Each Pain
―痛みを乗り越えて―
春留と那津の場合
花壇を出た二人はしっかり手を繋いだまま、無言のうちに想いを絡ませつつ夜道を歩き、春留の部屋へ帰った。そして簡単に夕食を済ませて入浴を終え、ベッドの上で何をするでもなく無為の時間を過ごしていた。
「先輩、そろそろ休みましょうか」
「ん、ああ……」
那津の促しを受けてもぞもぞと身体を動かし、布団の中に潜り込もうとする。すると那津に背後から抱き締められ、春留は鼓動が速まるのを意識しつつ低い声で抗議した。
「こら、那津。明日は朝から忙しいんだ。もう寝るぞ」
「分かってますよ。でもキスぐらいいいでしょう？ お休みのキス」
春留は「なぁにがお休みのキスだっ」とぶつぶつ言いながらも、那津の方に向き直った。そして挑みかかるように睨み付ける。那津はぷっと吹き出して、
「先輩、喧嘩上等、みたいな顔してますよ」
「うるせ。生まれつきだ」
那津は笑いながら顔を近付け、緩やかな曲線を描いた唇を春留のそれに押し付けた。
「んっ……」
そういうつもりはなかったのに、いつもの条件反射でゆるりと口を開く。その控え目にして甘美な誘いを那津が無視するはずもなく、舌をとろりと差し込んで熱い口内をまさぐった。
春留も積極的に舌を差し出し、たっぷりの唾液と共に絡め合って互いの甘さを味わった。やがてぴちゃ、と音をたてて舌は解かれたが、抱き合った身体は離れようとしない。
しかしこのままでは行為に雪崩れ込んでしまうと思い、春留はゆっくりと抱擁を解いて背中を向け、そのままぽすんと枕に身体を預けた。那津も同様に布団の中に潜り込み、華奢な背中を抱いて耳許で「お休みなさい」と囁いた。
春留は掠れた声で「お休み」と返して目を閉じたが、挨拶にしては濃厚なキスのせいで火照った身体は静まる気配もなく、眠気など遥か彼方。
羊でも数えてやろうかと半ばヤケになった時、腰の辺りに押し付けられた熱い塊の存在に気付いた。
「………おい那津。その熱くて硬いモノはなんだッ」
「何だ、って………言うまでもないでしょう？ 勃起した性―――」
「ば、ばかやろーーーっ。はっきり言うな！」
「すいません。じゃあ、大きくなったアレ、でいいですか？」
「………」
身体を強張らせて黙り込む春留の肩をそっと抱いて、
「大丈夫です。ちゃんと我慢しますから。気にしないで眠ってください」
下半身とは別人格が宿っているのではと疑いたくなるほど穏やかな声でそう言うと、那津はもう一度「お休みなさい」と囁いた。
春留は返事もせずぎゅっと目をつぶって寝ようとしたが、熱い塊が気になって仕方ない。どくん、どくん、と腰に響く鼓動は健気でもあり、雄々しくもあり、愛しさが込み上げてくる。
もちろん愛しさばかりではなく、これに貫かれたいという直截的な欲望も沸き上がって―――
「あああーーーーッ、このバカ那津！ そんなもの押し付けられて寝れるかッ」
「先輩？」
「くっそぉ、やれよほらっ」
春留はがばと起き上がって那津の上に跨がり、パジャマの上を豪快に脱ぎ捨てた。
「え、いいんですか……？」
「いいからやれっ」
那津はぱちぱちと瞬きしてから嬉しそうに何度も頷くと、春留の身体を抱いてそのまま反転させ、上から覆いかぶさった。そして、
「明日の仕事に支障が出ないよう、優しくしますから」
「ふん、別に構わねーよ。そこまでヤワじゃねえ」
「そうですか。では、遠慮なく」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、愛撫への期待からかすでにきゅんと勃ち上がっていた乳首に舌を這わせ、丁寧に舐め始めた。
時折優しく歯を立てて甘咬みしつつ、手は下腹部を撫でてさらに下方へ。柔らかな茂みの中でひくひくと震えるモノに指を絡めて扱く。
「………もう濡れてる」
「う…るせっ………」
その事実を知らしめるように、那津は愛液を弾かせてクチュクチュ音をたててみせる。が、その淫音に自身が煽られてしまい、たまらず春留の下穿きを一気に脱がせた。生まれたままの身体は眩しいほどの造形美で、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「なんで………先輩の身体ってこんなに美味しそうなんですか」
「ばっ……かやろっ」
手で赤くなった顔を隠しつつ、雄々しい言葉を投げ付ける。そのギャップにこそ春留という人間の魅力が凝縮されており、那津は顔がとろんと緩むのを抑えられなかった。
しかしあんまり阿呆づらを晒すのもみっともないと努めて顔を引き締め、春留の足を大きく開かせる。たっぷり濡らした指をくにゅくにゅと屈伸させつつ押し込むと、への字に固く結ばれていた春留の唇がとろけて「ぁぁ…ン」と鳴いた。
「せんぱい………その声は反則です」
「な…にがっ………」
「挿れます。我慢できない」
身体を覆うものを全て脱ぎ捨てて改めて組み敷くと、腹の皮膚が火傷しそうなほど熱く勃ち上がった陰茎で、春留の柔らかな身体をみしみしと裂いていった。
下半身ごと持っていかれそうな快感に、那津は思わず顔をしかめる。が、何とか弾けることなく最後まで押し込むことができた。はあと大きく息を吐いて肩を上下させ、自分が貫いている愛しい蜜花を改めて見下ろす。
「春留……せんぱい………」
そっと名前を呼ぶと、苦しそうに横を向いてシーツを掴んでいた春留がゆるゆると上を向いた。
その双眸には涙が溜まっている。生理的な涙だと分かっていても、微かな胸の痛みは消せない。那津は本格的な注挿に入る前に、身体をゆっくり倒して抱き締めた。
「那津………那津っ………」
すがるように抱き返す春留にいつもと違う何かを感じた那津は、耳許に唇を押し付けて、
「先輩、まだ……明日の朝が恐いですか？」
「こ、こわくねーよっ」
「本当に？ 正直に言っていいんですよ」
「…………」
すると春留は那津の背中に爪を立て、ぽつりと返した。
「恐い、恐いよ、那津……」
「先輩……」
「でも大丈夫だ。これは……俺の心の弱さが生んだ恐怖なんだから……」
那津は抱き締める腕に力を込めると、「必ず克服できます」と言ってゆったりと腰を動かし始めた。たとえ僅かなひとときでも、性の交わりが生む快感で恐怖を忘れることができるよう願いながら。
翌朝。天気、快晴―――
二人は無言のまま部屋を出て、学校へ向かった。週末の午前中ということで人通りも疎らだったが、学校に近付くにつれて喧騒も濃くなっていった。
正門の周りにはすでに他校の生徒も集まっており、遠くからでも華やかで浮き立った空気が感じられる。
しかし二人は正門を通り過ぎ、裏門へ回る。そして敷地内に入ると、花壇へ続く雑木林に足を踏み入れた。が、春留はいきなり立ち止まってそっと顔を背ける。
「……先輩？」
「お前……先に行け」
春留の躊躇も理解できる。去年の同じ日、雑木林を抜けて見えた光景を思い出すと足が竦む。切り裂かれ骨組みだけになった温室、ぐしゃぐしゃに踏み潰され地面で喘いでいた花―――
「いえ、一緒に行きましょう」
それでもやはり、ここで足を止めてはいけないのだ。那津は春留の手を取ってぐいと引いた。が、春留は頑に首を振って動こうとしない。
「……仕方ありませんね。ではっ」
那津は手を離して春留の背中と腰に腕を回し、そのまま抱き上げた。そして驚いて絶句する春留に構わず、雑木林の中を駆け出した。
「ちょっ……待てっ！ バカ那津ッ、下ろせーーー！」
「いやでーーーす」
「下ろせっ、下ろせってこのぉっ………」
腕の中でじたばたと暴れる春留をめっと睨んで、
「危ないですよ。大人しくしててください」
そしてついに雑木林の終わりが見えてきた。
「先輩！ ほらっ」
木々の隙間から眩い光が射し込む。その光の中に飛び込んだ那津は、明るい声で叫んだ。春留は那津の首に腕を絡めたまま、「ああ……」と静かな歓喜の声を上げる。
「花が……きれいだ、とても………」
「温室もぴかぴかですよ」
那津は抱いていた身体をそっと下ろし、笑顔と共に手を差し伸べた。春留がその手を掴むと、二人はそのまま斜面を駆け下りた。そして真直ぐ花壇へ向かう。
秋風にそよそよと揺られるコスモスを愛おしげに撫でる春留。一歩引いてその背中を眺めていた那津は、優しく目を細めて、
「俺の言った通りでしょう？」
春留は黙って頷く。
「もう、心配は要りません」
肩を丸め、目をこすりながら頷く。
「これでようやく克服できたんです。俺もあなたも」
那津はそう言って、まだ目をこすっている春留の肩をふわりと抱いた。
「だからもう、過去を振り返るのはやめましょう。ほら、可愛い部員たちが来ましたよ。涙をふいて。あいつらにあなたの涙は見せたくない」
冗談と本気が半々の口調でそう言う那津に「ばかやろ…」と返し、春留はぐいと涙を拭った。すると背後から明るい声が降ってきた。
「あっ、那津ぅ、紫堂せんぱーい、もう来てたんだ。早いね〜」
「ああ、俺たちも今来たところなんだ」
こちらへ駆け寄る泰水と冴季、そして太田と葛西たち部員に那津は笑顔を返し、
「さぁて、準備だな。天気もいいし、今日は一日忙しくなるぞ」
「まっかせて。がんばるから！ ほら、みんなぼーっとしてないで準備準備」
「泰水、張り切りすぎてコケるなよ」
「何だよ！ 僕はそんな鈍臭くないもんっ、皇のバカ！」
早速言い合いを始めた泰水と冴季を苦笑混じりで眺めつつ、春留の肩を叩いて、
「さ、俺たちも準備しましょう」
「ああ、そうだな」
そう言って微笑む春留の顔に、怯えの昏い翳はもはやなかった。今日はきっと素晴らしい一日になる、そんな予感に満たされながら、二人はテーブルセッティングを始めたのだった。
（Fin）
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