―２０万ヒット記念ＳＳ―
さあ今宵は、この地方に伝わる美しい愛の伝説をお聞かせいたしましょう。人間と天女という垣根を越えて愛し合った、恋人たちの甘い物語を。
昔、海岸沿いに広がるこの豊かな村に、一人の青年が住んでおりました。名は尭村成仁。大地主の御曹司である彼は、その見目麗しき容姿と財力のゆえに、村中のうら若き女性の憧れを一身に集めており、求婚者は後を絶ちませんでした。
しかし当の本人は冷めたもの。そういった女性たちを適当にあしらってその場凌ぎの快楽のみで満足し、一人の女性を真剣に愛することも、もちろん身を固めることもなく、幾人もの女性を泣かせても知らぬ振り。村の長老が窘めても聞く耳を持たず、倣岸不遜な振る舞いを改めようとはしませんでした。
ある日のこと。うららかな春の陽差しに誘われて海岸を散歩していると、潮風に乗って得も言われぬ甘い馥りが漂ってきました。尭村はそれに誘われるまま、松林の中へ入ってゆきます。
そしてふと見上げると、松の枝に薄い布のようなものが掛かって、ふわふわとはためいておりました。
思わず手を伸ばして取ると、それは羽のように軽く、絹よりも滑らかで、それ自体が宝玉のように煌いて玉虫色の光沢を放っておりました。
こんな見事な反物は見たことがありません。暫しうっとりと眺めていると、再び甘い馥りが。尭村はさらに奥へ行こうと足を踏み出しました。
すると、松の木の陰に横たわる人の影が。近寄ってみると、何ということでしょう、この世のものとは思えぬほど美しい少年が、気を失って倒れているではありませんか。
尭村は、驚きと畏怖の念に駆られておそるおそる近付きます。彼をここまで導いた芳しい香気は、この少年の肌から漂っているようです。
雪のように皙く、珠のようにすべらかな肌に顔を寄せると、どんな高価な香料にも勝る芳気に包まれて、眩暈すら覚えます。
尭村はその少年をそっと抱き上げると、誰にも見つからぬよう裏道を通って屋敷へ戻りました。
少年を連れ帰った尭村は、布団へ寝かせると改めてその寝顔を眺めました。
こんな美貌は見たことがない。村の女性はもちろん、異国からの縁談話も多い尭村は色々な女性と関係を持っておりましたが、誰ひとり敵う者はおりません。というより、これまで会った女性の顔はひとつ残らず頭から払われてしまったのです。
肩まで掛けた布団を少しめくって、その肌に指を滑らせます。剥きたての果実のような瑞々しさ。思わず歯をたてて、舐め回したくなるほどの。
生来、我慢や抑制といった美徳に縁遠い尭村は、迷うことなくそれを実行しようとしました。その時、彼が目を覚ましたのです。
「ここは……どこでございましょうか」
その宝玉を転がしたような声にうっとりと聞き入ると同時に、少年の瞳にも惹かれました。深く吸い込まれそうな紫色の揺蕩い。
「俺の家だ。松林で倒れていたから連れてきた」
「それはご親切に……ありがとうございます。でもこれ以上ご迷惑をおかけすることはできません。それで……あの………」
「尭村成仁、だ」
「はい、成仁様。松の木に、羽衣が掛かっておりませんでしたか？」
「ああ、これのことか」
尭村はあの美しい布を取り出してみせました。が、渡そうとはしません。
「はい。ああよかった。それがないと僕は帰れないのです」
「帰る？ どこへ」
「天界です。僕は天界に棲む者ですが、この景色の美しさに目を奪われて、ついふらふらと降りてきました。でもその時枝に羽衣を引っ掛けてしまい、落っこちてしまったのです」
恥ずかしそうに顔を赤らめて話す彼を、尭村は到底帰すつもりはありませんでした。尭村は薄い笑いを浮かべて、
「おまえ、名前は何というんだ」
「はい…純です」
「ならば純、これを拾ったのは俺だ。人間界の掟ではな、落ちていた物は拾った人間の所有物になるんだ。だからこれは俺の物」
純は真っ青な顔で必死に訴えます。
「その羽衣がないと、僕は帰れないのです。それは人間にとっては無用のもの。どうかお返し下さい」
「たとえ空は飛べなくても、布としての価値は十分にある。返して欲しいのなら、相応の見返りを用意してもらわなくては困るな」
純はおろおろと首を振り、
「天界には、こちらで高価とされている宝石が溢れておりますが、今の僕には何も差し上げられるものがありません……成仁様、どうか………」
「そうか、ならお前をもらおう」
尭村は低くかすれた声で告げると、意味が分からずきょとん、としている純の上に覆いかぶさりました。そして、よく磨いた珊瑚のように艶やかな唇を荒々しく塞いだのです。
「んっ……ふ………んぅ………」
そしてそのまま胸元に手をかけ、身体を覆っている薄衣を剥ぎ取りました。純は驚きの余り抵抗することもできず、眩いばかりの裸身を尭村の目に晒しました。
「なっ……なにをなさるの………」
ようやく唇を解放された純は、慌てて衣を引き寄せようとしましたが、呆気なく手を掴まれて布団の上に押さえ付けられます。
「何って、言っただろ。お前をもらうんだよ。純、お前初めてか？」
質問の意味すら分からず、純はただ漠然とした恐怖と不安に支配されて、ぶるぶると震えるだけ。
ただほんの一瞬、自分を上から見据える尭村の、黒耀石のような瞳の美しさに恐怖を忘れて見入りました。純の棲む天界には、これほど深く激しい色彩の瞳を持つ者はいなかったのです。
ぞくり、と鳩尾の奥に甘い疼きが走りました。初めての感覚。もちろん純には、それが何であるのか分かるはずもなく。そして、その不可思議な感覚を追究する間もなく、純は尭村に組み敷かれてしまったのです。
尭村は、陶器のように白く平らな胸にぽつりと灯った桃色の果実に齧りつきました。そして舌で押し潰したり優しく歯を立てたりしているうちに、それは赤みを増して硬く尖り始めました。
尭村は口を離すと、その尖りを指で挟んでコリコリと捏ね回します。
「あ……んっ……ゃ……ぁ……」
自分の口から、聞いたこともないような甘い声が漏れるのに驚いた純は、思わず口を塞ごうと手を伸ばします。しかし尭村に強く掴まれて、
「口を塞ぐな。声を聞かせろ」
「い、いやぁ……成仁様、こわい………」
涙の雫で縁取られた双眸が、すがるように見上げてきます。尭村は、腹の底から物騒な熱がざわざわと湧き上がるのを感じました。喉をごくりと鳴らし、
「お前、あれを返して欲しいんだろ？ なら俺の言う通りにするんだ」
「怖い…ことしない？」
「ああ。気持ちいいことしかしねえよ。約束する」
疑うということを知らない純は、こくこくと頷きます。そのあどけない仕草に尭村は、欲望とは違った温かいものが込み上げるのを感じました。しかし敢えてそれを押し込めて、再び純の肌に唇を這わせます。
胸から脇腹へ、そしておへその周りを所々啄ばみながら、あの羽衣をも凌ぐ光沢と滑らかさを誇る柔肌に、紅い花を咲かせました。
「あっ、や…ん、あっ、あ……」
尭村の唇が触れるたびに、純はびくんと腰を跳ね上げます。その淫らな動きに誘われるように、尭村は股間の宝物に手を伸ばして、ゆるりと握りました。
「やっ……やめて………そんな………あぁ………」
自分ですらそんな風に触ったことのない場所。それを他人の手が握っていると思うと、羞恥で泣き出しそうになります。しかも尭村は、握り込んだまま上下に扱き始めました。
「い、いやっ、成仁様、怖いことしないって言っ―――」
「怖くねえだろ。ほら、気持ちいいはずだ。ん？」
手の中で形を変えつつある純の半身、その先端を指の腹で強めにこすると、「きゃんっ」という可愛い悲鳴とともに透明な雫がとろとろとこぼれ落ちました。
「天女の蜜か……どんな味か楽しみだ………」
言うが早いか、尭村はたっぷりと蜜を湛えた花芯をつるりと口に含んで舌を絡めます。それは想像以上に濃く、想像以上に甘い天上の甘露。我を忘れてぴちゃぴちゃと舐め回すと、純が激しく抵抗しました。
「ひっ……いやいやぁ……そ、そんなの舐めちゃだめぇ………」
しかしがっしりと腰を掴まれている上、まだ無垢な純の半身は尭村の巧みな愛撫に次第に蕩かされ、抵抗どころか、全身に広がる甘やかな疼きに沈み込んでいきました。
「あっ、はぁ…ん、あ……あ………成仁、さまぁ…………」
口中に溢れる天上の蜜をきれいに呑み込んで、尭村はようやく口を離しました。最終的な解放には至っていない純の幹は未だ反り返って、恥らうように時折ぴくぴくと震えます。
尭村は、濡れた唇をちろと舐めました。それはまさに、獲物を前にした猛虎の面貌。しどけなく投げ出された純の脚を抱えて持ち上げ、大きく開かせます。そして、目の前に露わになった鴇色の蕾に吸い付きました。
「あっ……ああぁ………い…やぁぁ………」
触れたこともない場所への途方もない刺激に、純はただ呆然と身を任せます。何をされているかもよく分からない。
すると、生温かいものがぐちゅっと中へ押し込まれました。それはお尻の中でぬめぬめと動き回ります。それが尭村の舌だと気付いた時にはすでに、純はこの刺激に追い上げられていました。
いやいやと首を振りながらも、腰はねだるように浮いてしまう。やがて舌は引き抜かれ、間髪容れずに指が挿入されました。
「あ……ぅ………」
舌による執拗な愛撫によって綻びかけていた蕾は、尭村の指を喜んで受け入れました。根元まで差し込まれた指は、純の熱くむっちりとした肉襞に絡め取られて、力を入れないと中で動かすことができません。
「すげえな……おまえ、本当に処女か？」
そうは言ったものの、虚ろな眼差しととめどなく溢れる涙を見れば、純がこの快感に慣れていないことは瞭然としております。
尭村は満足そうに笑うと、指を曲げたりねじったりして、襞をこすり上げました。
「あぁーーッ、いやぁっ、ああっ、ああっ」
純は背中を弓なりに反らせて涙を振りまき悶えます。すると、蕾の奥からチュプチュプと蜜を弾くような音が漏れてきました。
「………駄目だ、これ以上は持たん」
尭村は低く呟きながらも、そんな自分に軽い驚きを覚えていました。
ここまで煽られ、欲情させられたことがあっただろうか。いつも冷静に相手との距離を測って、余計な執着心は持たなかった。
何がなんでも自分のものにしたい、そんな突き上げるような欲望とは無縁のはずだったのに―――
尭村は片手で器用に帯をほどいて投げ捨てました。すると、はだけた着物の合わせ目から傲然と、涎に塗れ、猛り狂った陰茎が姿を現したのです。
その生きた凶器を純の紅い潤みにあてがうと、ずずっ、ずずっ、と突き入れました。
「ひっ……ぃ、やあああぁぁーーッ」
「う、うぅ………」
余りの快感に、獣めいた呻き声が漏れます。純が上げる痛ましい悲鳴すら、天上の調べに聞こえてしまいそうで、尭村は軽く頭を振りました。
初めて男を受け入れたこの無垢な天女を、労わってやらねばならない。自分のために未知の激痛に耐えている可愛い純を……
「純……純……力を、抜くんだ」
「いやぁぁ……成仁さま……痛い、痛いの………」
「少しの……辛抱だ、許してくれ、純………可愛い純………」
尭村は、萎えかかっていた純の半身に指を絡めて刺激を与えてあげながら、その唇に優しく口付けました。
その時純の瞳から零れ落ちた涙は、明らかにこれまでのものとは異質の耀きを帯びておりました。
「ん……ふ……っ、なるひと、さま……僕のこと……お嫌いでは…ないの？」
尭村は思わず腰の動きを止めて、純に問いを返します。
「なぜ……そう思うんだ」
「だって……こんな……怖いことばかり………んぅっ」
尭村は答える代わりに、腰をひねって襞をこすり、快楽の玉座を探します。そしてある一点を突いた時、純は「きゃふっ」と嬌声を上げて腰を震わせました。尭村はすぐに狙いをそこへ定め、執拗に責め始めました。
「ああっ、ああっ、やっ、なるひとさまぁ、だめぇ、へんになっちゃうっ」
純は叫びながら、尭村の背中に腕を回してしがみつきます。さらに脚を巻き付けて、まるで奥へと誘うかのように腰に押し付けます。
「純、純っ、怖いか？」
「やぁ……こわい、こわいよぉ……たすけ………」
しかし純の訴えは明らかに、快楽の熱を孕んでおりました。それに気付けぬような尭村ではありません。
「純……それは違う……それは、気持ちいいの間違いだ………」
「成仁さまっ、ああっ、ぁ……いい……きもち、い…い………」
「そう、いい子だ……」
尭村は嬉しそうに微笑むと、さらに脚を高く持ち上げ、熟れきった純の花唇を激しく嬲り始めました。ぬちゃぬちゃと粘着質な喘ぎを漏らしながら蠢く熱い肉襞が、尭村の猛る雄を責め苛みます。
「ああっ、あっ、ん、成仁さまぁっ………………っぁ、きゃあああぁっ」
艶かしい悲鳴と共に、尭村の腹に熱い迸りが滴りました。快感にきゅっきゅっと痙攣する蜜壷の奥に、尭村もまた同様に熱く濃い液体を叩き込んだのでした。
さてそれからも純は、尭村の家に留まり続けました。毎夜繰り広げられる艶なる戯れのたびに、尭村は「まだだ、まだ帰さねえぞ」と低く宣告しては、純の潤んだ花唇を激しく責めます。
純は覚えたての快楽に身を浸しながら、自分の身体が変わりつつあることを漠然と覚っておりました。
あれほど怖かった行為を、今は求めてすらいる。荒々しく唇を吸われ、耳許で名を囁かれ、肌に触れられるだけで身体の奥がじんわり熱くなってしまう。
そしてあの恥ずかしい場所を押し広げられ、尭村の熱くて硬いもので貫かれると、快感はもちろん、ひとつになっているのだという悦びと安心感が湧き上がって、温かい涙が溢れるのです。
しかし尭村は、その涙の意味を誤解しておりました。罪悪感に苛まれながらも、それでも純を手放すことはどうしてもできませんでした。
ずっと傍にいて欲しい。傍にいて、あの文字通り天衣無縫の微笑みを見せて、可愛らしい声で「成仁さま」と呼んで欲しい。それは愛情と呼ぶに相応しい想いでしたが、尭村は純に「愛している」と告げてはおりませんでした。
所詮、自分は人間。天界に棲む高貴な存在と愛し合えるはずがないのだと、無理やり自嘲をこしらえつつ。
ある夜、屋敷へ戻った尭村は純の不在に気付き、不安を覚えながら辺りの捜索を始めました。純はすぐに見つかりました。海岸で一人、夜空をじっと見上げております。
明らさまな悲嘆の表情ではないものの、その天へ向かう真っ直ぐな視線に心打たれた尭村は、身を裂く思いで決意を固めました。彼を、天へ帰そうと。
しかし自分から帰れと言うのは辛すぎて、どうしてもできない。そこで尭村は、あの羽衣をわざと目につく場所へ置いて、自分の不在中に純がこっそり帰ることができるよう、取り計らいました。
しかしどうでしょう、戻ってみると、純はまだちゃんと屋敷にいるではありませんか。いつも通り、三つ指をついて「お帰りなさいませ」と迎える純を、尭村は信じられない思いで見つめました。
そしてその翌日も、翌々日も、さらに目につきやすい場所へ羽衣を掛けて、家を空けました。なのに結果は同じ。業を煮やした尭村は、ついに正面から質しました。
「お前の目は節穴か？ あそこに掛かっているものは何だ」
「はい。羽衣でございます」
「……何故、奪い返さない」
「人間界の掟では、落ちていた物は拾った人間の所有物になると仰いました。成仁様の持ち物を、勝手に持ち出すわけには参りません」
純はおっとりと答えると、少し淋しそうに首を傾げて微笑みました。
「……なるほど、よくできた天女様だ」
尭村は剣呑な声で吐き棄てると、寝室へ入って扉を閉めました。数日前から、彼は純の身体に触れようとはしなくなりました。
純は温もり欲しさに、自分で自分の身体をぎゅっと抱き締めるしかありませんでした。
翌日、純がいつものように機織りに精を出していると、女性の賑やかな声が聞こえてきました。戸の隙間からそっと覗いてみると、華やかな着物に身を包んだ美しい女性が３人、尭村の周りを取り囲んでおります。
しかも一人は、腰に腕を回してべったりと密着し、もう一人はさりげなく着物の裾を乱して誘うように凭れかかっています。
「なるひと…さま……」
純はそっと戸を閉めると、その場に座り込んで泣きました。隣の部屋に聞こえぬよう、声を押し殺して。
やっぱりそうだったのですね、もう僕のことが邪魔になったから、わざと羽衣を出して帰るように仕向けて………
―――気付いてはいたけれど、認めるのが怖かったのです……
純の苦しげな嗚咽は、隣の部屋で美女と戯れている尭村の耳にしっかり届いておりました。耳が、灼けるように痛い。何故泣くのだ、何故………
―――まさか、俺のことを？………いや、そんなことがあるわけは……
尭村は、余りに都合のいい思いつきを一蹴して、純のことを忘れるため美女との戯れに耽溺しようとしました。しかしそれが不可能であることは、疾うに分かっておりましたが。
その夜泣き疲れて眠ってしまった純は、翌朝早く目覚めて屋敷を出ました。そして人気のない海岸を、一人でゆっくり歩きます。
暁の空は美しい茜色で、水平線は暈然と霞んで見えます。この景色をここから眺めるのは最後かもしれないと、純は涙に曇った目を見開いて網膜に灼きつけようとしました。その時、
「純……純………」
頭上から自分の名を呼ぶ声が。見上げると、そこには―――
「あ……勇人さま………」
天界でいつも自分の身を案じ、何かにつけて守ってくれていた勇人が、優しく微笑んで見下ろしていました。勇人は安心させるように頷くと、
「やっと見つけましたよ、純。天帝様も心配しておられます。あなたがいなくて淋しい、とも仰っております。さあ、一緒に帰りましょう」
「でも……僕、羽衣を失くしてしまって」
「大丈夫。新しいのをお持ちしましたから」
そう言って、朝陽を浴びて燃えるように輝く羽衣を差し出しました。純はためらいつつも手を伸ばそうとします。が―――
「純、そいつは誰だ」
尭村の険しい声が純の手を止めました。家に羽衣を置いたままいなくなっていたので、心配して探しに来たのです。
「勇人様です。僕を、迎えに来てくれたの……」
「……行くのか」
純は振り向いて尭村に駆け寄り、愛しい唇に自分のそれを重ねました。しかしすぐに離れると、
「成仁様、あなたのことは決して忘れません。僕が初めて愛した方……。どうか、お幸せに………」
尭村は、その涙混じりの告白を信じられない思いで受け取りました。そして、
「まっ、待て、純っ。お前は…俺を憎んではいないのか？ 怨んではいないのか？」
純は何度も首を振り、
「何故あなたを憎むことがありましょうか。あれほどの幸せをくれたのに。あなたとひとつになれた時の深い悦び。あなたの胸に頬を寄せて眠る時の甘い温もり。あんな幸福は、もう二度と………」
尭村は覚束ない足取りで純に近付き、そして腕を引き寄せると無我夢中で抱き締めました。
「純、行かないでくれ。俺の傍にいてくれ……」
「成仁、さま……」
「怨まれていると思っていた。天に帰りたいのだろうと。けれどお前を手放すのが怖くて、辛くて堪らなかった……。愛していると言いたかったが、人間の分際で天女を愛するなんて許されるはずがないと―――」
「天女だって恋をします。僕はあなたが好き……」
尭村の胸に顔をうずめて、純はうっとりと囁きました。尭村は純の頬に手を添え、熱く甘い接吻で応えます。
「あ、ふ………ん、んぅっ………」
絡めた舌をゆっくりほどくと、純が腰をこすりつけてきました。尭村は耳たぶを甘噛みして、臀部の緩やかな起伏に指を這わせます。その時、頭上から空咳が降ってきました。
「あ、勇人さま……」
「純、天帝様がお待ちですよ。どうするのですか？」
「申し訳ありません。でも僕は、成仁様と一緒にいたい……」
勇人はがっくりと項垂れて、「天帝様は純に甘いですからねぇ」と溜め息混じりに言うと、そのまま天へ帰っていきました。
「純、俺たちも帰ろう。屋敷へ。そして―――」
嬉しそうに寄り添う純の耳許に唇を寄せて、
「数日間お前に触れなかった借りを返してもらうからな。今日はお前の中で一日過ごすとしよう」
優しくいやらしく囁くと、思わず腰が引けた純をほとんど拉致するような勢いで屋敷へ連れ帰ったのでした―――
さてその後、二人は夫婦の契りを交わして、末永く幸せに暮しました―――が、
「隣に越して参りました、勇人と申します。今度ともお見知りおきを」
「は、勇人さま………」
「てめえ……どういうつもりだっ」
若旦那風の粋な着物に身を包んだ勇人は、にっこりと優雅な笑みを浮かべると、
「可愛い純のことが心配で、天帝様に直訴したのですよ。私を人間界へ遣わしてください、と。あなた、尭村とか言いましたね？ あんまり好き勝手やっていると、痛い目見ますよ」
「はッ、好きなこと言ってろ。こいつは俺のものだ。てめえみたいな変態天女に何ができるっつうんだよ」
「……変態天女を怒らせると恐いですよ」
ぎりぎりと睨み合う二人。その間で純はひとりおろおろとしながら、
―――天帝様、助けて……
密かに祈りを捧げたのでした。めでたしめでたし。
「“めでたしめでたし”……って、天女の羽衣ってこんな話だったっけ？」
「純たん、どうしたの？」
「ううん、何でもないよ」
「じゃあ、次はこれぇ。このご本読んで〜」
「雪仁ッ、お前いい加減にしろよ。これからは大人の時間だ。ガキはさっさと寝やがれ」
「じゃあ僕も一緒に寝るぅ。純たんとぎゅうぎゅうってやるぅ〜」
「……面白ぇ。てめえ、血ぃ見るぞ」
「いいもんっ。ぜぇったい、純たんの上に乗ってぎゅうぎゅうするもん」
「マジで殺すッ」
「あ、あきむらさんっ」
―――誰か、助けて……
（Fin）
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