夢から醒めて…
「ああ美味しかった。ごちそうさまでしたぁ」
両手を合わせ、空になった皿に向かって頭を下げる。そんな游月を透麻はにこにこ笑いながら見つめて、
「きれいに平らげてくれましたね。いや、作った甲斐があります。お口に合いましたか？」
游月はこっくりと頷いて、
「透麻さんの作るものは全部好きです。何ていうか……とても優しくて。味付けも、素材の扱い方も」
「愛情の込め方が違いますからね。游月の料理もそうですよ。身体のことを考えて、バランスのいい献立を心掛けてくれているのが分かります」
透麻からの賛辞に弱い游月はぽっと頬を赤らめて、
「だって……大事な透麻さんの健康を預っているんだもの」
透麻は目を細めて頬に唇を押し当てると、立ち上がって食器を洗い場へ運び始めた。游月は慌てて立ち上がり、
「後片付けは僕がやります。透麻さんはお風呂に入ってきて。ね？」
「いいえ、後片付けまでが料理ですからね。豪快に作るだけ作って後片付けは奥さん任せ、それが男の料理だ、なんてえらそうに言う輩が嫌いなんです」
そう言っててきぱきと汚れた食器を運び、腕まくりをする。
「游月、先にお風呂へどうぞ。上がったら部屋で待っててくださいね。私もすぐに行きますから」
「は、はい。ではお言葉に甘えて……」
一日仕事をして疲れているはずなのに、何から何までしてもらって申し訳ないと思いつつも、こんな何気ないやり取りが嬉しくて、くすぐったくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
游月は幸せを噛み締めつつダイニングからいったん出たが、くるりと振り向いて戸口から顔を覗かせ、
「寝室で待ってるから……早く来てね」
そして透麻の返事を聞く前に、ぱたぱたと去っていった。透麻は洗い物の手を止めて硬直し、やがて苦笑と共に大きな溜息をついた。
「まったく……洗い物に集中できなくなったじゃありませんか………」
情けない声で呟いて、額の奥でちらちら瞬く游月の白い裸身を必死で打ち消したのだった。
食器はもちろん、キッチンのシンクまでぴかぴかに磨き上げ、寝室のベッドの中で待ってくれている游月の温かな身体を思いながら、大急ぎでシャワーを浴びた。
本当は今すぐにも寝室へ駆け込みたかったが、髪が濡れたままでは游月まで濡らしてしまうと思い、ドライヤーの風速最大で豪快に乾かす。そしてようやく游月のもとへ。
ブルーのグラデーションでまとめられた寝室は、間接照明がもたらす琥珀色の揺蕩いに沈んで、神秘と官能の彩りをもって透麻を迎え入れた。
すっと息を吸い込むと、游月の肌の匂いが鼻孔を甘く蕩かす。同じボディソープを使っているはずなのに、漂うのは紛れもなく游月の匂いだった。
「透麻さん、どうしたの？ ねえ、早くぅ………」
入口で立ち尽くしたままの透麻に甘えた催促をかけ、布団の中に仕舞っていたしなやかな腕を差し伸べる。
この空間が孕む媚薬めいたものに囚われていた透麻ははたと我に返り、秘めやかな興趣を乱さぬよう足音をたてず近付いた。
「透麻さぁん……きて………」
愛らしくもあり淫らでもあり、懶げでもある究極の媚態。透麻は難なく惹き込まれ、ベッドの端に腰かけた。そして布団の中に手を忍び込ませ、游月の身体を探る。
シーツと掛け布団の隙間、その密な空間は湯上がりの身体で程よく温まっており、差し込んだ手が蕩けそうなほど心地よかった。
「ゃっ……ァ…ん………くすぐったぁい…………」
指先が温かくてすべすべしたものに触れた途端、游月の唇から蜜状の喘ぎがこぼれる。どうやら、脇腹を触ったようだ。
そのまま奥へ進むと、小さな窪みに到達した。游月の可愛いおへそ。その周囲を指先でなぞりながら、
「游月はなんていい子でしょう。裸で待っていてくれたのですね………」
「ん……だって………裸でないと透麻さんが機嫌わるくなるんだもん……」
「そんなことはないでしょう？ そんなことで機嫌を損ねたりしませんよ」
そう言いながら平らなお腹を手のひらで撫で回すと、熱くて硬いものが手に触れた。透麻はすぐさまそれを掴み、ぎゅっと力を込めて握る。すると布団がびくんと跳ね上がった。
「うそ……だもん………このまえだって、はやく脱ぎなさい、ってこわい声で…………ぁッ……ふぁ…ぁン…………」
喘ぎと共に、布団が緩やかに波打つ。透麻の手の中で一途な鼓動を繰り返す分身は、すでにぴちぴちに膨れて、先端が濡れ始めていた。
透麻は荒ぶる呼吸を抑えつつ、低い声で「游月がそう言うなら……そうなのでしょうね」と言って、張り詰めた先端をぎゅっと押し潰した。
游月は「くふっ」とこもった悲鳴を上げ、涙の帳の向こうからすがるような、甘えるような眼差しを送る。そして何も言わず、ただ脚をゆっくり開いた。
透麻も黙ってそれに応える。愛しい分身からいったん手を離し、愛液で濡らした指を後ろへ滑らせて蕾の入口をぬるぬるこする。襞が蠢きつつ指に吸い付く感触をひとしきり愉しんでから、ゆっくりと肉を掻き分けて押し込んでいった。
関節をリズミカルに屈伸させると、それに合わせるかのように蜜壺もくにゅくにゅ収縮する。
「私の指は、美味しいですか？」
「んっ……おいしい………」
素直な反応に透麻は目を細め、
「ほら、もっと食べて。いやらしく咀嚼してご覧なさい」
そして奥のささやかな膨らみをつい、と撫でる。游月は嬌然と鳴いて下肢を小刻みに震わせた。もちろん、溢れる蜜で股間はすでにぐしょぐしょで、手はどろどろに濡れていた。
透麻は生々しい音をたてて唾液を呑み込む。布団に隠れて見えない分、想像を掻き立てられるのか他の感覚が鋭敏になるのか、ともかくいつも以上に興奮していることは確かで、早々に限界を覚った。
「もっと美味しいものをあげましょう」
勢いよく指を抜いた透麻はガウンを脱ぎ捨てて、布団の中に身体を滑り込ませ游月の上に覆いかぶさった。
するとより密度を増した游月の匂いが、微かな湿りと共にふわんとたちのぼり、上昇一途だった透麻の情慾に拍車をかけた。
夢中で抱き締めた游月の身体は、まろやかな温もりと繻子の肌触りを湛えている。しかも游月自ら脚を巻き付け、腰を浮かせて濡れた秘部を透麻の雄々しい部分にこすり付けた。
「ゆづ……きっ………」
透麻は荒い呼吸のまま、潰れた声で游月の名を呼ぶ。そしてずしりと重い逸物の根元を掴み、手探りで游月の秘部に宛がう。そこは期待以上に柔らかく蕩け、先端を押し付けただけでぞわりと総毛立った。
三分ともたないだろうなと自己分析しつつ、せめて挿れた途端暴発しないよう鳩尾に力を込める。そして熟した花びらを巻き込みながら、ずずっ、ずずっ、と奥を犯していった。
「ぁ………は…ァ…ん……ィィ……もっと……もっと奥ぅ………」
硬くて太くて熱いものにお尻を裂かれているというのに、何故こんなに気持ちいいのだろう、もっと欲しくなってしまうのだろう。
どんどん淫らになってゆく己れに気恥ずかしさを感じつつ、ねだるように揺れる腰の動きを止めることができない。
游月は奥へ奥へと誘い込むように腰を揺らしては、蜜壺をきゅっと収縮させて透麻の雄々しい輪郭を柔肉全体に刻み込んだ。
「ぁぁ………透麻さんの………どくんどくんってゆってるぅ………」
「游月のいやらしいお肉が………絡み付いてくるからです。耐えられるはずないでしょう？」
弱々しく掠れた声が何だかかわいくて、游月は「んふっ」と笑みをこぼす。そして自ら腰を振って催促した。
透麻はすかさず脚を持ち上げて膝の裏を押さえ、太く骨ばった腰をガツガツと打ち付ける。辛うじて掛かっていた布団は呆気なくずり落ち、生々しい結合部を冴えた夜気に晒した。
赤黒く血管の浮き上がった透麻の竿が、濡れた花芯に呑み込まれては、引きずり出される。そのたびにぬちゃぬちゃと濃厚な音をたてて、游月の充血した膜が捲れ返った。
「ひぅッ……ぅ、ぅぁッ、ぁぁッ………イ…クぅ………と…まさぁん………」
「游月っ」
名前を呼ぶと同時に上からズン、と腰を落とし、最奥部を穿った。するとこれまで激しくうねっていた游月の肉が暴力的な収縮を見せ、透麻の雄を締め付けた。
行き過ぎた快楽に気が遠くなりかける。次の瞬間見事に弾け、悶える先端から煮えたぎる液体を勢いよく迸らせた。
びゅっびゅっと放出音が聞こえそうなほどの量と勢いに、游月のお腹を突き破ってしまうのではないかと本気で心配しかけた。
「ふぁ…ぁ……ん……もっと、いっぱい………」
透麻とほぼ同時に弾けた游月は、自らの放出を終えても尚うっとりと視線を彷徨わせ、お尻の奥に注入される熱い漲流を全身で感じ取った。
「もっと……もっとぉ………いっぱい出してぇ………」
白くとろみのある飛沫で妖しい光沢を放つ胸を波打たせ、もっともっととねだる游月は官能の女神そのもの。その姿に新たな劣情が湧き上がるのを感じながら、透麻は腰を揺らして最後の一滴まで注ぎ込んだ。
まだしっかり突き刺したまま、肩を上下させてふうと大きく息を吐き、
「游月のお尻は貪欲で兇暴だ。すっかり搾り取られてしまいました」
游月はすぐさま「嘘つき」と返して後ろをきゅっと窄め、
「もっとたくさんあるでしょ？ 僕知ってるもの」
「ああ、そうでした。游月には嘘がつけませんね」
透麻は愉しそうにそう言ってゆっくり引き抜き、一緒に溢れ出た精液をティッシュで拭った。もちろん胸に飛び散った游月のモノは、ティッシュではなく舌で丁寧に舐め取る。
それも一気に舐めるのではなく、少しずつ、味わうように。わざわざ乳首に塗り付けてから、唇で挟んでちゅっちゅっと吸い上げる。
快感の琴線に触れたのか、透麻の吸い上げに合わせて游月の四肢がぴくんぴくんと震えた。感じやすいこの身体が、たまらなく愛おしい。
「後でもう一度、お風呂に浸かりましょうね」
透麻はそう言って、まだ余韻に震える游月の身体を優しく抱き寄せた。そしてずり落ちた布団を引っ張り上げて、二人の身体をふわりと包み込むように掛ける。
「寒くないですか？」
「んん……へいき……ぽかぽかしててきもちいい………」
幼子のような無邪気な口調で、心地よさを伝える游月。その額にそっと口付けを落とし、僅かに声を引き締めて透麻は訊ねた。
「ね、游月。今日の昼間、お茶を運んでくれた時のことですが………」
それだけで、透麻が何を問わんとしているのか察した游月は、小さく身じろぎしてこくんと頷き、
「びっくりさせてごめんなさい……。あの時は本当に、自分でも何がなんだか分からなくて。ただ悲しくて苦しくて。そしたら、ほんの一瞬、今のこの幸せが夢なのではないかと………」
今にも消え入りそうな声で答えると、現実の感触を確かめるように透麻の胸にしがみ付いた。そしてさらに言葉を続ける。
「きっと、昨日読んだ本のせいだと思います。僕には少し難しくて、きちんと理解できた自信はないのですが、ただ、『この世界が唯一の世界として実在することを、論理的に証明することはできない』という言葉が強烈で……」
「なるほど、独我論ですね」
「その本には、こうも書かれてありました。我々が確かだと盲信している世界が、誰かが見ている夢ではないと言い切ることはできるだろうか。現実とは斯くも儚く、脆いもの。確かなものなど、何ひとつないのだ―――」
游月は自分の言葉を否定するように小さく首を振り、透麻の胸に顔を押し付ける。
この温もり、鼓動、匂い―――これが確かなものではないだなんて………
「その言葉は、こう言い換えることもできますね。この世界が、誰かが書いたフィクションではないと言い切ることはできない、と。
私もたまに、奇妙に感じることがあります。私が書いている小説の登場人物たちは、自分たちが小説の登場人物であることを知らず、自分の意志で行動し思考していると信じているのですからね。我々自身がそうであっても不思議はないでしょう。でも、」
游月ははっと顔を上げて、透麻の顔を見つめた。そしてその唇から力強い答えが出るのを待った。透麻は腕を背中に回してゆったりと抱き締め、
「確かなものは、あります。こうして游月を抱き締めた時に感じる肌の温もり、感触、さらには高揚感、幸福感、愛しさ………それら全ては、疑うことのできぬいわば世界の“核”なのです」
「疑うことができない……」
「そうです。例えば、ここにいるのは“本当の”游月だろうか、游月という人間は確かに“実在”しているのだろうかと疑うことはできます。そしてそれは、論理的に証明できないのかもしれない。
でも、こうしてあなたに触れた瞬間、私の内に湧き上がる感情や、感覚的な心地よさを疑うことはできない」
游月は目を閉じて、透麻の背中に腕を回した。ごつごつとした逞しい背筋を指先でなぞると、意識せずとも喉の奥から愛しさが込み上げてくる。この感情こそが、世界の核なのだ。確かなものなのだ。
游月はほぅ、と深い息を吐き、
「透麻さん、分かりました。この世界が夢であろうがフィクションであろうが関係ない。いえ、夢でも構わない。確かなものは、僕の心の中にありました」
透麻は目を細めて頷き、上から唇を重ねた。温かな唇の感触に游月はうっとりと酔いながら、ああ、この心地よさも確かなものだと心から思う。
透麻も同じことを考えていたのか、唇を離してふわりと笑い、
「だからこそ、人は愛し合おうとするのかもしれませんね。触れ合うことで、論理や客観性を超越した確かなものを得ようと………」
透麻は游月の身体をそっとひっくり返ししてうつ伏せにすると、上から覆いかぶさるように抱き締めて身体を密着させた。
「游月、温かい？」
「はい、温かいです……」
さらに、先刻の交合の名残りでとろりと蕩ける秘部に己れの怒張を押し込んでたぷたぷと揺らし、
「游月、気持ちいい？」
「ぁぁ……きもちいい………」
「幸せ、ですか？」
「んっ……しあわせぇ………」
世界が夢でも構わない。確かなものは、ここにあるのだから。
（Fin）
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