＜熱情＞・２８
「ん………ふ、ぅん…………」
柔らかな吐息が胸にかかると、その部分から甘い疼きが広がって、身体全体を包み込んでゆくような感覚に襲われる。
それは錯覚には違いない。しかし恋人との戯れにおいては、幸せな錯覚もまた愛情を高める媚薬になり得るのだ。
事実、雅人は疾うに目覚めていたのだが、こうして肌にかかる吐息に酔い惑いながら、もう一時間以上も純の寝顔に見入っていた。
二人は狭い寝台の上で、裸の四肢を絡めて眠った。
性的な意味では身体は繋がっていないが、互いの存在自体を包み込むように抱き合って眠る姿は“ひとつになった”という表現がぴったりで、そこには欠けたる半身を見つけた者同士の幸せな結合があった。
「まさとぅ………起きてる？」
「起きてるよ」
「ん………」
ようやく目覚めた純は、硬く逞しい胸にそっと唇を押し付けてその存在を確かめる。そして肌の温もりをうっとりと味わった。
「純……」
雅人はゆっくりと身体を起こして、上から唇を重ねる。「おはよう」代わりの軽いキスのつもりだったのに、おずおずと侵入してきた純の舌の思いもよらぬ熱さに煽られて、自らも舌を挿し込んだ。
最初はつんつんと舌先をつついて、それから大胆に絡め取る。さらに舌の裏側をざらざらと舐め上げると、純は脚を腰に巻き付けてゆっくり上下させた。
その淫らこの上ない動きに、雅人の身体は呆気なく反応した。迷うことなく純の秘部に手を伸ばして奥を探ると、柔らかな花びらが指に吸い付いてきた。
それだけでもう、昨夜の目眩く快楽が生々しく蘇ってきて、雅人の雄はどくどくと脈打ち始める。が、もちろんすぐに挿入するわけにはいかない。
雅人は身体を下方へ滑らすと、純の脚を持ち上げて大きく開き、その中心に顔をうずめた。
そして昨夜、ひと晩かけて愛し抜き、あの男の痕跡を払拭して新たな愛情の証を刻み込んだばかりの秘孔に、ねっとりと舌を這わせた。
「んぁ………ん、ふ…ぅ………ん、んっ…………」
鼻にかかる甘い喘ぎと共に、すでに舌に馴染んだ純の蜜が滴って雅人の唇を濡らす。クチャクチャと音をたてながら蜜ごと襞を吸い上げて、快感で入口が緩んだ隙に舌を挿し込んで掻き回した。
「あっ……まさ、と……だめ………いや…………」
後孔への口での愛撫に抵抗感を拭えない純は、脚の間でもぞもぞと動く雅人の頭に手を置いて、押しのけようとする。
すると雅人は余計に激しく舌を動かして、抵抗とは裏腹にびくびくと悶える襞にさらなる刺激を植え込んだ。
「嫌がってる割りには、ここ悦んでるぜ」
愛液で濡らした指をぐりぐりと埋め込みながら、にやりと嗤う。血色に潤んだ顔を両手で覆い隠して首を振る純を飢えた眼差しで射抜くと、広げた脚の間に身体を滑り込ませて、天井を向いて吼える陰茎を蕩ける蕾にあてがった。が、
くるくるくる………
「あっ……やぁん」
純のお腹から可愛い音が。雅人は思わず目を細めて、
「腹減ってるのか？ よしよし。ちょっと待てよ。俺の食事が終わったら、ちゃんと作ってやるからな」
そしてずぶずぶと突き刺して腰を振り、極上の食事を始めた―――
「純、まだ寝てていいんだぞ」
「うん…なんかいい匂いがしてきたから、起きてきちゃった」
キッチンで遅い朝食の仕度をしている雅人の様子を窺いに来た純は、子供の寝起きそのままの格好で、寝癖でつんつん立っている髪を直そうともせず、目をこしこしとこすってテーブルに着いた。
そんな無防備さが雅人には何より嬉しい。学校や外では息苦しいほど張り詰めて、“高慢な天使”という殻の内側に息づく天真爛漫な本来の純を、決して見せようとはしなかったから。
「そんなに腹減ってたのか。ごめんな、俺の食欲を優先させちまって」
純は恥ずかしそうに頬を染めて首を振り、
「ううん……だって、僕も欲しかったから………」
消え入りそうな声で告白する。雅人は嬉しそうに微笑んで、
「もうちょっとでできるからな。あ、テーブルの上のいちごはまだ食べちゃ駄目だぞ。デザートは食後」
「はぁい」
素直な返事を返しつつも、物欲しげにテーブル上のつやつやしたいちごを眺める純。雅人は思わず苦笑を漏らして、再び仕度に取りかかった。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「や……ぁ………」
途端に純の顔は蒼褪め、二人の間に漂っていた甘く親密な空気がきりきりと音をたてて凍結する。雅人は調理器具を置くと、純に「お前はここにいろ」と言い付けて玄関へ向かった。
「どちら様ですか？」
「ランカスターだ。純を返し給え」
「お引き取りください。純は大事な“友人”です。俺が守ります」
扉を隔てて二人は対峙した。静かな口調ながらも、互いを行き来する憎悪の熱流が扉越しに伝わって、肌がじりじり灼ける。暫しの沈黙ののち、先に口を開いたのはラルフレッドだった。
「止め給え。君には無理だ。君にはあの子は扱いきれない。傷付くのは君の方だ」
「どういう意味ですか？」
「あの子は快楽の虜囚だ。男を狂わせ、破滅へ導く魔性の子だ。これまで一体、何人の男を受け入れてきたと思う？ 何人の男に貫かれながら悦びの声を上げたと思う？ 穢れきった身体。君には相応しくない」
雅人は激昂した。飽くまで静かに、しかし扉を灼かんばかりの内なる焔を燃やして。
「そうするように仕向けたのは一体誰なんだ。自分は穢れた存在であると思い込ませ、悦んで男を受け入れていると自分を誤魔化さずにはいられないところまで追い詰めたのは」
「はっ、あれが君に何を話したのか、大体想像がつく。自らの境遇を誇張して、涙ながらに告白したのだろう。騙されちゃいかんぞ。いいかね―――」
「有難いご忠告、痛み入ります。しかしご心配なく。俺は何もかも全てを受け入れる。何もかも。たとえ純の話に嘘や虚構があったとしても、それごと丸呑みして純と共に生きてゆく。
ですからランカスター卿、どうぞ他のペットをお探しください。この扉の前に立ち止まるのは時間の無駄だ」
「貴様………」
扉越しに聞こえた呪詛の呟き、その凶悪さは雅人を怯えさせるどころか、逆に奮い立たせた。必ず、この男から純を守ると。
「では、これから朝食なので。ご用件はそれだけですね？ もう一度言います。お引き取りください」
「……このままで済むと思わん方がいい」
不気味な捨て台詞を吐いて、ラルフレッドは去っていった。
足音が遠ざかるのを確かめて、雅人は部屋へ戻ろうとくるりと振り返った。すると、リビングの入口で純が不安げにこちらを見つめていた。
「まさと………」
「大丈夫だ、あの男は帰ったよ。ここにいれば何の心配もない」
純はこっくり頷いたが、やはり表情の曇りは晴れない。雅人は両手で頬を包み込んでそっと上を向かせ、唇を重ねた。
大丈夫、何があってもこの温もりさえあれば、俺たちは強くなれる、乗り越えてゆける―――
「純……おまえ、いちごつまみ食いしただろ？」
「え、えと……はい。ごめんなさい」
頬を赤く染めて申し訳なさそうに項垂れる純を、雅人は笑いながらげんこつでぐりぐりした。そして唇を舐めて仄かないちごの移り香を反芻すると、
「……後でお仕置きだぞ」
嫌らしく囁いて耳たぶを柔らかく噛んだ。
波瀾を予感させる訪問こそあったものの、その後は穏やかに時が過ぎ、一日が終わろうとしていた。
シャワーを浴びた雅人が寝室へ入ると、シャツを一枚羽織っただけの純が、ベッドの上でうつ伏せになって眠っていた。
雅人がパジャマ代わりにしているシャツだったから、純の華奢な身体には大きすぎたようで、着るというよりまとうといった風情。しかも裾は大きくまくれ上がって、白い双丘がつるんと剥き出しになっていた。
雅人が「コレは…俺を誘っているのか？」と呟きを漏らしてしまったのも、仕方ないといえよう。
下着姿の雅人は、首に巻いたタオルで髪の水気をさっと拭き取ると、そのまま寝台に上がって純の上に覆いかぶさった。そして耳許で「まだ寝るな…」と囁く。
吐息がくすぐったかったのか、上からのしかかる不穏な気配を覚ったのか、純はうにうにとぐずりはしたもののまだ目覚めようとはしない。
雅人は「しょうがねえな」と独り言ちて、胸とシーツの間に脇から両手を差し入れ、乳首をくりくりと揉み始めた。
「はっ………ふぅ……んっ、ん………」
明らかに寝息とは異なる濃厚な吐息を漏らして、純はお尻をよじった。ベッドサイドの間接照明に照らされた双丘は艶めかしい陰翳を帯びて、雅人の興奮を煽る。
純が無意識のままに腰をくねらせてよがる姿が見たいとばかりに、雅人は胸への刺激をさらに続けた。乳輪ごとつまんで捏ねたり、先端に爪を立てて引っ掻いたり。
うつ伏せに寝ていたせいで平らに潰れていた乳首は、雅人の指の中でつんと勃ち上がってみずみずしい弾力を見せた。
「あっ……ぁ……ん、まさ…と………？」
「起きたか？」
「ん、起きた………あ、やんっ、も……クリクリしちゃいや………」
「ならこっちにしよう」
すかさず股間に手を伸ばして、まだ柔らかさの残るペニスを包み込んだ。そして先端を指で愛撫しながらゆったりと扱く。
「ふぁっ、あっ、あんっ………」
「あっという間に大きくなったぞ。素直だな、ココは」
「いじ…わる……もぉ………」
雅人は手を放して、耳に唇を近づけて囁くように訊ねた。
「純、眠いか？ 嫌なら―――」
しかし言い終わる前に純は顔を上げて、
「嫌、ってゆってもするんでしょ？ だってお仕置きだもん」
いたずらっぽく笑う純に軽いキスを落として、雅人は身体を起こした。そして、
「純、四つん這いになって腰を上げろ」
「はい……」
シーツに胸を押し付けたまま膝を立てて腰をきゅうんと反らし、脚を大きく開いた。この姿勢の結果、雅人の目の前に純の秘部が晒された。
「いい子だ、純……」
雅人は荒い呼吸の奥から呟くと、さらによく見えるように、谷間に指をかけて左右に割り開いた。蕾はまだ可憐なままで、恥ずかしそうに固く閉じている。
しかしここがどれほど淫らで蠱惑的に咲き誇るか、雅人はもう知っている。その奥が、熱くとろけて絡み付いてくることも。
「嫌がるなよ、純。お前の全てを味わいたいんだ」
雅人はそう言って顔を寄せ、舌を伸ばして丁寧に舐め始めた。襞を伸ばすように強く舐めると、純の四肢がびくびくと痙攣する。シーツを噛んで嬌声をこらえているのか、くぐもった喘ぎ声が聞こえてきた。
舌による十分な愛撫を与えられた蕾は唾液でぬるぬる光って、微かに蠕動している。雅人はそこを指で揉みほぐしながら、
「もう、慣れただろ？」
「ん……でもやっぱり少しはずかしいの……。あんなとこをあんな風に………」
「恥ずかしがられると、余計にやりたくなるんだよな」
「もぅ……雅人のいじわる…………ァ………あ……んっ」
完全に勃ち上がってお腹にぺったり密着したペニスを数回こすって愛液をすくい、綻びかけた蕾にとろとろと垂らした。そして入口をゆっくりと押し広げながら、指を２本、埋め込んでゆく。
「ああぁ………やだぁ、ゆび、いや………」
嫌と言いながらも、埋め込んだ指先まで締め付けてくる。そんな健気さに、思わず笑みがこぼれる。指を小刻みに揺らしてやると、きゅっきゅっと奥が収縮してさらに絡み付いてきた。
「指がいやなら…何がいいんだ？」
雅人は意地悪く訊きながら、下着をずり下ろして不穏な迫力と重量感を放つ陰茎を夜気に晒した。一瞥しただけで、限界を超えて勃起していることが分かる。
「まさとの……まさとのがいいの………」
「俺の……？ 俺の何がいいんだ……」
「まさとの……おっきいのがいいの…………ぁ、ぁ………っ………キャアッ」
もっと甘い戯れを楽しむつもりだったのに、身体が勝手に動いた。指を抜いて、花びらが閉じるより早く、盛りきって今にも咆哮を上げそうな自身を突き刺した。
「あうっ、うっ、あっ…ふ……ん………イイ、まさと……まさとぉ………もっと、もっとしてぇ………」
「うっ、ぅ…………すげ…え………」
尋常じゃない熱さ、尋常じゃないうねり、尋常じゃない快楽に絡め取られて、雅人は半ば朦朧としたまま一度射精をした。しかしすぐに注挿を再開し、変わらぬ激しさで最奥部をがつがつと貪る。
「ああっ、ああっ、イク、イッちゃう………まさとぉぉ………」
「純、一緒にッ―――」
雅人は少し角度を変えて、微かな膨らみをグリッと抉った。
「ひッ……ぃ………やあああああーーーーッ」
シーツに爪立てて悶えつつ、純は悲鳴と共に白い蜜を飛ばした。もちろん、絶頂がもたらした快感に荒れ狂う媚肉に雅人が耐えられるはずもなく、二度目の精を勢いよく注ぎ込んだ。純は吐精の余韻に微睡むように、腰をゆらゆらと揺らしている。
「ぁ………ふ…ぅ…ん…………」
「気持ち…よかったか………？」
「ん……頭がね、ヘンになりそうなぐらい………」
「そうか…。でも、これで終わりじゃないぞ」
言い終わらぬうちに純の身体を引っくり返し、濡れた股間を上に向かせて脚を広げた。
「い、いやっ、まさと……許し…………あ、あ………ああああーーーーッ」
怯えたように揺らぐ純の目に見せ付けるように、くぷくぷと喘ぐ秘孔にゆっくりと太い楔を埋め込んでいった。
「あっ、あん、すご…すご、い………奥、まで全部………ああ………」
「見えるか？……純」
侵入してきたものの重量感をうっとりと味わいながら、純は頷いた。つい先刻注がれた精が押し出されて溢れ、腹を伝っておへその周辺に白い池を作った。
雅人は「動くぞ」と低く言い置くと、緩やかなリズムで腰を使い始めた。動きが遅いため、雅人の雄に付着して引きずり出される花びらの色や蠢き、艶がよく見える。押し込まれる瞬間にびちゃっと跳ね上がる白い飛沫までも。
純は惹き込まれるようにじっと凝視しつつ、今、雅人と繋がっているのだという実感を噛み締める。
「駄目だ……純。際限がない。いくらヤッても………満足できない。もっと欲しくなる………このままでは―――」
徐々に早まる突き上げに呼吸を乱しながら、雅人はその貪欲な本心を告げた。
「―――お前をめちゃくちゃに……しちまうかもしれない………」
しかし純はふっと微笑んで腕を伸ばし、
「ねえ……まさと。今僕が、どんなに幸せか分かる？ 大好きな人と……こうしてひとつになれて………。その幸せをくれている雅人本人が、そんな……苦しそうな顔しないで―――」
「純……」
「いいの、何をされてもいい。食べ尽くされちゃってもいいから………ずっと傍にいて」
雅人は何度も頷いてから腰を抱え直し、蜜壷の奥をがつがつと穿った。四肢を駆け巡る快感とは別に、純という愛しい存在自体へ向かう想いが込み上げてきたが、それは敢えて押し戻して行為に専念した。
その想いを膨張するままにしていたらきっと、切なくてどうしようもなくて泣き出してしまっただろうから。
BACK TOP NEXT