＜神威紅──17歳、そしてこれから＞・IV
御剣は欲望の黒い影を引きずったまま上にのしかかり、紅の脚を持ち上げて開かせた。
「やっ、だ……こんな……」
途轍もなく恥ずかしい体勢を強要され、先刻の行為で緩んだ秘部がきゅっとすぼまるのを感じた。紅はたまらず目をつむり、作為の闇に逃げる。
「今さら嫌がっても遅いんだよ」
御剣の冷ややかな宣告にぞくぞくしてしまう自分に呆れつつ、紅はおそるおそる目を開けた。そして眼前の光景の淫らさに、こくりと喉を鳴らす。さっきよりさらに大きく広げられた脚の付け根に、御剣のそれが突き立てられようとしていた。
───な、なんだこれ。こんな大きいのが入ってたんだ……。
大きさだけじゃない。くっきりと太い血管の浮き上がった造形といい、灼けた鉄塊のような色沢といい、オスの獰猛さの全てがそこに凝結しているようで、これに犯されるのだと思っただけで熱病のような官能に囚われてしまう。
「んあっ」
ああ来たと思った瞬間、声が出ていた。御剣のぬめった先端がぺたりと密着し、柔らかな襞を掻き分けるようにぐにゅぐにゅと押し入ってくる。
「あ、ああ……すごい……入って…る……」
網膜が羞恥に灼けそうなほど卑猥な光景なのに、目を逸らすことができない。見入ってしまう。黒い茂みから突き出た御剣の雄々しいものが、ずぶずぶと沈んでゆくさまに。
「あ……ひっ、ひぃん……」
喉の奥から弱々しい悲鳴が漏れ、下肢は受け入れているものの重量に耐えられないとばかりにぶるぶる震える。それでも、身体はすでにこの行為を快楽と見なしていることは、腹の上でぴちぴち跳ねる性器が蜜しぶきをまき散らしていることからも明らかだった。
劣情の塊を紅の中にぎっしり埋め込んだ御剣は、ふぅっと息を吐いて肩をわずかに落とした。
「紅、つらくないか？」
「ん、平気……。御剣は？ 気持ちいい？」
こういう問いは無粋なのかもしれないけれど、不安もあってつい聞いてしまう。すると御剣は、唇の端を色っぽく吊り上げて、
「ああ、最高だ。さっきは分からなかった柔らかさとか感触とか蠢きに溺れそうだ。ずっとここに入れておきたい」
答えながらゆるゆると腰を動かす。さっきよりも動きがスムーズに感じられるのは、ゴムという遮蔽物がないからか、筒肉がすでにとろけているからか。
「いい…よ、ずっと入れてて……」
「お前はまたそうやって煽るようなことを言う」
咎めるような口調は甘くひずんでいた。御剣はお仕置きだと言わんばかりに勢いよく腰を落とし、奥まった敏感な場所を嫌らしく捏ねた。
そこからじゅわっと広がる官能の酸は、背骨からうなじまでぴりぴりした甘痒い刺激を走らせた。紅は「くふっ」と鳴いて、御剣のものを咥え込んだまま腰を跳ね上げた。
「……っ、紅、腰揺らすなっ」
「だって……勝手に揺れ……」
もっとしてとねだるような腰の動きが止まらない。紅の後孔はもはや受け身ではなく、御剣の性器を嬉々として吸い込み味わっている、淫らで積極的な性の器官だった。
「う、うぁっ……あっ、あぁん！」
シーツに爪立ていやいやと首を振りながら、深い抽挿を誘うようにうねうねと腰を揺らめかす。処女と娼婦にも等しいこの落差に、御剣の目の色が変わった。舌先で軽く湿した唇を笑みの形に緩めたが、目は笑っていない。
「み…つるぎ……こわい……」
けど、くらくらするほどかっこいい。続く言葉が口から出るより先にそれは来た。身体の奥の奥まで暴いて引きずり出すような、狂気じみた突き上げ。
「ふあっ、あっ、やぁっ、いい、そこいい……っ」
恥ずかしげもなく快楽を叫ぶ唇を、熱くぬめったものがいきなり覆った。御剣が身体を前傾させ、紅の背中に腕を回しながらキスしているのだと気づいた時には、舌はとろとろに溶け合っていた。
夢中で唾液を交換しながらも、御剣の腰使いがキスに気を取られて疎かになることはなかった。上と下で粘膜を結んだまま、どちらも貪欲な動きを見せる。
ぴったり密着できたのが嬉しくて、紅は御剣の首に腕を絡めてしがみつき、ずっと宙を蹴っていた脚を腰に巻き付けた。腹の上でぴちぴちに勃ち上がった性器は、御剣の硬い腹に挟まれ揉まれて愛液の涙をこぼす。
「んはっ、はぁ……きもち…いいよぉ……」
キスの合間に思わず呟くと、切羽詰まった声で名を連呼された。
「紅、紅っ……」
かつて、自分の名をこんな風に呼んでくれた人がいただろうか。大して珍しくもない名前なのに、御剣の口から出るとたちまち七宝螺鈿の輝きを帯びてしまう。
「んっ、御剣、好き、好きっ……きてっ………」
早くこの中を熱い精で満たしてほしい、そんな思いを舌足らずな訴えに乗せると、御剣はすぐに動きを加速させて応えた。とはいえ、最初の交合時に見せたせわしない動きとは違い、一回一回のストロークは重く、打ち込むたびに中で反り返ったものがぐんっと伸び上がるような気がする。
「紅、中に…出すぞ、いいな？」
御剣の通告に後ろをきゅっと締めて応えると、耳元で「ぐっ」と押し殺した呻きが聞こえた。と同時に、奥の敏感な膨らみを御剣の先端が抉るようにこする。それはまさしく絶頂の扉を開けるスイッチで、紅は悦びの悲鳴と涙を振りまきながらびゅくびゅくと射精した。
「あっ、あああーーーっ、ん、んっ、ふ、ふぅ……」
しかし一回目と決定的に違うのは、吐き出す快楽だけでなく注がれる悦びも同時に感じていること。御剣は痛いほど強く股間を押し付け、腰を前後に揺らしながらひたすら出し続けている。
フッフッと獣めいた力強い呼吸が紅の耳元をくすぐり、その律動に合わせてどくっどくっと吐き出されるのが分かる。側壁に当たって跳ね返るほどの勢いが、劣情の激しさを物語っていた。
「くそっ、止まらねえ」
舌打ちしつつ放埓を続ける御剣に野卑なオスとしての一面を見た紅は、ぞくぞくするようなほの昏い情動が背筋を這い上がるのを感じた。
ぶっきらぼうな優しさで包み込んでくれる御剣も好きだけれど、こうして性の本能に翻弄され貪欲さを露わにする御剣もひどく魅力的だった。
やがて狭い蜜壺が飽和状態となり、繋がった部分から生温かい液体がじわじわ溢れ始めてようやく御剣の吐精は終わった。それでも御剣は抜こうとせず、ゆるりゆるりと腰を動かして中を掻き回す。
「んっ、御剣、腹が……重い」
「苦しいか？」
「ううん。なんか、嬉しい。いっぱい出してくれて……」
その言葉を証明するように、ふやけきった紅の内部は注がれたものを襞に染み込ませようと収縮を繰り返していた。
「お前も、ちゃんと達ったな？」
「ん、気持ちよかった」
素直な感想に御剣はくくっと笑い、
「最初は死にそうな顔で歯を食いしばってたのにな。ちょっと慣れたら腰まで振り出すんだから、現金なヤツだ」
「しょ、しょうがないだろ！ 最初はほんとに痛かったんだっ」
「喚くな。喚くとあそこが締まる。ほら、」
そう言って軽く抜き差しされると、確かに中がぬるぬるとこすれ合う感触がする。しかし、
「僕のっ…せいじゃない。御剣のがまたデカくなってるんだ！」
「だから喚くなって言ってるだろ。ああ…今度は絡みついてきやがった」
「うぅぅ……御剣の変態……」
淫靡なからかいに涙声で抗議する紅。御剣はその唇をちゅっと吸って、
「色気、かけらどころかたっぷりあったぞ」
「ほんとか？」
「ああ。お陰ですっかり搾り取られた」
御剣は楽しげに答えながら、己の大きさを知らしめるようにゆっくりと引き抜いた。
今まで体内を熱く満たしていたものがなくなって、身体の芯にぽっかり虚（あな）を抱えることになった紅は、惜別の深い溜め息をついた。
「いなくなっちゃったなあ……」
「ん？ なんだ？」
「僕の中にいた御剣がいなくなって、淋しいなあって」
答えると同時に、御剣ががばと抱き着いてきた。
「やっぱりお前には、敵わねえ」
何が敵わないのか分からず紅はぱちぱち瞬きを繰り返したが、弱々しい声で囁く御剣が何だか可愛くて、その頭をよしよしと撫でたのだった。
翌朝目覚めると、紅の身体はとんでもないことになっていた。
関節はぎしぎし軋むし、腰は熱を帯びてじんじん痛むし。全身に鉛をぶら下げたような倦怠感があって、寝返りをうつのもひと苦労だった。
原因が隣に寝ている男にあるのは間違いないのだが、もちろん咎める気など毛頭ない。紅自身が望んだ行為の当然の結果なのだから。もっとも、最初からあんなに激しいのをされるとは思っていなかったけど。
そろそろ起きなきゃともぞもぞしていると、「無理するな」と優しくたしなめられた。寝起きの甘く毛羽立った声に鼓膜をざらりと撫でられ、紅はひそかに身悶えした。が、何とか平静を装って「大丈夫」と答える。すると御剣は軽く咳払いしてから神妙な声で、
「腰がつらいんだろ？ 今日は一日横になってろ」
「平気だよ、そんな……あ、でも……」
紅は少し考えてから、御剣の胸元に顔を押し付け、
「やっぱりちょっとつらいかな。御剣が撫でてくれたら楽になると思う、けど……」
言い終わるやいなや、大きな手のひらが腰に宛がわれた。そして奥にしこる痛みや疼きを外からほぐすように、ゆったりと撫でてくれる。
「あったかくてきもちいい……」
「そうか。このまましばらく寝てろ」
「ん……」
相変わらず健在のぶっきらぼうな優しさに包まれ、紅は幸せな微睡みに沈み込んでいった。
次に目が覚めた時、隣にあるはずの温もりの欠落に、紅は軽い恐慌状態に陥った。布団をはねのけてベッドから下り、うまく力の入らない下肢を叱咤しつつ愛しい人の姿を捜す。風呂場、トイレ、リビングと捜してようやく、玄関の方から聞こえてくる声に気づいた。
慌てて足を向けると、意外な訪問者が御剣と話しているのが見えた。紅は思わず扉の陰に隠れ、こっそり様子を窺った。
「たった今、学校に辞表を出してきた」
淡々と告げる蒼に、御剣も短い言葉で返す。
「で、これからどうするんだ」
「暁一族の結束を固め、自治的な共同体を作る。前世記憶を持つ者も、もっといるはずだしな」
「どうしても前世にこだわるんだな」
御剣の揶揄めかした言葉に、蒼は気を悪くするどころか真剣な表情で、
「お前はどうなんだ。終夜一族の記憶を持つ者もいるはずだ。捜し出そうとは思わないのか」
「過去に興味はない。俺は終夜ではなく御剣戒だ。今もこれからも、ずっと」
即答を返す御剣を、蒼は鼻で笑って、
「最後までお前とは相容れなかったな。まあいい。今日はこんな無駄話をしに来たわけじゃない。これを渡しに来たんだ」
そして茶色の封筒を御剣に差し出した。
「貸金庫の鍵だ。ここに、紅の両親が遺した財産が入っている」
御剣はしばし封筒を見つめていたが、黙って受け取った。すると蒼はくるりと背中を向けて立ち去ろうとした。御剣は慌てて呼び止める。
「待て。紅に会っていかなくていいのか？」
蒼は肩越しに振り返り、
「その必要はない。僕たちはもう無関係の他人だ」
そう言う蒼の目が、一瞬はっと見開かれた。扉の陰から覗いていた紅と視線が交錯したのだ。しかし蒼はわずかに口元を緩め、そのまま出ていった。
扉が閉まるのを見計らってそっと姿を現した紅に、御剣は驚きを隠さず、
「お前、会わなくてよかったのか？ おそらくもう二度と……」
「うん……淋しいけど、僕たちは別々の道を歩き始めたんだ。それに、一緒に過ごした十年の時が消えることはない。いつか再会できたら、その時はきっと笑って思い出話ができると信じてる」
晴れやかな声で答える紅に、御剣は「そうか」とだけ言って、茶色の封筒を差し出した。紅は恭しく受け取って、ぎゅっと胸に押し当てた。
「父さん母さん、僕、十七歳になりました……」
よかったね、おめでとう。そんな声が天国から聞こえるような気がする。すると御剣は「あ、」と声を上げ、
「お前に大事なこと言うの忘れてた」
「大事なこと？」
御剣は腰をかがめ、何だろうと首を傾げる紅の耳元に口を寄せて、
「紅、十七歳の誕生日おめでとう」
ありきたりなお祝いの言葉にどれほど深い意味が込められているか、他人には到底理解できないだろう。紅はこくんと喉を鳴らしてこみ上げる熱い塊を呑み込み、
「ありがとう。僕はこれから、十七歳になれなかった神子たちの分まで精いっぱい生きる。だから、あの、御剣……」
「戒でいい」
「戒……」
初めて御剣の名を口にした瞬間、胸の奥が切なく軋んだ。前世で出会った優しい獣人、カイを思い出したからだ。
前世で出会い、惹かれ合いながらも、互いの想いに気づかぬまま離れ離れになった。それから幾星霜を経て再び巡り会い、愛し合うことができたのだ。でも、
───御剣は御剣だ。カイじゃない。
紅は自分に言い聞かせ、異形の身体に孤独と優しさを秘めた前世の想い人を脳裏から消し去った。かすかな惜別の痛みに、胸を疼かせながら。
「だから戒、僕の傍にいてくれ。これからもずっと。そしてできれば、この次生まれ変わっても───」
また僕を捜し出してほしい、そんな睦言の延長のような現実離れした甘い願望を、御剣は鷹揚に受け入れた。
「約束する。けれど来世より前世より、今は今を楽しむ方が大事だと思わないか？」
「今を？」
「ああ。取り敢えず、バースデーケーキを買いに行こう」
「うん！」
御剣の言う通り、前世も来世も『今』の輝きには敵わない。紅は晴れやかに頷いて、差し出された御剣の手をぎゅっと握り締めたのだった。
（完）
※最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました！
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