Each Pain
―痛みを乗り越えて―
冴季と泰水の場合
「………良かったぁ」
「ああ」
那津と春留の姿が見えなくなると同時に、温室の陰から二つの人影が現れた。泰水はいったん帰ろうとしたものの、どうしても春留のことが気掛かりで冴季を伴って戻ってきたのだ。そして温室の陰から二人のやり取りを見守っていた。
「紫堂先輩は、ずっと罪悪感を抱えていたんだ。自分のせいで那津の大切なものが壊されてしまった、って」
冴季は神妙に頷いた。去年園芸部を襲った悲しい事件について、泰水から大体のことは聞いていた。
「そうして自分を責めて責めて………那津がどれほど宥めても自分を許すことができず、結局先輩は自分から那津の許を去っていった」
それは冴季にとって初めて聞くことだった。「そんなことがあったのか…」と感慨深げに呟いて、春留の整い過ぎた顔を思い出す。
何があっても毅然として揺るがない。しかしその強さは同時に、脆さも内包したものなのだろう。仕方なかったんだと自分を宥め、誤魔化すことが彼にはできなかったのだ。
「那津に残された道は二つしかないと思われた。言葉を尽くして変わらぬ想いを告げ、先輩の凍った心を強引に融かすか、きっぱりと諦めて先輩のことを忘れるか。けれど那津はそのどちらの道もとらなかった。ただ黙々と、花壇を再生させることに自分の力を費やしたんだ」
「そうすることが、傷付いた彼の心を癒す唯一の方法だと分かっていたんだな」
泰水はにっこり笑って強く頷いた。
「うん、そうだよ。きっと苦しかったと思う。先輩に会いたくてたまらなかったと思う。それでも那津は、先輩の卒業式の日まで耐えたんだ」
「………凄えな。とてもじゃないが、俺にはできねえ。あの事故の後、たった一週間お前に会えないだけでおかしくなりそうだったのに」
泰水はぱふっと抱き着いて胸に顔を押し付け、何度も頷いた。
「うん、僕も……。ぜったいムリ………」
冴季はフッと目を細めてその頭を撫で、
「お前も頑張ったんだろ？ 那津と一緒に花壇を再生させるために」
「うん……僕の力なんて微々たるものだけど、でも………一生懸命働いたよ。紫堂先輩はいつも自分のことは二の次で、人のことばかり考えていた。だから今度は僕が、先輩のために何かする番だと」
「そうか…」
泰水は冴季の胸に顔をうずめたまま、拳にぎゅっと力を込めた。去年の悪夢を振り払うためにも、明日は頑張らねばならない。何としても成功させねばならない。そうすることで、春留の中にある罪悪感も完全に消えるだろう。
「がんばら……なくちゃ………」
自分を鼓舞するには余りに弱々しい言葉だったが、泰水にはこれが精一杯だった。
明日は文化祭、他校の生徒もたくさん訪れる。そういった面識のない不特定多数の相手をするのは、人見知りでまだ男性への恐怖を完全に克服できていない泰水にとって大きな冒険だった。
「ああ、頑張ろうな」
力強い言葉と共にぎゅっと抱き締めてくれる彼の存在が、大きな支えだった。微かな不安を残しながらも、泰水は明日の成功を信じたのだった。
文化祭初日。天気、快晴―――
春留が危惧したような事件はもちろん起こらず、からっとした秋独特の涼風に花々はのんびりと揺れていた。
早速花壇に集まった部員と自称OBは、テーブルを拭いて白いクロスを掛け、冴季が運ばせた簡易キッチンをセッティングした。
ここまでは良かった。順調そのものだった。しかし客を迎えるための給仕服に着替えたところで、その諍いは勃発した。
「なっ………なんだよその格好は！」
冴季の険しい叫びが、俄か更衣室となった温室内に響き渡った。何事かと覗き込むと、そこには黒いギャルソン服の冴季が髪を逆立てて目の前の泰水を睨んでいた。そして泰水の格好は………
「うわあああ、工藤先輩超可愛い……」
太田と葛西は同時に呟き、同時に後悔した。冴季に鬼の形相で睨まれたからだ。
「お前っ、そんな格好で給仕するつもりなのかッ？」
冴季の怒りが理解できない泰水は、どうしてよいか分からずおろおろしている。それでも冴季の問いに頷いて、「似合わないかな……？」とおそるおそる訊ねた。
泰水が着ているのは、白と黒を基調にしたいわゆる典型的なメイド服。ふんわりパフスリーブに白いミニエプロン。レースのカチューシャ、ニーソックス。ちなみに全て、冴季が購入したものだ。
何で買ってくれたものを着ただけなのにこんなに怒るのか分からず、きっと他に原因があるのだろうと思った泰水は、もう一度「ヘンかな…？」と訊ねた。
「お前………なんで俺が怒ってるか分かってないのか」
「あ、あの……」
「他の男にそのエロい格好を見せて、お前は平気なのか」
「え、えろくなんかないもん！」
泰水は真っ赤な顔で抗議して、冴季をぎりぎりと睨み付けた。
本当は、自分だってこんな格好したくない。でも新入生勧誘の時のように、少しでも目立った格好で人を呼び込むくらいしか、自分が部のためにできることはないのだ。
しかしその想いは冴季には伝わらなかったようだ。泰水の頑なな態度にキレた冴季は、「好きにしろ」と冷たく叩き付けて温室を出ていったのだった。
冴季と泰水の諍いが微妙な翳を落としてはいたが、ともかく準備は整った。一般来場者を迎える時間になると、校舎から離れた花壇にも普段とは違う華やかなざわめきが届いた。
「冴季、ちょっといいか？ 泰水のことなんだが………」
那津は泰水のいない所で冴季を呼び止めた。しかし冴季はうるさそうに払い、
「知るか。もうすぐ客が来る。あいつに構ってる暇はねえよ」
苛立ちを隠さず言い置いて、さっさと行ってしまった。その強張った背中を見送りながら、那津は「やれやれ」と溜息をつく。
見知らぬ人間の相手をせねばならないということで、泰水は面てに出さずとも相当のストレスを抱えているはずだから、注意して見てやってくれと頼むつもりだったのだ。
「仕方ないな……」
ぽそりと呟くと、背後から肩を叩かれた。
「春留先輩……」
春留は柔らかく笑って、
「泰水のことは、取り敢えず俺たちが気を付けていればいい」
「はい、そうですね」
「よおし、開店だ。……那津、去年の分まで頑張ろうぜ」
春留の言葉に、那津は笑顔で頷きを返した。
「お、早速客が来たぞ」
二人は顔を見合わせて頷きを交わし、客を迎えるため花壇に飛び出していった。
園芸部のガーデンテラスは予想を上回る人気ぶりで、部員も自称OBもフル回転で動き回った。
客の中には、去年の事件を覚えていて興味半分で覗きに来た者もいたし、卒業してしまった春留に会えるということで訪れた者もいた。
しかし半数以上が学内ではなく外部からの客で、そしてその中には冴季の知り合いも多かった。いや、精確に言えば元恋人および恋人志願者。これを機会に冴季と縒りを戻したいと秘かに願っている女性ばかりだった。
泰水はすぐそれに気付いたが、努めて意識から追い出して自分の為すべきことに集中した。来てくれた客全員に対し平等に笑顔を振りまき、心を込めて接客する。
メイドコスプレの愛らしさと相俟って、人気も上々だった。“うちの学校にあんな可愛いのいたっけ？”という囁きも聞こえてくる。
そう、これまで泰水は男性への恐怖や人見知りから、自分から華やかな場に出ることもなく、那津の後ろに隠れて俯いていたのだ。そのせいか、人目を惹く可憐な容姿を持っているにもかかわらず、注目を浴びることはなかったのだ。
「メイドさん、すげえ可愛いっすね。名前は？ 一年生だよね？」
「なんか長居したくなっちゃうなあ」
「花畑に似合うね〜。一緒に写真撮ってもらっていいすか？」
次々と声を掛けられて、泰水は戸惑いつつも笑顔で応対した。多少顔は引きつっていたものの、呼び止められれば雑談にも応じた。
そのたびに冴季の額を覆う翳が濃くなっていったが、自分の仕事で精一杯の泰水が気付くはずもなかった。
「泰水、大丈夫か？ 少し休んできていいぞ」
さりげなく声を掛けてくれる那津に「だいじょうぶっ」と返して笑顔を向けたが、それがかなり無理をして拵えた笑顔だという自覚は十分あった。
那津ももちろん気付いていたが、「無理するなよ」と言って頭をぽんぽん撫でるに留めた。泰水が今日にかける意気込みを知っていたから。
泰水はふぅっと息を吐いて、冴季の方へちらと視線を向けた。相変わらず彼の周りは華やかで、ハーレムという時代遅れの表現がぴったりだった。
彼が、園芸部の催しを盛り上げるために彼女らを呼んだことは分かっている。前日にも言われたのだ。明日は昔の女がたくさん来るけれど、お前は気にしなくていいからな、と。でも―――
「皇が園芸部なんて、なんか似合わない〜」
「ねぇ、どうしてそんなのに入ったの？ もっとこう、派手なさあ―――」
「花は綺麗だけどさ、虫とかキモチ悪くない？」
甲高い声で勝手なことを言い散らす彼女らに対し、冴季は咎めることもせず肩を竦めるばかり。
―――何だよッ、お前らなんかに何が分かるんだっ………
泰水は怒りを抑えることができず、険しく尖った視線を彼女らのテーブルへ向ける。するとそれに気付いた一人が、冴季にそっと耳打ちした。
「ねえねえ、何かあの人、こっち凄い睨んでるんだけど」
冴季はちらと一瞥してから、真直ぐ泰水の方へ。そしていつもより数トーン低い声で、
「お前、客に向かってガン飛ばしてんじゃねえよ。ちゃんと仕事しろ」
泰水は萎縮しそうな自分を奮い立たせて、
「それはこっちの台詞。女の子と喋ってばかりいないで、他のお客さんにも平等に応対したら？」
冴季は陰険な笑いで口許を汚して、
「男の相手はお前がすりゃいいだろ？ 可愛いメイドちゃん」
泰水は何か言い返そうとしたが、冴季はさっさと背中を向けて行ってしまった。
「………皇のバカ」
いくら園芸部のためとはいえ、あそこまで女性とベタベタする必要があるのだろうか。もちろん、彼のことは信じている。でもやっぱり、こうして目の前で女性に囲まれているのを見ていると、不安で胸が苦しくなってくるのはどうしようもなくて………
「あの、温室を覗かせてもらいたいのですが」
「え？ は、はいっ」
飛び上がって声のした方へ顔を向けると、三人の男性がこちらを見下ろしていた。全員私服だから、他校の学生だろう。泰水は必死に笑顔を拵えて、「こちらへどうぞ」と案内した。
温室内に入ると三人は「すごいすごい」と口々に感嘆を漏らし、普段は余り目にするこのない花々や、温室の設備について熱心に泰水に訊ねた。
泰水はその一つ一つに丁寧に答えていたが、狭い空間に見知らぬ男性たちといることが、徐々に息苦しくなってきた。やがて四肢が震え、視界に淡い霞みがかかる。
それが彼らのせいではないことは、百も承知。過去を克服できぬ心の弱さが、男性と一緒にいるだけで実体のない恐怖を生み出してしまうのだ。
それでも泰水はふんばった。自分に何度も大丈夫と言い聞かせ、彼らの質問に誠実に答える。
しかし無理をした反動は早々に訪れた。一人が泰水の異常に気付き、「顔色が悪いですよ」と言って顔を覗き込んできた瞬間、恐怖が限界に達した。
「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げ、温室の外へすがるような視線を送る。その先には冴季の姿があったが、忙しく動いていてこちらを見る気配もない。
それは那津も春留も同じことで、泰水は一瞬、自分が世界から一人放り出されたようなリアルな錯覚に襲われた。しかも温室内は蒸し暑く、精神的な息苦しさに拍車をかける。
頭がぼぅっとのぼせて足ががくがく震え出したが、何とか「大丈夫です…」と返してそっと後ずさった。
そんな泰水の様子に三人は顔を見合わせ、申し訳なさそうに眉をたわめて「お忙しいところすみませんでした」と謝った。そして「ありがとうございました」と礼儀正しい挨拶を残して温室から出ていった。
「ごめ…ん……君たちが悪いんじゃないんだ………」
自分の不甲斐なさが怨めしい。あんないい人たちなのに、せっかく温室に興味を持ってくれたのに、きっと嫌な気持ちにさせてしまったに違いない。
「ぼく……が……弱いか…ら………」
額からじわりと冷たい汗がしみ出し、暗くなった視界に七色の星が現れた。泰水はそのままぺたんと座り込み、目尻に涙をにじませながらゆっくり倒れ込んだ。
―――ああ……きもちいい………
額がひんやりして、頬を冷たい風が掠める。泰水はその心地よさに導かれるように、ゆるゆると目を開けた。視界いっぱいに広がるのは、冴季の端整な顔。しかしその顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「こ…お……？ どした…の？」
「泰水、泰水っ」
名前を呼びながら覆いかぶさる冴季。泰水は訳が分からぬながらも、その頭をあやすように優しく撫でた。
「良かった……気が付いたみたいだな」
冴季の身体で見えないけれど、那津も傍にいるようだ。ここで泰水はようやく、自分が温室で倒れたことを思い出した。
「気分はどうだ？ 苦しいところはねえか？」
これは春留の声。泰水は覚束ない声ながらも「だいじょうぶ…」と答えた。そしておそるおそる訊ねる。
「あの……僕はどうしてここに……」
泰水は温室内の長椅子に寝かされていた。冴季は身体を起こして泰水の頬を撫で、「お前の姿が見えないことに那津が気付いたんだ」と悔しそうに言う。自分が先に気付けなかったのが許せないと言わんばかりに。続けて、
「それで温室へ探しに行ったら、お前が倒れているのを見つけた。………寿命が縮まったぞ」
「ご、ごめん……」
肩をすぼめて謝る泰水を、冴季はもう一度抱き締めた。そして、
「……何か、男に嫌なことされたんだろう？ 泰水、正直に言うんだ」
泰水はきゅっと唇を噛み締めて、きっぱりと首を振った。
「違うよ。嫌なことなんてされてない。温室を見せて欲しいって言われて、案内したんだ。とても礼儀正しくていい人たちだったのに、僕の…僕の心が弱いから……未だに過去をずるずる引きずっているからっ………」
「泰水……」
泰水の苦しさ、もどかしさは痛いほど解るが、何と宥めてよいか分からない。冴季はそんな自分への苛立ちを噛み締めた。
「冴季、お前がちゃんとフォローしてやれ」
そんな冴季の苛立ちに気付いているのかいないのか、春留は耳許で囁いて肩をぽんと叩くと、那津を伴って温室から出ていった。
「泰水、悪かった。気付いてやれなくて」
冴季の優しい言葉に涙腺が刺激され、泰水は慌てて感情を引き締めた。きちんと仕事を全うできなかった上、べそべそ泣くなんてみっともない。
「べ、別に謝ることじゃないよっ。皇だって女の子の相手で忙しかったんだし」
言ってしまってから反省する。こんな棘のある言い方するつもりではなかったのに。泰水はかくんと首を折り、
「ごめん……今すごく嫌な言い方しちゃった………」
冴季はフッと目を細め、
「いや、俺が悪かった。お前があの格好で他の男に愛想振りまいてるの見てたら……なんつーかその………まあ早い話が嫉妬だ」
「嫉…妬……？」
「ああ。それでこっちもヤケんなって、わざと女とベタベタしてた」
泰水の頬はあっという間に真っ赤に染まり、スカートの裾を掴んでもじもじする。そして長い睫毛の奥から上目使いで見上げ、
「嫉妬なんて……僕が好きなのは皇だけなのに」
「んあ？ そんなの分かってる。当然だろ？」
「何だよそれっ。自信あり過ぎ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる冴季を睨み付けたが、すぐに肩を落として溜息をつき、
「僕……僕だって本当はこんな格好したくない。でも、僕が部のためにできることといったら、おかしな格好して人寄せパンダになるくらいだから………」
「泰水？ 何言ってるんだお前は―――」
「僕は皇みたいに交友関係も広くないし、紫堂先輩のように人を惹き付ける魅力もない。人見知りで話ベタで男性恐怖症で……。だから目立つ格好をしてお客を呼び込むしかないんだ………」
今度は冴季が溜息をつく番だった。呆れたと言わんばかりに頭を振って、
「魅力がない？ あのなあ、お前はこの俺を、頭脳明晰容姿端麗、女に不自由したことがない完全無欠の俺を、めろめろのへろへろにしちまったんだぜ。それをよくもまあ……」
泰水は頬だけでなく顔全体を茹で上がらせて、
「なっ……そこまで言う？」
「何だよ、事実じゃねえか」
真っ赤な顔のままむすっと黙り込む泰水を、冴季はふわりと抱き締めて、
「だから、お前はそのままでいいんだ。焦らず一歩一歩進んでいけばいい。躓いて倒れたからと言って、自分を卑下する必要なんかこれっぽっちもない。これまでだって、何度も躓いたけれどそこからまた進んできたじゃねえか」
「うん……」
「那津も春留も、お前がどれだけ頑張ってきたか知っている。だから人寄せパンダなんて淋しいこと言うな。俺まで……哀しくなってくる………」
冴季の声が微かに震えた。泰水は慌てて背中に腕を回し、「ごめんね」と心を込めて伝えた。
「泰水、明日はそのメイド服はやめて、俺たちと同じ格好をしろよ。分かったな？」
泰水は胸に顔を押し付けたまま、何度も頷いた。
その翌日、文化祭二日目。泰水は冴季の言う通りメイド服ではなくギャルソンの格好をした。那津も春留もその理由を質すことはなく、ただ「よく似合ってるな」とだけ言った。
二日目も園芸部のガーデンカフェは大盛況だったが、終了間際になって意外な客が訪れた。それは昨日も来た三人組。泰水に温室を案内して欲しいと頼んだ男性たちだった。驚く泰水に三人はにこにこ笑いながら近寄り、
「昨日はありがとうございました」
「あ、いえ、そんな……。えと、ごめんなさい。今日はもう終了時間で……」
「いえ、いいんです。今日はその、お伝えしたいことがありまして」
そう言って三人で頷き合うと、一人が話を始めた。
「俺ら、来年ここを受験するんです。それで下見も兼ねて色々回ってみたのですが、もし受かったら、園芸部に入りたいなあって」
「えっ……？」
「興味のあるクラブの催しを一つ一つ見て回ったのですが、その中でこの園芸部が一番活気があったし、それに何より、先輩がとても熱心に説明してくれました。だからこのクラブに決めようって。でも、」
恥ずかしそうに鼻の頭を掻いて、
「もちろん受かったら、の話ですけどね」
泰水は驚いてぽかんと口を開いたが、すぐにぱぁっと笑顔を咲かせた。
「うんっ、待ってるよ。楽しみにしてるから。それで来年、一緒に花の世話をしようね」
「はいっ」
三人も笑顔で頷いて、手を振りながら帰っていった。泰水も大きく手を振り、彼らの姿が雑木林の向こうに消えるまで見送り続けた。
「やったな、泰水。お前の誠意が通じたんだな」
「すげえな。一気に三人も」
冴季も春留も泰水の傍に駆け寄って、口々にその功績を称えた。泰水も赤くなって照れつつも、嬉しさを隠そうとしない。が、那津だけは複雑な表情で、
「泰水、お前は来年卒業するんだぞ」
「あっ」
「あの三人、お前が三年生だとは思ってもいないだろうな、きっと……」
泰水の笑顔はみるみるうちに膨れてゆく。
「何だよそれッ、僕がチビってこと！？」
「まあ、そういうことだ。どう見てもピカピカの一年生だよな」
「那津のバカッ」
那津の胸をぽかぽか叩く泰水を、冴季は苦笑混じりに眺めながら、
「留年すりゃいいじゃねえか。そうしたら俺ともう一年同じ学校に通えるんだぜ」
「やだっ、留年はやだ！」
「なら、あの三人に嘘ついたことになるよなあ。可哀想に」
「ぅぅ〜〜」
頬を膨らませて黙り込む泰水を、冴季たちは優しく目を細めて見守ったのだった。
（Fin）
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