＜成就＞・２６
髪をそっと梳いてくれる優しい指先に、純は全てを委ねてうっとりと目を閉じる。時折押し付けられる唇の温かさは、ラルフレッドからの陵辱で傷付いた心身を癒す最良の薬だった。
このまま、何も考えず眠らせた方がいいのかもしれない、徐々に呼吸も表情も穏やかになってゆく純を見ているとそう思わずにはいられなかったが、しかし、雅人は敢えて口を開いた。そして言葉を濁すことなく訊ねる。
「純、聞かせてくれ。いつからなんだ、あの男に……あんなことをされるようになったのは」
「それ…は……」
―――言えない。もし本当のことを言ったらきっと、雅人に嫌われてしまう。７つの時からずっと、叔父のペットだったなんて……。
「本当のことを言ったら俺に嫌われる、なんて考えるなよ」
「えっ……」
まるで頭の中を読み取ったかのようにぴたりと言い当てられて、純は驚きを隠せず呆然と見上げた。雅人は小さく頷いて優しく頬を撫で、
「打ち明ければ、少なからず傷を抉ることになる。痛みも生じるだろう。でも純、俺は敢えて頼むよ。教えてくれ、お前の過去を。なぜ、こんなに綺麗で優しいお前が―――」
雅人は一瞬、口を噤んだ。しかし意を決して再び唇を開いた。
「自分の存在に罪悪感を持たねばならないのかを………」
ああ、やはり雅人は気付いていたんだ。僕の内に潜む黒い深淵に……。
純はふっと息を吐いて呼吸を整えると、静かに口を開いた。
「僕はね、生まれてきてはいけない子供だったの―――」
その哀しい前置きに続いて、純はこれまでグレイフィールド・ハウスで経験してきた全てを雅人の前に曝け出した。母の死、父の仕打ち、継母との軋轢、去ってしまった優しい人々、そして……叔父との穢れた関係。
雅人は時折苦しそうに呻いたが、言葉を差し挟むことなく純の話に聞き入った。
「僕は……自分で自分の存在が許せなかった。母の命を奪い、父を悲しみの底に突き落とした自分を。そして……叔父を受け入れるたびに、心とは裏腹に悦びの声を上げてしまう、汚れた身体を―――」
純は、見えぬ手に押さえ付けられたかのように深く項垂れて、両手で自分の顔を覆う。指の隙間から漏れるのは、苦しげな嗚咽と―――
「許せない……ぼくは……汚い……許されない……決して………ゆるされない…………」
自身へ向けられる呪詛の呟き。その時、
「俺が許す」
純はびくん、と肩を震わせてゆっくり顔を上げた。そして瞬きもせず、雅人を一心に見つめる。
「俺が許す」
深い確信に満ちた声で繰り返すと、慈愛に潤った黒瞳をすっと細めて微笑んだ。そして華奢な身体を胸に収めて、
「だから、もう自分を責める必要はない。これからは自分を愛するんだ」
「ま…さと……」
「いいか、過去は現在の垢、未来は現在がみる白昼夢に過ぎない。だから俺は、今のお前を愛する。今、ここにいる秋原純を、誰よりも………」
純を取り囲んでいた檻が、今、かしゃりと音をたてて崩れた―――
二人は、暫し無言だった。ちゃぷん、という水の弾ける音が、湿り気を帯びた浴室の空気に時折反響する、ただそれだけ。雅人は、左手を濡らすことができない純の入浴を手伝っていた。
乳白色の湯に浸かった純の腕や肩を、細かく泡立てた石けんで優しくこすってやる。そして湯を掛けると、白皙の肌はしっとりと潤って、濃厚な湯気の中で艶めかしい光沢を見せ付けた。
気持ち悪いから身体を洗いたい―――純がそう言った時、雅人は一も二もなく頷いた。
左手が使えないから手伝ってやらねばならない、そう気付いたのは入浴の用意をしている最中だった。しかし今さらどうすることもできない。
雅人は腹の底にぐっと力を込めて平静を装い、服を着たまま純と共に浴室に入ったのだった。
雅人は泡立てた石けんを、今度は首から胸にかけて塗りつけてこすり、湯を掛けた。しかし、“汚れ”は落ちなかった。
鎖骨の下にじんわり広がる赤紫色の染み。拭い去りたい陵辱の痕。雅人はそこに何度も湯を掛けて、指でこすった。しかし、それは落ちない。それどころか、ますます赤みを増してその存在を誇示しようとする。
雅人は苛立ちを隠そうとせず、さらに力を込めてこすろうとした。その時、上から細くたおやかな手が重なり、
「それは、こすっても消えないよ、雅人……」
「なら、どうやったら消えるんだよ……」
剣呑な翳のある声で問い返す雅人に、純はふっと笑って答えた。
「上から…同じことをすれば消えるよ」
すると雅人は間髪入れずその部分に吸い付いた。まさか本当にするとは思っていなかった純は、驚きの余り胸元に吸い付く雅人をぼおっと見下ろした。
ちり、というくすぐったいような痛みに思わず「んっ…」と声を上げる。ちゅぷ、と音をたてて唇を離した雅人は、自分が付けた痕を満足そうに眺めると、舌で丁寧に舐めた。
「あっ……ん…………」
純の喘ぎにうっとりと聞き入りながら、雅人は唇を下へずらしていった。そこには、熱い湯に逆上せたかのように赤く膨れた乳首が、みずみずしい艶を帯びてぷるん、と勃っていた。
雅人は迷わずそれに吸い付くと、柔らかく歯を立てて扱いたり、乳輪に舌を這わせてざらざらと舐め上げたりした。
「あっ、ぁ………はぁ、ん…………」
ちゃぷちゃぷと水音が激しくなったのは、純が浴槽の中で腰を跳ね上げたからだ。その淫らな動きに誘われるかのように、雅人は浴槽に腕を沈めて純の股間を探る。
そして、半ば勃ち上がった幹を無視してさらにその奥を探り、秘孔の入口をざらりと撫でた。
「まさとっ」
微かな非難を滲ませて小さく叫ぶ純を、雅人は険しい目付きで睨んで、
「脚を開け、純。まだ、あの男のモノが中に溜まってるはずだ。全部掻き出してやる」
「い…やっ、ああっ、やめ…てぇ…………はぅ…ん…………」
行為の名残りなのか熱い湯に蕩かされたのか、純の秘孔は雅人の指を難なく呑み込んだ。
「はッ、すげえ。俺の指をぎりぎりと咥え込んでるぜ……」
指を少し乱暴に掻き回して内壁をこすり上げると、純は「きゃんっ」と短い悲鳴を上げて浴槽にしがみついた。
「まさとぅ……ゆるして、おねがい………」
「……分かったよ」
喘ぎ混じりの声で哀願する純に、これ以上苛立ちをぶつけることはできなかった。雅人はゆっくり指を引き抜いて、濡れた唇に優しく口付けた。
「うっ……く…ぅ………」
冷たい水を浴びているというのに、ソコに凝集する熱は一向に収まる気配を見せない。きゅっきゅっと扱いてやると、真っ赤に膨れた先端から白い迸りが勢いよく噴き出た。
雅人は盛り上がった肩を上下させて荒い呼吸を吐く。そして顔に冷水を浴びて何とか興奮を鎮めようとした。
何故あんなことをしてしまったのか。純の甘すぎる肌の味は唇に深く刻み込まれて、忘れようとしても忘れることができない。そして指に絡みつき、締め付けてくる肉の感触。思い出しただけで息が荒くなる。
「駄目だ、これでは……」
雅人は覚悟を決めていた。今日ははっきりと言おう。欲望を抑えられないから、一緒に寝ることはできない、と。
純は淋しがるかもしれないが、この情態で健全な添い寝を貫徹できるほど、自分の理性は強固ではない。取り返しのつかないことを仕出かすくらいなら、恥を忍んで正直に打ち明けた方がずっといい。
雅人はぶるっと頭を振って水気と淫らな熱を払い落とすと、浴室から出ていった。
寝室に入ると、ベッドの上に純の姿はなく、奥の方でぼうっと立ち尽くす白い肢体が見えた。こちらに向けられた背中は、微かに震えているようだった。
「どうした、純……」
近付いて声を掛けると、純はゆっくりとこちらに向き直った。雅人は思わず息を呑む。裸体にシャツを一枚羽織っただけで、しかも前をはだけて胸や股間が露わになっていた。
白く滑らかな胸や桜色の果実が、闇の侵蝕をはね付けて暈然と輝く。雅人はごくりと唾液を嚥下した。唇に捺された肌の感触が生々しく蘇ってきて、食欲とも呼び得るような飢えを自覚した。
猛禽の本能そのままに襲い掛からなかったのは、純の表情に言いようのない悲しみが刻まれていたからだ。
「雅人……消えないの、痕が………」
打ちひしがれた様子で唇を噛み締め、クローゼットの内側にある備え付けの姿見に向かう。暫しそれを苦しそうに眺めていたが、
「ここは…さっき雅人が消してくれたけど、でも、ここにも、ここにも、ここにも……たぁくさん、痕が………っく……ぅ、……ぇっ、ぇっ………」
「純……」
顔を覆って泣きじゃくる純に、雅人はおそるおそる近付いた。そして素肌に触れぬよう注意しつつそっと肩を抱く。
もちろん、掌に伝わるシャツ越しの温もりにすら、呆気なく欲情させられてしまうのだが。
「大丈夫だ、そんな痕はいずれ消える。そしてもう二度と、付けられることはない」
「ほん、と……？」
潤んだ瞳ですがるように見つめてくる健気な表情に、雅人の中の雄が激しく反応する。腹の底で荒れ狂う生臭い感情に理性の蓋をして、雅人は“優しく頼れる笑顔”を浮かべた。
「ああ。だから安心して寝ろ。明日になれば痕はうんと薄れている。そして気が付けば、消えているさ」
「雅人……汚いって思わない？」
「思わないよ。思うものか」
純はこしこしと目をこすって頷き、雅人に抱きついた。そして少し明るくなった声で、
「よかった…。さっき、雅人少し怒ってたみたいだったから、き、嫌われたらどうしよう、って………」
「嫌うわけ、ないだろ……」
くそ、何だよこの声は―――思わず自分に毒づいてしまうほど、その声はみっともなく上ずっていた。
雅人はなるべく自然な仕草で、抱き付いてきた純の身体を押し返した。こんなに密着していては、身体の変化を覚られてしまう。
「そろそろ寝るか……」
「うん」
当然のように身体をずらしてベッドの半分を空け、「まさと、早くぅ」と微笑む純に、一緒に寝れないとは言えなかった。
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