＜檻＞・３
もはや温室は、純にとって寛げる場所ではなくなってしまった。それどころか、血と精と罪に塗れた忌むべき穢土。そこで純はあらゆる陵辱の限りを尽くされた。
「んぁっ……ぁ…おじ…さま……、ゆるし…て………」
「何だ？ 何を許して欲しいのだ」
「おしり……痛い…の………」
「またか。聞き分けのない子だ」
ラルフレッドはわざと苛立った声を出して、
「こうして毎日毎日していれば、すぐに気持ちよくなると言っているだろう。私の言うことが信じられんのか」
「だって……だって……本当に痛いんだもん………あぁっ、ああっ」
「嘘をつけ」
ラルフレッドは、下半身だけ剥き出しにされて四つん這いになった純の尻を、激しく攻めたてていた。双丘に手を掛けて限界まで割り開き、捲れ上がった真っ赤な襞が押し込まれたり引きずり出されたりするのを眺めるのが、彼の好きなやり方だった。
しかし一旦手を離して、半勃ちの状態でぷるぷる揺れている純のペニスを掴むと、上下に扱いた。
「はぁぁぅ……ぅっ………」
幼い性器は素直な反応を見せ、手の中で膨らんでいった。やがて剥けた皮の中から赤く潤んだ先端が顔を出し、とろとろと蜜をこぼし始めた。
「ほぅら、見ろ。いやらしい汁をこんなに垂らしているじゃないか。嘘をついてもすぐ分かるんだぞ」
「ごめ…なさぁい………も、嘘つきませ……やっ、ああああーーッ」
ラルフレッドの言うことは、強ち嘘ではなかった。固く閉じられたままだった純の身体は、徐々にではあるが開花し始めていたのだ。
濡れた唇からこぼれるのは、痛みと恐怖に駆られた悲鳴ばかりではなく、甘い熱のこもった喘ぎも時折混じった。
挿入時の痛みや引きつりはまだまだ大きかったが、奥をこすられた瞬間弾けて身体中を巡る電流のような感覚は、確かに快感と呼ぶに相応しいものだった。
しかしながら、そう感じれば感じるほど純の自責や絶望はより深まり、罪や穢れといった観念が消し難い烙印となって心身に強く捺されていったのだ。
ラルフレッドはもちろん、純のそういった罪の意識に気付いていた。罪悪感を植え込めば植え込むほど、自分に従順になっていくだろうということも。それに、諦念に沈んだ昏い瞳で自分を見上げてくる純は、息を呑むほど美しかった。
絶望の悪魔に祝福された子供。ラルフレッドはそんな純を愛した。もちろん、彼独特の愛し方ではあったが。
「よし、純。またこの前のをやってみようか」
ラルフレッドは後ろから突き刺したまま、純の身体を抱えて自分の上に乗せた。体重がかかってその分結合が深くなり、純は掠れた悲鳴を上げて新しい涙を溢れさせた。
「いやっ、いやっ、これいやあぁぁ………」
純は数日前、この体勢で犯されながら初めての吐精を経験したのだ。その時の罪悪感は、純から安らかな眠りを奪うほど強烈なものだった。
「いや？ ん？ 何が嫌なんだ？」
ぐちゅっ、ぐちゅっ、とリズミカルな突き上げで翻弄しながら、膝裏に手をかけて脚を大きく開かせた。そして腹にぴったり密着して勃ち上がった性器をきつく握り込み、そのまま上下に扱きあげた。
「やぁだぁぁぁ……っく、ぅ、ぅぁ………」
ラルフレッドは思わず顔をしかめた。情欲を先端まで漲らせた肉棒に、熱く柔らかな媚肉が絡み付いてきゅっきゅっと絞め上げてくるのだ。
まだ８歳にも満たない子供のアナルにこれほどの快感を植え込まれようとは、さすがのラルフレッドも予想だにしていなかった。
「ああっ、ああっ、もうだめぇ、やだ、やだよおぉぉ……」
しかし必死の叫びも虚しく、膨れ上がった先端からぴゅっぴゅっと白い放物線が放たれた。そしてそれは、二人の痴態を冷たく見下ろしている真紅のアンスリウムに降りかかった。
ほぼ同時に達したラルフレッドは、南国の花特有の肉厚な花唇からたらたらと滴る白い蜜をうっとりと眺めながら、
「ほぅら純、お前はまた綺麗な花を汚したぞ。可哀想に。お前のいやらしい汁を掛けられて、あの花はきっと死んでしまう」
「う……ぅっ、ぇ……ごめんなさぁい……ゆるしてぇぇ………」
「もう絶対に出しませんと誓ったのは、どの口だ？ え？」
純は苦しそうにしゃくり上げながら、自分が汚してしまった花を見つめた。
「悪いと思うのなら、きれいにしてあげなさい」
涙混じりに「はい…」と答えると、手を伸ばして花の茎をつまみ、口許に寄せた。そして舌をうねうねと動かして、赤い花唇にこびりついた己れの精の残滓を舐め取る。純の唾液でぬらぬらと光るアンスリウムは、妖しいまでの存在感を放った。
「ぅ……ぐ………」
その扇情的な光景に、ラルフレッドは呆気なく暴発した。純の中に挿れたままの陰茎が、凄い勢いで膨張を始める。その圧迫感に耐え切れず、純は花に舌を這わせたまま喘ぎを漏らした。
ラルフレッドは再び純の膝裏に手を掛け、上下に揺らして激しい注挿に没頭した。腰を持ち上げた時にねっとりとまとわり付く紅い肉襞は、アンスリウムなど比較にならぬくらい美しく淫らな花だった。
「ああっ、ああっ……ごめんなさ……ごめんなさぁぁい…………」
純は涙を振り撒きながら何度も何度も謝罪の言葉を叫んだ。いきなり叔父に突き上げられた反動で、手でつまんでいたアンスリウムの花をぶちりとちぎってしまったのだ。
首からもがれて床に落ちた真紅の花は、温室で繰り返される罪の象徴として純の胸にしっかり刻み込まれた。
お前の周りに確かなものは何もない―――叔父の言葉は、絶望的なほど正しかった。唯一の味方であるリズも、いついなくなるか分からないのだ。アグネスの気紛れで、明日にでも暇を出される可能性だってある。
それにリズは胸を患っており、特にこのグレイフィールド・ハウスに来てからは悪化しているらしく、胸を押さえて苦しそうに腰を屈めている姿を何度か見かけた。
純は心配して駆け寄るのだが、そのたびに作り笑いをこしらえて「大丈夫ですよ」と答えるリズに申し訳なくて、最近では見つけても傍に寄らず、物陰からじっと見守るに留めていた。
そんなリズに向かって、叔父からの虐待を告げることなど純にできるはずがなかった。
そもそも純は、これが“虐待”であるとは認識していなかった。自分という穢れた子供が背負っている罪に対する、正当な罰。だからじっと耐えるしかないのだと。そうすればいつか、いつか許しが得られるのではないかと信じて……。
純は、温室での行為をリズに気付かれないよう細心の注意を払った。これまで手伝ってもらっていた入浴も、自分ひとりでやるようにした。もちろん着替えなども。
衣服で隠れない部分に情欲の痕を付けられることはなかったから、取り敢えず隠し通すことは可能だった。
急に自分の身体に触れさせなくなった純に対し、リズは不審を感じたものの、成長過程における当然の変化だと納得して、特に問い詰めることなく好きなようにさせた。
しかし、日増しに昏く淀んだ翳を帯びてくる純の表情には、無視できない何かを感じていた。
時折すがるように自分を見上げ、何か言いたそうに唇を震わせる。だがそこから言葉が零れることはなく、代わりに乾いた吐息で紛らわせて、目を伏せてしまうのだ。まるで、人生そのものに見切りをつけて、あとは死を待つのみといった落魄の老女のように。
このままではいけない、とリズは焦った。そして無理に原因を追究するのではなく、もっと別の方法で状況を好転させようと考えたのだ。
「奥様、ちょっとお話が……。純様の教育についてでございますが」
アグネスは、細く剃った眉を微かに吊り上げて、顎をしゃくった。話を続けろということだろう。
「純様ももう８歳。普通なら、プレップ・スクールに通う年齢でございます。最低限の読み書きなら私が教えられますが、やはり専門の教師による指導が必要ではないかと」
実は純の学習能力は、“最低限の読み書き”などというレベルを疾うに超えていた。こっそり図書室から持ち出した書物を、独学で読み進めていたのだ。
純の能力を高く評価することはアグネスの気分を害するに違いないから、こんな風に貶めて言ってるだけのことだ。
「とはいえ、人格や品行に問題のない、このお屋敷に通うのに相応しい教師を探すのは、なかなか骨の折れる仕事。そのようなことに奥様のお手を煩わせるのは勿体のうございます。そこで、私の知り合いの息子をぜひ使っていただければと」
アグネスは、さして興味もなさそうに「どんな青年なのですか」と訊ねた。
「はい。大学を卒業はしたのですが、もともと病弱だったこともあり、現在はこの近くの実家で静かに療養しております。でも最近はかなり快復したとかで、家庭教師などの職を探しているとのこと。物静かな好青年です」
「この屋敷に、これ以上得体の知れない人間を入れるのは余り好まないけれど」
すんなり聞き入れてもらえるとは、リズも思っていなかった。「そうでしょうとも」と一旦同意して、言葉を続ける。
「しかし奥様、このまま何の教育も与えずにセカンダリー・スクールへ行くことになったとしたら、この秋原家の恥を晒すことになりはしませんか？ それだけではなく、母親である奥様ご自身の教養と見識も疑われることになりかねません」
アグネスは眉をひそめた。純のせいで自分の評判が落ちるなど、冗談じゃないということだろう。
「分かりました。もともとあの子のことに関しては、お前に全て任せてありますからね。私には関係のないことだわ。で、その青年の名前は？」
「アルバート・オブライエンと申します」
「オブライエン？」
アグネスは不愉快そうに声を尖らせて反問した。“オブライエン”とは、アイルランド系の名字だからだ。しかしリズは何も口を挟まず、弁解もせず、黙って女主人の許しを待った。やがて、
「では、その青年に任せます。私への紹介や挨拶は必要ありません。勝手に進めてちょうだい」
彼に代わる新しい人材を見つけるのが面倒だったアグネスは、投げやりに許可を与えるとさっさと部屋を出ていった。
「はじめまして、純。今日から君の先生になりました、アルバート・オブライエンと言います。よろしくっ」
邪気のない少年のような、朗らかな声で挨拶をしてくれた新しい先生に、純は俯いたまま小声で「はじめまして…」と答えた。
新しい先生と一緒に勉強ができる、湧き上がる喜びは数々の不安によって押し潰されて、息も絶え絶えだった。自分の醜さ汚さに嫌われてしまうのではないか、こんなことも知らないのかと呆れられてしまうのではないか、そして叔父との罪深い行為を知られてしまうのではないか………
するとアルバートは黙ってポケットに手を突っ込み、そして「あッ」と声を上げた。
「純、捕まえてくれっ、早く」
それは二匹のハムスターだった。ポケットから飛び出して、純の足許をかさこそと走り回っている。
「わっ、わっ」
純は慌ててハムスターを追い駆ける。二人で四つん這いになって床をばたばた駆け回り、やっとの思いで掌の中に収めた。
「はー、参った参った。君への贈り物を逃がしてしまうところだった」
走り回って疲れたのか、ハムスター達はすでにうとうととしかけている。
「僕、に……？」
「そうだよ。奥様は動物嫌いだって聞いてたけど、このくらい小さけりゃ見つからないだろう」
そう言って軽くウインクする。純は、手の中の小さな生き物をじっと見つめた。仄かな温もり。微かな鼓動。喉の奥から、愛しさが込み上げてくる。
純は顔を上げてアルバートを真っ直ぐ見据えた。そして、
「先生、ありがとう。それから……これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。一緒に楽しく勉強しよう」
琥珀色の瞳を輝かせて、アルバートはにっこりと笑った。
純の境遇については、リズから洗いざらい聞いていた。アルバートは最初は躊躇した。もちろんリズの話には胸を痛めたが、自分には荷が重過ぎると思ったのだ。
だから、彼は賭けに出た。もし、ちょことちょこと歩き回る小さな生き物に何の反応も示さず、無感動な一瞥を投げつけるだけだったら断ろう。自分の手には負えない。
しかし純は、目を輝かせて必死に追い駆け、小さな命への愛着と感動を露わにした。
まだ間に合う、とアルバートは確信した。この子の心は死んでいない。だからと言って自分に何ができるか分からないが、せめて一緒にいる間だけは辛いことを忘れて、学び知ることの楽しさに没頭できるよう導くのだ。
それからアルバートは、純のための教材を揃えるために街中を走り回った。
その翌日からの個人授業では、将来入学するパブリック・スクールでの授業に備えて、ラテン語とギリシア語の基礎や、古典文学の暗誦、読解などを中心に進められた。
しかし、アルバートがまず最初に実行したのは、屋敷の外に出て庭を散策する許可をアグネスから得ることだった。
庭には生物学の勉強に役立つ教材が豊富にあること、そしてスポーツは人格形成や社交術のひとつとして重要であることなどを挙げ、時間を決めてではあるが庭を利用する権利を認めさせてしまったのだ。
そのお陰で純は、堂々と庭を走り回ることができるようになった。もちろん、温室の方へは近寄ろうとはしなかったが。
アルバートから教わったのは、文法や古典文学ばかりではなかった。彼はなかなかの趣味人で、ピアノも巧みに弾きこなした。また、チェスの名手でもあった。
それにアイルランド料理の研究もしているらしく、自分で作ったアイリッシュシチューやポテトケーキ、アップル・クランブルなどを持参しては、リズも誘って庭でピクニックランチを催した。
純は、まだ見ぬ母の故郷を、舌で体感することができたのだ。
アルバートの深い知性と教養、そしてそれを韜晦せず、かといって誇示もしないあっけらかんとした無邪気な性格は、純を惹き付けるのに十分な魅力を湛えていた。あっという間に懐いて、週４日の授業を心待ちするようになったのだ。
だが、そんな純の変化を苦々しい思いで見つめる者もいた。今さら言うまでもない、純の叔父、ラルフレッドである。
純の身体も心も魂も、すべて自分の支配下におきたい彼にとって、アルバートの存在は邪魔以外の何ものでもなかった。それに、週のうち４日も授業にとられてしまうせいで、以前のように頻繁に純の身体を愉しむことができなくなった。
そういった苛立ちや不満は、そのまま情欲の炎と変じて純に襲い掛かった。回数は止むを得ず減ったとはいえ、行為の激しさ陵辱の残酷さはいや増し、純の幼く柔らかな身体は今や生臭い劣情に喰い尽くされようとしていたのだった。
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