ハルとナツの奏鳴曲
―Sonata for HARU and NATSU―
８.
夏休みは嫌いだった。
周りの友人たちはみな、小学生のころは待ち遠しくてあっという間に過ぎていったよなあと懐古的な口調で呟きつつ、予備校の夏期講習へ通う。
しかし春留の夏休みの楽しい思い出は、小学校３年生で止まっていた。それ以降は、ただ家にいるのが嫌で一人で公園や図書館へ逃げ込み、うんざりするほど長い１日を耐え忍んでいたという思い出ばかり。
あの頃に比べれば、受験勉強に追われる今の方がやることがあるだけずっとマシだった。
春から夏にかけて色んな出会いがあり、色んな経験をした。その反動なのか、夏休みに入るといきなり単調な毎日で、日々が穏やかに過ぎていった。
春留は十日間の集中的な夏期講習を受けただけで、あとは家で自分のペースを維持しつつ順調に受験準備を進めていった。
そうして、夏休みの半分ほどが過ぎた頃だった。悪夢の始まりを告げる１本の電話が、春留の家にかかってきたのは。
「電話？ 珍しいな……」
高校入学と共にこの部屋で一人暮らしを始めた春留は、特に必要も感じなかったけれど一応電話を引いた。
しかしベルが鳴ることは滅多になく、基本料金がもったいないからそろそろ解約しようかと考えていたところだった。その電話が何週間かぶりに鳴ったのだから、訝るのも無理なかった。
「はい、紫堂です」
次の瞬間、春留の眉間に縦皺が刻まれる。相手は惣領だった。電話を取ったことを後悔しつつ、「何の用だ」とつっけんどんに応答する。しかし氷の面ては徐々に蒼褪めていった。こくりと喉を鳴らし、
「てめえ……ふざけたことをっ―――」
何を言っても、どんな罵声を浴びせても無駄だとは分かっていた。相手は、人間らしい感情の磨滅した権力の化け物なのだ。ただ、春留を征服することのみに執着を燃やすチンケな専制君主。
「………分かった。今すぐ行く」
春留は覚悟を決めて静かに言い置くと、そっと受話器を戻した。手が微かに震えていたが、惣領に会うまでには冷静さを取り戻す自信があった。
―――守ってみせる、何があっても
誰にともなく誓言を立てると、春留は外出の仕度を始めた。
「すげ……本当に来たぜ………」
「まさかとは思ったが、惣領の言う通りだったな」
惣領が指定してきた場所は、他ならぬ那津の温室だった。もう二度と訪れることはないと思っていた場所。
扉にもたれかかり、惣領とその腰巾着、生徒会の前副会長と書記という名の雑用係り計三人が、にやにや笑いながら春留を迎えた。対して春留は冷たく澄み渡った表情を向け、
「相変わらずだな。取り巻きと一緒でないと脅迫もできねえのか」
「相変わらずだな。どんな苦境に立たされても態度を変えない。さすがだよ」
春留はふんと鼻を鳴らし、「さっさと用件を言え」と吐き捨てた。惣領は笑みを深めて傍らのポリタンクを指し示し、
「ここにあるのはあくまで予備だ。さっき、タンク１つ分の灯油を温室の北側に撒いておいた。君の返事次第では、この温室は焔に包まれ中の花もろとも焼け落ちるだろう」
春留は全く表情を変えず、「で、条件は」と鋭く問う。惣領は間髪入れず「春留の所有権」と答えた。春留はククッとこもった笑いを返し、
「お前らしい言葉だ。権力の亡者め」
「どういたしまして。で、返事は？」
「やるよ。好きにしろ」
他の二人はともかく、惣領はもう驚かなかった。予想通りの答え。しかし嫉妬心は別だった。鳩尾からむらむらとどす黒い感情が湧き上がり、存在自体を染め上げてゆく。
そこまでして、自分を犠牲にしてまで守りたいものがあるのか。そしてそれが、このちっぽけな温室だというのか―――
「……ではまず、その美しい容れ物からいただくとしようか。異存はないな？」
「いちいち訊くなよ、うざってえ。好きにしろと言ったはずだ」
惣領はきりきりと眉を吊り上げた。紫堂春留とはどういう人間か、分かっているつもりだった。野卑な欲望の眼差しを一身に浴びながらも、常に気高く凛然と孤立する。何があっても泣いて許しを乞うことなど、決してないと。
しかし今、完全に自分が優位にあるはずのこの状況下で、砂のような敗北感を噛み締めている。それが惣領には解せなかったし、そんな自分が許せなかった、惨めですらあった。
「……それでは、温室の中に入れ。ベッド代わりにちょうどいい長椅子がある。本当は極上の天蓋付きベッドでも用意したいところだが、明神の育てた花たちに囲まれて犯された方が君も嬉しいだろう？」
なるほど、こいつの下衆ぶりもここまできたかと喉の奥でうなりつつ、春留はちらと肩を竦めた。
「あいつのことだ、夏休みだからって花の世話を怠ることはないだろう。見つかったら面倒なことになるぜ」
「おや、知らないのか？ 今明神は、可愛らしい幼馴染みと楽しい旅行中だ。さすがに旅行の合間を縫って、世話をしに来ることはないだろう」
「……そうか。確かにそこまではしねえだろうな」
二人が旅行中と聞いて、春留はほっと安堵した。それなら、惣領とヤッているところを見られる恐れはない。
ただ、那津の楽園を穢してしまうことだけが心苦しかったが、燃やされて灰になるよりマシだと自分に言い聞かせた。
「で、俺の相手はお前だけか？ そこでみっともなく前を膨らませてる腰巾着も、まとめて相手してやってもいいぜ」
案の定、惣領は不愉快そうに顔を歪めて「冗談じゃない」と吐き捨てた。
「僕のものをこんな奴らに触らせるなんてっ。いいか春留。君は僕のものだ、僕だけのものなんだっ」
「ああそうかい。分かったからそんなムキになるなよ」
やっぱりこいつは、永遠に駄々を捏ね続ける我がままなガキだなと春留は独りごちて、黄昏が侵蝕し始めた温室の中へ入っていった。
「んっ………ぅ、ぅ…………」
尻の奥を異物に掻き回される感触に、春留は低くうめいて眉をしかめる。普段が余り感情を露わにしないだけに、そんな僅かな反応にすら、男たちは興奮して鼻息を荒くする。
「春留……綺麗だ、とても綺麗だよ………」
下半身だけ生まれたままの姿を晒し、長椅子の上に寝かされた春留の上に惣領が覆いかぶさっている。そして脚を大きく開かせ、これまで何度も夢に見た秘部を指で嬲っていた。
すでに日の落ちた温室内は暗いため、わざわざスタンドライトを持ち込んで、春留のその部分がよく見えるよう照らされている。
「ずい分……柔らかくなってきた。ほら、こんな音が出るくらいに」
惣領は埋め込んだ３本の指を、内部でぐりぐりと回した。するとヌチャ、と粘っこい音が漏れ聞こえ、充血した花びらがくにゅくにゅと蠢いた。
惣領はもちろん、傍観者を強いられている二人もごくりと喉を鳴らす。
「そろそろ……いただくとするか」
惣領はいったん指を抜き、前を寛げて下着ごと脱ぎ捨てた。涎を垂らして天井を睨むモノを見せ付けて、
「どうだい？ 今からこれに貫かれるんだ。感想は？」
「思ったよりデカい、とでも言って欲しいのか？」
あくまでいつもの冷静さを失わない春留に、惣領のこめかみはビクビクと脈打つ。
「口の減らない女王様だ。せめて優しく扱ってやろうと思ったが、少しお灸を据える必要がありそうだな」
苛立ちを剥き出しにした口調でそう言うと、春留の脚を抱え上げて身体を二つ折りにした。そして谷間の奥で艶めく誘いをかける紅い潤みに、限界を超えて勃起した自身を勢いよく沈めていった。
「ぅぁっ………ぁ、ぁぁぁぁッ……………」
さすがの春留も、熱く太い塊による圧迫感に声を上げる。惣領が腰を上下させて注挿を始めると、生理的な快感から逃れることは難しかった。下肢を小刻みに震わせ、勃ち上がった性器の先端からは濃厚な愛液が滴る。
しかし惣領の方がさらに大きな快楽に襲われていることは明らかで、春留を嬲る言葉も忘れ、喉を鳴らしてひたすら注挿に没頭する。
傍観者二人も前を広げ、犯される春留を眺めながら自慰に耽っていた。やがて―――
「ぅっ………ぐ、ふ…………」
惣領はうめきつつ腰の動きを止め、春留の中に射精した。下肢をぶるぶる震わせて、長い放出を遂げる。
「ハッ……ハァ………す…ごい……春留、君の尻は……最高だ………」
惣領は早漏かと悪態をついてやりたかったが、その必要はなかったようだ。春留がまだ達していないことに気付いた惣領は、屈辱的な表情を浮かべて奥歯を噛み締めた。
「どう……したんだ？ 惣領。そんな顔して………」
春留の皮肉を込めた問いにひと言「黙れ」と返し、惣領は再び打ち込み始めた。一度放出したことで少し余裕ができたのか、作為的な嗤笑をこしらえ、
「君のココは……正直だな。気持ちいいんだろう？ ギリギリ締め付けてくるよ……」
そう言って、ほぼ垂直の角度で上からぐぶっと深く埋め込む。
「んあッ、ァ、ァッ………」
春留は腰をぴちぴちと跳ね上げ、意志に反して快感を訴えた。結合部からは、惣領の注ぎ込んだ精液が小さな気泡を伴って溢れ、春留の性器から下腹部を舐める。
惣領は満足そうに目を細めると、手を伸ばして春留のカッターシャツを捲り上げた。露わになった白皙の胸は、微かに汗ばんで妖しい光沢を放つ。
眩い素肌を手のひらで撫で回し、ツンと勃ち上がった紅い乳首を指で押し潰すと、蜜壷がきゅぅっと収縮した。
「うっ………なんて淫らな……肉なんだ………」
惣領はうっとりと呟き、緩やかな注挿を再開する。濡れた肌と肌がぶつかる音に春留の掠れた喘ぎがかぶさり、この上なく官能的な響きをもたらす。
溢れた精液が蛇行しつつ春留の胸に到達したのを目にした瞬間、惣領の情欲が臨界点に達した。ガツガツと狂ったように腰を打ちつけて、春留の奥を乱暴に穿つ。
「ヒァッ……ァ、ァァ…………ぁぁぁーーーーッ」
春留は痛ましい悲鳴を上げて白濁を飛ばし、と同時に惣領の二度目の精を受け止めた。
「ハァッ、ハッ、ハ………ハハハハハ…………」
惣領は半開きの口から狂笑を垂れ流し、春留が放出した精液を指ですくって味わった。
それから惣領は体位を変えてしつこく春留を犯し、「また明日な」と言い残して温室を去っていった。
時間と場所を告げる電話をするから、必ず３コール以内に出ろ。さもなくばすぐ温室に火を放つ―――惣領の命令に従い、春留は電話が鳴るとすぐに出て、了承を伝えた。時間は今すぐ、場所は生徒会室。
このままでいいとは、春留も考えていなかった。いずれ癇癪を起こした惣領が、約束を反故にして温室に火をを放つのは目に見えている。
かと言って、警察や学校に訴えたところで、今の段階では何もしてくれまい。火を付けられたのならともかく、脅迫されているというだけでは取り合ってもらえない。それに、相手は普通の生徒ではない。惣領なのだ。
何とかしなければ、そう呟きながらも、春留は惣領の言うなりになるしかない自分を自覚していた。こんな戯れがいつまで続くのか分からないが、気の済むまで好きにやればいいと思っていた。
それが本心なのか、自分でも分からぬまま。
そうして今日、生徒会室に呼ばれた春留は昨日同様下半身だけ剥かれて、ソファに座った惣領の前に跪き、口と手による奉仕を強要されていた。
そそり立つ惣領の陰茎を咥え込み、根元を扱きながら舌を絡めて吸い上げる。「うっ」といううめきと共に生温かい先走りが口内に溢れる。惣領の「全部飲めよ」という命令の通り、春留は喉を鳴らして飲み干した。
惣領は春留の髪に指を滑り込ませ、頭を撫でながら「なかなかのテクじゃないか」と嗤う。腰巾着二人は相変わらず傍観を強いられ、虚しさを噛み締めつつ自身を慰めていた。
冷静に考えれば、この二人がここにいる必要はない。見られると余計に興奮するという性癖が、惣領にあるとも思えない。
春留は口による奉仕をしつつ、こいつは俺のことを恐れているんだな、と結論づけた。
恐らく惣領は１対１になった時、春留を御する自信がないのだろう。だからこうして第三者を傍に置いているのだ。
「ぅぅっ………そろそろ君の尻が欲しくなってきた。春留、壁に手を付いて腰を突き出せ」
春留は言われた通り立ち上がり、壁に向かい合わせて手を付いた。そして背中を反らせて腰をきゅぅんと突き出す。小ぶりながら、白くて艶やかな双丘が目の前に差し出され、惣領はみっともなく呼吸を乱した。
もどかしげにローションの蓋を開け、中身をじかに振りかける。そして指をまとめて２本突っ込むと、乱暴に掻き回した。
すでにこの刺激に馴らされてしまったのか、春留の秘孔はクチュリと蕩けて惣領の指に絡み付く。
「はは……あっという間に熟したぞ。この淫乱」
惣領は精一杯の強がりとしか聞こえぬ悪態を叩き付け、先走りと春留の唾液でグロテスクな光沢を放つ一物を尻の谷間に据えた。
そして両手で左右に割り開き、微かに腫れた綻びかけの蕾が自身を呑み込んでゆくさまに嬉々として眺め入る。
「ああ……すごいよ、春留。君の淫らな口が……僕のモノをおいしそうに呑み込んでる………」
「んっ……んぅっ……ぅ、ぅっ………」
春留は壁に爪を立て、内臓ごと押し上げるような圧迫感に耐える。根元まで埋め込んだ惣領は身体をぴったり密着させ、春留のシャツを捲り上げて乳首の先端をぬるぬる撫でた。さらに耳に口を近付け、舌を挿し込んでねっとりとなぶる。
「んあっ、あっ、あぁん………」
あらゆる性感帯を弄られて、濡れた唇から甘い喘ぎがとろとろとこぼれる。惣領は身体を起こして舌なめずりをし、じらすようにゆっくり抜き差しを始めた。
ぬぷ、ぬぷ、と粘膜がこすれ合う音に連動して、充血した花びらが捲れ返る。その色と質感に食欲にも似た情欲の高まりを覚えた惣領は、明らさまに唾液を嚥下した。
「すげ………いやらしい…………」
傍観者二人も同様に喉を鳴らし、熟した結合部に見入る。惣領は二人に見せ付けるためか、ゆっくりと先端ぎりぎりまで腰を引いて、次の瞬間ぐちゅっと音をたてて勢いよく押し込んだ。
しかし徐々に惣領の動きは激しさを増し、もう二人を意識する余裕もなくなると、あとは春留の柔肉を味わうことだけに没頭した。
ほとんど爪先立ちになった春留は、半開きの口から涎と爛れた母音だけをこぼして惣領の突き上げを受け入れる。やがて甲高い悲鳴を上げ、壁に向かって射精した。
惣領は尻が潰れるほど強く股間を押し付けて、両手で春留の腰をがっしり掴み、小刻みに揺らしながら延々と注ぎ込んだ。
「……我ながら、すごい量だ」
自慢げに呟くと、腰を引いてズルリと抜いた。そして弛緩した春留の身体を抱き上げて、ソファの上に横たえる。
「可愛い……僕の春留。愛してるよ」
惣領のふざけているとしか思えない告白を受けて、激しい交合の余韻で濁っていた春留の瞳があっという間に澄み渡る。感情を覚らせない氷の眼差しで惣領を見据え、「そりゃどうも」と答えた。
途端に惣領の顔付きは険しい翳を帯び始める。禍々しい嗤いを浮かべて、
「僕が愛してると言ったんだ。僕の所有物、ペットである君が同じ言葉を返さないのは―――」
「愛してる。これでいいのか？」
春留はためらいも見せず答えると、愉快そうに鼻を鳴らした。
こんな言葉に、何の価値があるというのか。愛してもいない相手にそんなこと言えないと、自分がさめざめと涙を流すとでも思っていたのだろうか。
強張った表情のまま自分を見下ろす惣領に向かい、
「何度でも言ってやるよ。惣領、愛してる。愛してる愛してる愛してる愛してる―――」
「ふざけるなッ」
惣領は手を振り上げて、春留の頬を力任せに張った。口の端から鮮血がひと筋滴ったが、春留は拭うこともなく、顔を歪めることもなく透徹した視線で惣領を突き刺す。
ああ、まただ。この敗北感。覆すことのできない主従関係を築いたはずなのに―――
「……その強さが、君の命取りになるんだよ、春留」
惣領は強い毒性を孕んだ低音で静かに言い置くと、ポケットから小さな瓶を取り出して酷薄な笑みを浮かべた―――
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