚は俺のこと愛してるんだっ。だからそんな―――」
「あぁら、そうかしら。よく言うじゃない、遠くの恋人より近くのサンタ、って。淋しい人間同士って波長が同じだから、簡単に惹かれ合って、その場限りで燃え上がっちゃうものなのよね〜〜」
「うう……うぁ〜〜〜ん、ゆじゅーーーーーっ」
号泣しながら走り去る龍逸。その哀れな背中を見送った彼女らは一斉に溜め息をついた。そのうちの一人が、
「先生〜。ちょっと一条くんが可哀想」
しかし小此木教授はしれっとした表情で、
「何言ってるの。可哀想なのは美並さんでしょ。なんでこっちに来るのよ、あの男は。結局、愛よりも保身とか将来とかを優先させたってわけ。まだ若いんだから、そんなもの蹴散らして愛に突っ走ればいいじゃない。ホント小さい男ね」
その場にいたゼミ生たちはみな、苛立った口調の奥に潜む、教授の愛情を感じ取った。かなり歪んだ愛ではあったが。
「あ……まだこんな時間か………」
柚葉は目をこしこしとこすって時計を見た。ソファの上でうたた寝をしていたらしいが、思ったほど時計の針は進んでいなかった。
時間が経つのがやけに遅い。今日何度目かの溜め息をついて、テーブルの上の小さなクリスマスツリーを見た。
「いい加減、女々しいな、僕も……」
小さく頭を振って目を閉じると、“明日の夜には帰るから…”と肩を落として出て行った龍逸の背中が浮かんでくる。
恋人になって初めてのクリスマスイブ。一緒にいれなくて悲しかったけれど、龍逸の落ち込みがあんまり激しかったものだから、なるべく平気な顔をして送り出した。
２５日だってクリスマスだよ、こっちの方が本番なんだよ、と妙な慰めをしつつ。
何で一緒にいてくれないのっ、と怒ればよかったのかもしれない。行かないで、傍にいてよ、と泣いてすがればよかったのかもしれない。でも、そういった恋人としての甘えた振る舞いは、柚葉にはまだハードルが高かった。
どんな我がままを言ったって、龍逸ならちゃんと受け止めてくれると分かってはいるのだけれど、つい、自分を抑えてしまう。平気なふりをしてしまう。
それに、クリスマスに一緒にいて欲しいだなんて、可愛くて清純な女の子の言う台詞だ。自分には相応しくない。
今までだって、クリスマスには無関心だったのだから。ずっと一人だった。それが今年もそうなっただけのこと。だから、特別悲しくなんかない………
柚葉は起き上がって、すっかり暗くなった窓の外を見た。
「たっちゃん、今ごろ何してるのかなあ。この時間なら……」
―――ゼミの女性とイチャイチャしてるんじゃないか……
ぱっと浮かんだ考えを、自己嫌悪と共に慌てて打ち消す。最初の出逢いから今に至るまで、龍逸は変わることなく深い愛情を注いでくれている。なのにそんなことばかり考えてしまう自分が、身悶えするほど嫌いだった。
「ごめんね、たっちゃん…」と力なく呟いて、マイナス思考のお化けを振り払おうとした時、携帯が鳴った。龍逸からだった。
『柚？ 俺……。今何してた？』
「あ…ちょっとうとうとしてた」
『そっかぁ、ごめんな、起こしちまって』
「ううん、いいのっ。た、たっちゃんは何してるの？」
『部屋でぼおっとしてるよ。男一人だからさ、二人部屋を一人で使えるんだ』
原書講読に付き合わされたけど、俺にはちんぷんかんぷんだったよ、と力なく笑う龍逸に、大変だったねえ、と返す柚葉。
「今、先輩方は何してるの？」
『ああ。なんかご馳走作るんだ、つってキッチンに集合してるよ。俺は邪魔者扱い』
「そっかあ……」
ここで会話は途切れた。どちらも遠慮して、言いたいことが言えないというもやもやした空気が、携帯越しに伝わってくる。
その時、電話の向こうから女性の声が聞こえてきた。
『一条くーん、あと３０分くらいしたら食堂に来てね。クリスマスディナーの始まりよ』
はいはい、という龍逸の疲れた返事も聞こえた。クリスマスディナー、一緒に過ごすはずだった夜………
「んっ、……く……ぅっ………」
『ゆっ、ゆずっ？ どうしたんだ、お前―――』
「ごめ……なんでもないよ。もう切るね……たっちゃん、また明日ね………」
電話越しに、龍逸の慌てぶりが伝わってくる。
『ちょ、待てっ。切るな。ゆずっ』
「ごめんね。電話で泣かれるのってうざいよね。分かってるんだけど……と、止まらなくて………」
すっ、と呼吸を整える音が微かに聞こえた。そして低い声で、
『謝らなくていい。その代わり、何で泣いたかちゃんと教えてくれ』
「なんで、って……。さ、淋しいからに決まってるでしょっ」
『ゆず……』
「女々しい奴だって笑っていいよっ。でも、淋しいんだもん。クリスマスなのに、たっちゃんが傍にいなくて。バカみたいでしょ？ そんなことで泣いて―――」
涙混じりの告白は、龍逸の温かな囁きで遮られた。
『柚、愛してるよ』
「ぅ……っ、たっちゃ……すきぃ………」
『お前のことばっかり考えてる』
「僕も……。さっきうとうとしてたって言ったのは嘘。僕もたっちゃんのこと考えてた」
『俺がゼミの女とイチャイチャしてるんじゃないか、とか考えて落ち込んでたんだろ』
ば、ばれてる……。
「う……うん……。ごめんね」
龍逸ははー、と息を吐いて、『バカだな』と囁いた。そのあやすような低音を耳許で受けた柚葉は、思わずぞくり、と背中を震わせた。
『俺はお前以外じゃ勃たない、って』
「ん……嘘ばっかり………」
『嘘じゃねえよ。ほら、お前の声聞いただけでもうこんなにビンビンになってる』
「ホント？ ねえ、たっちゃん………」
『本当だよ。なあ、柚は？ 柚葉の可愛いアソコは勃ってるか？』
柚葉はすでに前を寛げており、下着の中からペニスを取り出してそっと握った。
「うん…。手の中でね、どくん、どくん、って震えてる……」
『それだけか？ 先っぽの小さい孔からいやらしい蜜が溢れてるんじゃねえのか？』
「んっ、やだ……いやらしいって言わないで………。あっ、ん、出てる……とろとろ滴ってる……たっちゃん、舐めてぇ………」
柚葉は、手の中のモノをクチュクチュと扱きながら懇願した。携帯から聞こえる龍逸の荒い息がじかに耳にかかっているような感覚に絡め取られ、堪らず声を上げた。
「あっ、ああっ、ん……たっちゃん、きて、きてぇ………」
『柚、相変わらず可愛いな、お前の蕾は。ひくひくしてるぞ。溢れた蜜を塗りつけて、まずは指で蕩かしてやるからな』
柚葉は、龍逸の言葉通りにした。下だけ全て脱いで脚を大きく広げ、手を伸ばして自分の後孔を探った。すでに愛液が滴っており、塗りつけるまでもなくそこはどろどろに濡れていた。
「たっちゃぁん……ゆび、挿れ……あっ、あっ………」
『ああ柚……お前ん中すっげえ熱い。それに……中の柔らかい肉がうねって……指に絡みついてくる………』
「はぁん……たっちゃん……もっと、もっと掻き回して………」
『ゆず、ゆず……気持ちいいか？』
柚葉は根元まで押し込んだ２本の指を激しく屈伸させ、奥をこすり上げた。いつも龍逸がしてくれるように。
「イイ……きもちいい……ああっ、ん、たっちゃん、イキそう………」
『ゆず、まだ駄目だぞ。まだ俺挿れてねえよ』
「ん……挿れて……たっちゃんのおっきいの…ほしい………」
『分かった……もっと大きく脚を広げて、お前の綺麗な花びら見せてくれよ……』
柚葉はソファの背凭れに背中を預けて、脚をＭ字に広げた。もちろん、指は埋め込んだまま。
「たっちゃん、ねえ……見える………？」
『ああ、よく見えるよ。蜜に塗れて、ぬらぬら光ってる。しかも真っ赤に充血して、俺を誘うようにひくひく喘いでるじゃねえか。……たまんねえよ』
龍逸の言葉に煽られた柚葉は、再び指をぐりぐりと動かし始めた。
「はぅ、ん……きて、たっちゃん………」
『ゆず、一気に奥までぶち込んでやるからな。覚悟しろよ』
「ん……」
そして龍逸の『行くぞ』という低い声に合わせて、柚葉は指を増やした。
「ああっ、ああっ………たっちゃ……もっと奥、突いてぇ…………」
『ゆず、ゆずっ』
その声を聞いただけで、龍逸が今どんな状態なのか分かる。自分を組み敷いて激しく腰を使っている龍逸の精悍な身体や野性的な表情を思い浮かべながら、柚葉は指で内壁をこすり上げた。
『ゆず……お前のとろとろの蕾、どんな鳴き声だ？』
「はっ、ぁぁん………あの…ね………ぐちゅっ、ぐちゅっ、って………あぁん、蜜がいっぱいで……も、ソファまでどろどろ………」
『ああ……舐めてえなあ。きっと甘くて旨いんだろうな………』
もう、限界だった。柚葉は懇願した。
「たっちゃん、もう、イクぅ……おねがい………」
『ゆずっ、俺もだ……』
柚葉は携帯を置いて蜜に塗れたペニスを掴み、二度、三度と扱いた。そして真っ赤に膨れて喘ぐ先端から、白い迸りが放たれるのをぼうっと眺めた。
暫し放出の余韻に微睡んでいたが、やがてのろのろとティッシュに手を伸ばして取り敢えず右手だけ拭き、携帯を取った。
「たっちゃぁん……」
『ゆず……』
「こんなのやだよ…淋しいよぉ………」
そして、絶対に言うまいと決めていた言葉をぽつりと漏らした。
「会いたいよぉ……」
携帯を握り締めたまま泣き続けた柚葉。気が付けば、疾うに電話は切られていた―――
