Bitter Beginning
ちょっとした後日談
自分は藤堂の怪我を喜んでいるのではないか。そんな疑念を払拭することができず、侑志は自分の中で渦巻くドロドロのエゴに苦しんだ。
藤堂の未来を潰した怪我に感謝すらしているなんて申し訳なくて、侑志は自分を罰する意味でも、藤堂からのどんな無茶な要求にも喜んで応えようと固く誓ったのだった。しかし───
「藤堂先生、なんですか？ 用事って」
部室の隣にある狭い倉庫に呼び出され、侑志は首を傾げつつ室内に入った。すると藤堂は後ろ手に扉を閉めて、さらになぜか鍵まで掛けた。
どんな用事なのかますます分からなくなり、侑志は眼鏡の奥ではたはたと瞬きを繰り返す。すると藤堂はぬっと手を伸ばして眼鏡を外し、そのまま戸惑う侑志をじりじりと壁際に追い込んだ。
自然と壁に背中を預ける体勢になった侑志の横に手を着いて、上から威圧するように覗き込む藤堂。侑志はそっと見上げつつ、既視感めいたものに囚われた。
───あれ？ これってもしかして……『壁ドン』てやつかも。
休み時間に、女子が騒いでいたのを思い出した。何でも、少女漫画の実写映画に『超萌える』壁ドンがあると言って、それを友人同士で再現していたのだ。
この手の着き方がいいよね、距離感がたまんない、などと散々騒いだ挙げ句、藤堂先生にされてみたい～、と全員一致の結論が出た模様で、そのせいで侑志の頭の中に残っていたのだ。
その女子垂涎の藤堂による壁ドンを、どうやら今自分がされているようだ。
「あ、あの……藤堂せんせ……」
「二人きりの時は名前で呼べと言ったはずだ」
心臓がどきんと跳ね上がる。侑志は素直に「正親さん」と言い直して、もう一度そろそろと目線を上げた。
後ろは壁、右側には藤堂の腕、そして正面には、校内では決して許されない近距離まで近づいた藤堂の身体。侑志は顔が勝手に火照るのを感じつつ、女子が騒ぐ気持ちも分かるなと思った。
抱擁とも拘束とも異なる、この絶妙の距離感。日常と非日常の境界。藤堂の身体が照明を遮っているせいで二人の間の空間は薄暗く、どこか秘密めいた緊張感があり、と同時に親密な空気も感じられる。
つまりひと言で表すと、ロマンチックなのだ。侑志は、こんな乙女思考をいつの間に身に着けたのかと自分に呆れ、そして少しくすぐったくなった。
のだが。
「……え？ え？」
侑志が脳内ロマンチック街道をひた走っている間に、制服のズボンが下がっていた。もちろんズボンが勝手に下がるはずがない。何でだろと考える間もなく、藤堂の壁に着いていない方の手が侑志の下着をむんずと掴み、豪快にずり下ろした。
「なッ……にすんだよ！」
ほとんど反射的に下着を上げようと手を伸ばしたが、すでに下着は制服のズボンとともに足首辺りでもたついていた。屈まないと届かない。もちろん、藤堂がそれを許すはずもなく。ニヤリと嗤って、
「後ろ向け。挿れてやるから」
「は、はは……」
いやまさかね。まさか学校でその、せ、せくすなんてするはずがない。藤堂正親は腐っても教師。いくら傲慢で自分勝手で唯我独尊でも、学校で教え子となんて非常識なことは───
「さっさと後ろ向けって。ローションなら用意してある。安心しろ」
そう言って、近くの戸棚に置いてある容器を手に取った。画材ぽくカモフラージュしてあるのが、用意周到さを窺わせた。
「じょ、冗談！ あんた教師だろ！ それが───」
「冗談だろはこっちの台詞だ。教師と生徒が付き合ってんのに、学校でヤらないなんて非常識にも程がある」
「あんたの常識って何だよ！」
叫ぶと同時に肩を掴まれ、力ずくで反転させられた。壁と抱き合う形で腰を突き出す姿勢になり、限度を超えた羞恥に頭がフリーズする。
「なかなかいい眺めだ。やっぱり制服ってのはエロいな」
しみじみとした感想を呟きつつ、ローションをまとった指を侑志の谷間に滑らせる。そんな年上の恋人にして教師にして尊敬する先輩でもある藤堂に、侑志は声を嗄らして叫んだ。
「このクズ教師！！」
するとそれに応えるかのような絶妙のタイミングで、指がぬるっと入り込んできた。
「やめっ…！ ほ、ほんとにここで？ ほんとの本気？」
涙声で訊ねる侑志に、藤堂はしれっと答える。
「ああ。ほんとの本気だ」
侑志はぐずっと鼻をすすり上げて、思わず本音を漏らした。
「せっかくの壁ドン……ろまんちっくな……」
「あ？ 壁ドンじゃなくて壁セックスだ。ロマンチックだろ？」
「うう……」
「声出されたら面倒だからな。ネクタイを猿轡代わりにするぞ」
嬉々としてネクタイを外す藤堂。すでにこの時点で、彼からのどんな要求にも喜んで応えようという固い誓いが崩れつつあったのは、言うまでもないだろう。
（Fin.）
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