楽園回想
２.
伶に続いて蓮がベッドの上に上がり、大きな枕に上半身を預けて横たわった。ずり下がったパジャマのズボンに手を掛けて下着ごと脱がせ、伶はその上に跨がって膝立ちになった。
蓮は待ち切れないとばかりに手を伸ばして、伶の腰を抱き寄せる。下腹部やウエストラインをなぞっては、想像以上の滑らかさに狂喜した。やはり兄は、神の手による傑作なのだ。
「兄さん、すごく綺麗だ……。それに、すべすべしてて気持ちいい」
伶は微笑って蓮の髪に指を滑り込ませ、耳や項を撫でた。蓮はうっとりとその愛撫に酔ったが、今は自分が気持ちよくなってる場合ではないと言い聞かせ、
「ね、兄さん。どうしたら気持ちいい？ 僕分かんないから教えて」
「決まった方法なんてないよ。お前の思う通りにすればいい。僕はこうして触れ合えているだけで気持ちいい」
蓮は神妙な表情で頷いて、やんわり形を変え始めている伶の性器をそっと掴んだ。先端は赤みが強く、根元へ行くほど淡い桜色。蓮は目を細めて見つめ、
「兄さんはここも綺麗だね。グロテスクな僕のとは大違いだ」
「何言ってんだ。お前の方がずっと……………んッ」
蓮の熱い口腔に呑み込まれ、伶は言葉の途中で甘い声を上げた。最初はおそるおそる咥えていた蓮だったが、口の中で鼓動を繰り返す愛しい分身への想いが高じて激しく舌を絡めた。
「れ…んっ………」
伶は切ない声で弟の名を呼び、その頭を撫でた。蓮は嬉しくて愛しくて、夢中で音をたてて吸い上げた。
「蓮、待っ………だめだ、口を……離せっ………」
気持ちいいがゆえの制止であることがまだ分からない蓮は、伶の命令に素直に従った。口を離して申し訳なさそうに項垂れ、
「兄さん、ごめん……。やっぱり気持ちよくなかった？」
伶はふうっと息を吐いて喉の奥に溜まった熱気を放出すると、身体を前傾させて蓮の首に長い腕を巻き付けた。そして突然の密着に狼狽える蓮の唇に、己れの唇を強く押し付ける。
「んっ」
深い口付けに溺れるかと思いきや、二人の意識は股間へ飛んだ。自然と触れ合った性器がぬるりと擦れ、未知の刺激が湧き上がる。
もちろんそれは性的快楽そのもので、伶は蓮の肩に手を置いて腰を揺らし、はしたなくもその快楽を追求した。
「ぁっ………はァ……ッ…………」
唇からは聞いたこともない甘い喘ぎが漏れ、腰は見たこともない猥褻な動きを繰り返す。
もう一人の兄、妖しく艶やかな魔性の淫婦を目の当たりにした蓮は、下腹部から這い上がる途轍もない快楽も相俟って正常を保つことができなくなり、訳も分からず泣き出した。
「兄さん……にいさぁん………」
伶は腰の動きを止めて蓮の涙を唇で受け止め、
「蓮、大丈夫か？」
「兄さん……も、分かんないよぉ……僕、頭がぐちゃぐちゃで………」
肩を上下させてくすんくすんと鼻を鳴らし、泣きじゃくる蓮。身体はすでに伶より大きく、骨格もがっしりして大人の風格だったが、その仕草はまだ幼い子供のものだった。
伶はその頭や肩をあやすように撫でてやる。そしてまだ早かったか…と自分に言い聞かせた。しかし、
「兄さん、ここ、痛い。ずきずきして熱くて、ばくはつしそう」
そう言いながら蓮は自分の股間を指差した。その言葉も当然だろう。ぎちぎちに張り詰めて血管の浮き上がったそれは、獲物を前にお預けを喰らった獣のように大量の涎を垂らして、ビクビク動いては早く犯らせろと喚いていた。
所有者とのギャップに言いようのない愛しさを覚えつつ、伶は溢れる先走りに手を浸した。これだけあれば十分かなと独りごち、指ですくって自分の尻へ。
谷間の奥で息を潜める蕾に塗り付けると、陵辱への期待なのか微かに盛り上がった肉襞がひくんひくんと蠢いた。
そのままためらうことなく指を突き入れ、周囲に馴染ませるように動かしながら入口を徐々に広げていった。
「ん………はッ…ぅン……」
眉間に浅い皺を寄せて久しぶりの異物感に耐える伶を、蓮は瞬きもせず凝視する。その瞳は生来の赤褐色を超えて、腐爛せる柘榴の如くぬらぬらと輝いた。
その瞳を、輝きを間近で見た伶は、戦慄と共に覚った。いつの日か自分はこの瞳に囚われ、嬉々として身体を与えるようになるに違いないと。近いうちに、きっと。
「……兄さん。それ、僕もできる？」
これまで聞いたことのないねっとりした声で、蓮が訊ねた。伶は無言のまま頷いて指を抜き、掠れた声で、
「指を……たっぷり濡らすんだ。……そう、それでいい。そのまま割れ目に滑らせて、奥へ………」
最初は遠慮がちだったが、いったん根元まで押し込んでしまうと徐々に大胆になっていった。指を回転させたり屈伸させたりして、そのたびに熱い吐息を漏らして腰を揺らす伶の反応を愉しむ。
「兄さん、すごいよ……。なんか……きゅぅって締め付けてくる。と思ったらうねうねするし………」
目を輝かせて伶の尻をまさぐる蓮はもう、無邪気で泣き虫な弟ではなく、愛欲に燃える陵辱者だった。指を動かすたびに中から聞こえるくちゃ、くちゃ、という淫音も、蓮の欲望を煽った。
そして蓮はついに、快楽の玉座を見つけた。そうとは知らず指で擦った瞬間、伶はこれまでにない嬌声を上げて悩ましげに腰を跳ね上げた。
蓮は驚いたがすぐに同じところを攻めた。今の痴態をもう一度見たい、その一心で。
「や、やめっ……蓮………そこは、まだ……………ゃぅっ」
しかし先刻とは異なり蓮は従おうとはせず、余計にそこを嬲った。加減を知らぬ蓮の指は容赦なく、伶の敏感な膨らみをグリグリこすった。
「ぁぁぁッ」
伶は蓮の肩にしがみ付いて背中を弓なりに反らせ、半開きの濡れた唇から掠れた悲鳴を発した。初めて見る兄の嬌態は狂おしいほど美しく、慄えるほど悩ましげで、蓮は貪るように見入った。
そうするうちに、心のどこかで兄への愛情とは異質の何かが鼓動を始めたのに気付いた。それはもうひとつの心臓のようにドクドクと動いて、血液の中に黒くねばついた感情を送り出す。言うまでもない、それは独占欲だった。
「ああ……兄さん……僕の……僕だけの………」
蓮はうわ言のように繰り返しながら、夢中で伶の尻を掻き回した。が、限界を超えて激しさを増す下腹部からの催促をさすがに無視できなくなり、空いた手で自身の一物を掴んだ。
「蓮……もういいから。指を抜くんだ。ひとつになろう」
伶は荒くなった呼吸の隙間から声を絞り出し、蓮の手を掴んで離した。そしていったん腰を持ち上げ、位置を確認しながら再びゆっくり腰を下ろしてゆく。
「ぅ…んッ………」
蕩けた秘部に蓮の先端が当たり、ぬるりとこすれた。
「に…いさ……」
兄が何をしようとしているのか分からず、蓮は瞬きも忘れてその顔を凝視する。が、意識の停滞は長続きしなかった。伶がさらに腰を落とした瞬間、身体全体がかあっと燃え上がるような未知の感覚に襲われた。
見れば伶は、甘い苦悶とも言うべき表情で唇を噛み締めている。すべらかな白皙の頬に、仄かな薔薇色の潤みが浮かんでいるのが、酷く煽情的だった。
蓮の視線に気付いた伶は、微かに唇を吊り上げて嫣笑を送り、
「一番……太い部分が入ったぞ」
蓮は何か言おうとしたが言葉にならず、獣めいた野卑な呼吸を繰り返すのみ。伶はそんな弟を労るように撫でて、
「このまま腰を落とすから。出したかったら出してもいいぞ」
そう言って蓮の反応を見ることなく、ゆっくり沈めていった。
「ん…っ……」
ちょっと顔をしかめつつ蓮の劣情を受け入れる伶は、眩暈を誘発するほど艶っぽい。根元ぎりぎりまで呑み込んでさらに尻をぐりぐりと押し付け、括約筋を締めると、蓮の上半身がびくんと揺れた。と同時に、熱い迸りが下腹部にじゅわっと広がるのを感じた。
「ああ……蓮………」
大事な弟の大事な種たちを身体で受け止めることができた悦びを噛み締めつつ、伶は手を伸ばして蓮の頭をふわふわと撫でた。しかし蓮はかくんと首を折って、
「ごめ…なさい………僕………兄さんのお尻の中に………」
「それでいいんだよ、蓮。僕たちはひとつになったんだ」
蓮はそろそろと顔を上げ、「ほんと？」と瞳を輝かせて問う。伶は頷いて「ほら」と言い、もう一度後ろをきゅっと窄めた。
「僕の蠢きを感じるだろ？ 僕もお前の鼓動を感じるよ」
「うん、感じる……兄さんの……熱くて柔らかくてくにゅくにゅしてて………」
そう言っている間にも、突き刺したままの蓮の一物は再び膨張を始めていた。体積が増えた分伶の蜜壺を押し広げ、敏感な粘膜に刺激を刻み込む。
「蓮、今度は僕も一緒にいくから」
伶はゆったりと腰を上下させ、急激な高まりを見せつつある性感の波に全てを委ねたのだった。
こうして五月の蒸し暑い夜、ついに一線を超えた二人は、ためらうことなくこの快楽を追求し続けた。
初めの頃は伶がリードしていたのだが、逆転するのに大して時間は掛からなかった。蓮はどうすれば兄を快楽の虜にし、狂わせられるのかあっという間に学んだ。そして残酷なまでの執拗さで嬲り、時に焦らすことも覚えた。
美しく気高い兄が快楽欲しさに蓮の命令に従い、淫らな行為に嬉々として耽る姿を眺める背徳の快楽。神聖な領域を犯す悦びを、蓮は早々に知ったのだった。
「兄さん、ほら。もっと腰を上げて。奥まで見えないよ」
蓮はわざと冷たく言って、掴んだ尻たぶを乱暴に持ち上げた。蓮の命令に従って背中を反らせ、腰を持ち上げた伶は、羞恥に染められながらも尻を突き出した。
蓮は谷間に手を掛けてぐいと割り広げ、目の前でくちゅくちゅと喘ぐ花びらを観察した。それは陵辱の限りを尽くされたという表現が相応しいほど腫れて、赤みを帯び、白い残滓がこびりついていた。
しかし蓮は躊躇せず顔を寄せ、濡れた花びらを唇で挟んで優しく咀嚼した。白い残滓はもちろん自分の精液で、本当ならそんなもの口にするのは真っ平なのだが、兄の身体に付着したものは何故か平気だった。
少し強めに噛んでは舌先でつつくと、甘えたような悲鳴が聞こえて蓮を狂喜させた。
「挿れるよ」
蓮は有無を言わせぬ口調で宣告すると、尻を割り開いたまま自身の先端まで誘導した。そして一気に埋め込んでゆく。何度身体を繋げても一向に薄れる気配のない快感に、畏怖めいたものすら感じる。
気付けば蓮は夢中で伶の腰を上下に揺さぶり、赤く爛れた結合部をひたすら目で追っていた。己れの灼けた楔に絡み付く、蠱惑の花に見入られたかのように。
しかし皮肉なことに、結び付きが深まれば深まるほど、兄を独占したい欲求は膨らんでいった。
僕には蓮だけだ、他には何も要らない―――伶は幾度となくそう言って、不安を訴える蓮を宥めた。
その言葉が信じられないわけではない。この不安や不条理な独占欲は、己れの心の弱さが生み出す醜い魔物であると蓮は分かっていた。
だからと言ってどうすることもできない。それに、蓮の独占欲は伶の過去にまで及んでいたのだ。
ある時、蓮は兄に訊ねた。
「兄さんの初めての相手って誰？」
自分との行為が初めてではないことぐらい、経験の浅い蓮でも分かった。いつか聞かねばと思いつつ、なかなか口に出せなかったのだ。恐くて。
「ん？ 初めての相手、か？」
「そうだよ。正直に答えて。暴れ出したりしないから」
冗談ぽく言ったつもりだったが、作為の跡が余計に真実味を与えてしまった。伶は暫し黙って見つめ返したが、やがて溜息をついて、
「叔父だ」
「叔父……って………」
「僕らの母親の弟。………まあ、もう昔の話だけどな」
意外な答えに返す言葉が見つからず、「どうして？」と問うのが精一杯だった。伶は淡く笑って、
「彼は自分の姉を愛していたようだ。つまり、僕は彼女の代わりだったというわけだ」
「そんなっ……兄さんを誰かの代わりにするなんて………」
幼い甥っ子を無理やり性の相手にしたことよりも、女性の代わりに抱いたということの方が蓮には許せなかった。冒涜に等しい行為だ。
「仕方ないさ。僕は母親に似ていたからな」
事実、伶も過去のことはそう深刻に考えてはいなかった。叔父の家に泊まりに行った時は必ず相手をさせられたけれど、無茶な行為を強いることはなく寧ろ優しく愛してくれた。
それに、性以外のことも色々教えてくれた。彼は美術雑誌の編集者で、知識も豊富だった。伶は彼から現代アーティストたちの破天荒な作品について聞くのが大好きだった。
重さ百キロの鉛の本を二百冊作り、鋼鉄の本棚に並べたインスタレーション。見ず知らずの他人を二週間尾行してその体験を綴った日記。女性の裸体に絵の具を塗って、紙に押し付けて完成される絵。クレーンで吊り上げられたダンサーが空中で踊るクレーンバレエ。
奔放で限度を知らない想像力の飛翔は、母親の狂気に閉じ込められた伶の世界に、芳しい香気を吹き込んだのだ。
「その男は、今はどこに……？」
蓮はためらった末、意を決して訊ねた。対して伶はあっさりと、
「死んだよ。二年前だったかな。自殺した」
「なん…で？」
「さあ……。ずいぶん前から精神を病んでいたらしいけど。繊細な人だったからね」
蓮は思わず舌打ちする。自殺するくらいなら、僕が殺してあげたのに。
「なんで、そんなことを気にするんだ？」
蓮の頬に指を滑らせながら、伶は柔らかな声で訊ねた。蓮はその手を強く握り、
「決まってるじゃないか。兄さんの全てが欲しいんだよ。過去も、未来も」
言い切ってから、少し弱気な口調で、
「そんなの、不可能だって分かってるけど……」
伶は「バカだな」と笑って、
「不可能じゃない。現在の僕という存在は、過去も未来も内包している。現在の僕が消えてしまえば、過去も未来も無に帰す。だから―――」
「現在の兄さんが僕のものであるということは、過去も未来も所有していることになる、ということ？」
「その通り」
弟の呑み込みの早さに苦笑を浮かべ、伶は頷いた。
「だから、全てはお前のものということだ」
「本当…に？」
「ああ」
「ずっと……ずっと二人でいられる？」
「もちろんだ。僕たち二人の世界には、誰も割り込ませない」
そう言う伶の顔は、晴れやかに輝いていた。確かにこの時は、何の迷いもなく信じることができたのだ。ずっとこの生活が続くに違いないと―――
「うん。兄さん以外は何も要らない。この家の中で二人きり、ずっと、ずっと……」
しかしうっとりと呟く蓮の瞳から、不安の翳が消え去ることはなかった。それは自分でも気付かぬうちに、未来の悲劇を見据えていたのかもしれない。
（Fin）
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