「あっ、純！ おっはよ〜。なあなあ、連休何してたぁ？」
降り注ぐ陽光のように明るく朗らかな声で呼びかけつつ、直がぱたぱたと近付いてきた。いつもなら、にっこり微笑んで「あのね、昨日は…」と楽しげに話してくれる純なのに、何故か今朝はどんより沈んでいる。
「ほえ？……純？」
勢いを削がれた直はぴたりと立ち止まって、ちょんと首を傾げる。しかし純はその前を、上半身を動かさず固定したままそろそろと歩いて通り過ぎ、自分の席に向かった。まるで、自分の周囲に空気の波風を立てぬよう細心の注意を払うかのように。
そして椅子を引き、そおっと腰を落として座る。そしてようやく人心地ついたのか、ほぅっと息を吐いた。
その振る舞いには謎があるものの、休み明けの純がこういう暗雲をしょっている時の原因は明らかだった。直は机に肘をついて純の顔を覗き込み、
「なあなあ、尭村さんと喧嘩したのか？」
「……違う」
「あ、そっか。喧嘩じゃなくて、尭村さんが一方的にブチ切れたんだ。つまりはいつものパターンというワケだな」
いかにも事情通ぶって、一人でうんうん頷く直。しかし純はぷっくり膨れて首を振り、
「喧嘩なんかしてない。らぶらぶだもん」
らぶらぶが聞いて呆れるような不貞腐れた口調で、投げ遺りに言い放った。直は小さく肩を竦め、心の中で“だめだこりゃ”と呟く。
きっと、ほんのささいなことから一方的にキレられ、そして一方的にお仕置きされたのだろう。喧嘩というより戯れの延長に近いと純も分かってはいるが、何となく納得できずにこんな膨れっ面をしているに違いない。
「犬も喰わない、かぁ」
思わず本音を呟いてしまった直を純はじろりと睨み、薄手のジャケットをそおっと脱いだ。そして同じく慎重に身体をひねって椅子の背もたれに掛けると、再びそろそろと前に向き直ってふうと安堵の息を吐いた。
すると秀が近寄って心配そうに眉を撓め、
「純、どこか怪我してるんじゃないか？」
純はぴくんと震えて頭だけ小さく振り、
「……怪我なんてしてないですっ」
こういう時の純は案外強情だと知っている秀は、「そうか」とあっさり引いて、
「いや、なんか傷に触らないようにしてるのかと思ってな。怪我してないならいいんだ」
そう言ってふわりと笑う。純は微かに頬を染めて俯いたまま、
「心配してくれてありがと……」
不貞腐れつつもちゃんとお礼を言う。そんな純の真面目さが可愛くて、秀は笑みを深め「どういたしまして」と答えた。
一限目の授業が終わる頃には、純の身体の強張りもずいぶんほぐれてきた様子で、直の言葉にいつもの笑顔で応じるようになった。
「あ、純ー。次の英訳当たるんだぁ。答え合わせさして〜」
「うん、いいよぉ」
純はもそもそと机の中を漁り、英語のノートを取り出す。そして直に渡そうと手を伸ばした瞬間、
「ぁっ………ぁ、ん…………」
絹のシーツに覆われたダブルベッドの上が相応しいような、淫靡な光沢を帯びた声で切なく悶える。と同時に掴んでいたノートをぱさりと落とし、腰を婀娜っぽくひねった。
「じ、じゅん…？」
直は訳が分からないながらも強烈な色気に当てられて頬を染め、幼馴染みの媚態にぽかんと見入る。
対して純は頬どころか首筋まで真っ赤になってがばと立ち上がり、両手で顔を覆ったまま教室を飛び出した。
「お、おおーい、じゅん〜〜」
呼びかけても振り向くことなく、凄い勢いで廊下を走ってあっという間に見えなくなった。直は幼馴染みの奇怪な行動に首を傾げつつ、十中八九純の異変の原因と思われる男の許へ向かった。
「あ？ 純の様子がおかしい？」
この男がちらと眉根を寄せただけで、取り巻く空気の質感が変わる。物騒なほど研ぎ澄まされた美貌はさらに剣呑さを増し、空気の粒子まで凍らせるのだ。
しかし、自分も含め美しいものに慣れっこになっている直は普段と変わらぬ口調で、
「はい〜。なんか、朝から動きがヘンだし。それに―――」
さっき起きたことを簡単に説明した。すると尭村は腕を組み、真剣な表情で黙考を始めた。息を詰めて見守る直。やがて尭村は神妙な声で、
「もしかして……発情期かもしれねえな」
「は…つじょうき……？ って、あの、猫とか犬とかがムラムラっとする……」
「別に、犬猫に限ったことじゃないぜ。頻度や期間に違いはあるが、動物にはみんな発情期がある。人間だって所詮動物だ。発情期があったっておかしくねえよ」
「そ、そか……。確かに今は春だし……」
万年発情期みたいな男の前で、直は深く納得した様子で何度も頷いた。そして心配そうに尭村を見上げ、
「じゃあ、どうしたらいいんですか？」
「そうだな。抑えようとしたらつらいだけだから、思いきり発散させてやるべきだろうな」
「発散、て……」
「まあ、それは俺に任せておけ。じゃあな」
尭村はさらりとそう言うと、純を探しに行った。その口許には形容し難い、というか“いやらしい”としか形容しようのない笑みが浮かんでいたが、直がそれに気付くことはなかった。
木立の向こうに、背中を丸めて座るちんまりした姿が見えた。尭村はやっぱりなと口に出さず呟いて、足音をたてず近付いた。そしていつもよりひと回り小さく見える背中にそっと触れ、
「こんなところでサボりか？ いい度胸してるな」
自分のことは棚上げで追及する。純はぴくんと顔を上げたがすぐに俯いて、「も…教室に戻ります」と不貞腐れた声で答えた。尭村は立ったまま、
「沖が心配してたぞ。お前の様子がおかしいって」
「な、なんでもないですっ」
「ふ…ん、なんでもない、ねえ……」
尭村は隣に座らず、何故か純の背後に膝をついた。そして両手を回して抱き締める。純は「ひゃっ」と悲鳴を上げて突然の拘束から逃れようともがいた。
「い、いやッ、離してください！」
「どうしたんだよ。いつもしてることだろ？ なあ……」
暴れる身体を難なく押さえ付け、耳許でねっとりと囁く。そしてシャツの上から指先をすっと滑らせた。途端に純は先刻のように腰をくねらせ、甘く掠れた声で鳴いた。
「ゃっ……ぁ、ぁぁ…ん………」
尭村は唇を歪めて会心の笑みを浮かべ、
「分かってるよ。春だからな。発情期だろ？」
「なっ、なにゆって………ゃっ…ぁ、ん………」
「ちょっと触れただけでもこんなに悶えて。さっきは教室でも嫌らしく鳴いたそうじゃねえか。大勢の目の前で発情するなんて、とんでもないヤツだ」
「ち、ちがいますっ。そんなんじゃないもん！」
必死に否定する純の身体を押し倒して、「じゃあ何だよ」と楽しげに追及する。純はもじもじと腰をくねらせるだけだったが、尭村に「やっぱり発情期だな」と決め付けられて観念したのか、自らシャツの裾を掴んで大きく捲り上げた。
青々と繁る芝生と雪原の如き素肌とのコントラストに、尭村は眩しそうに目を細める。しかしすぐに、白い胸の上で生々しいまでに赤く膨れ上がった乳首へ吸い寄せられた。尭村はちらと舌を舐め、
「なるほど、原因はこれか」
さもたった今気付いたかのように呟いて、指先でちょんと弾いた。すると純は、きつく張られた弦のように全身を震わせ、唇で甘く淫らな響きを奏でた。
尭村は執拗に指で弄りながら、
「俺が昨夜、ココを散々舐めて吸ったからな。可哀想に、こんな真っ赤に腫れて……」
とても反省しているようには聞こえない浮かれた声でそう言うと、ぎゅっと押し潰した。純はさっきより甲高い悲鳴を上げ、涙膜で覆われた瞳で睨みつつ、
「ばかぁ、誰のせいで……」
「ん？ 俺のせいだろ？ 当然だ」
指に揉まれゼリーのようにぷるんぷるんと揺れる赤い実を、今度は唇で食みつつ、
「純……気持ちよかったか？ こことシャツが擦れ合って、そのせいで悶えたんだろ？」
「あ……やめ……おねが、い……も、苛めないでぇ………」
唇で咥えたまま喋っているせいで、歯や吐息が当たって痛みとむず痒さをもたらす。もちろんそれは快楽に直結した痛みで、鳩尾の奥で何かがじゅわじゅわと蠢き始めていた。
胸に吸い付いたままの尭村に実力行使を決めた純は、手を伸ばして頭を押し戻そうとした。が、それに先んじて股間をズボンの上から揉まれ、図らずも甘い声を上げてしまった。
「教室で痴態を晒すなんて、本当にいやらしい奴だな。どうせここももう濡れてんだろ？」
尭村は尚も双つの実に歯を立て舌を這わせながら、微かに盛り上がった股間をきゅっきゅっと掴む。純はいやいやと首を振って、
「ぬれて……なんかないです！」
「そうか。なら確かめてみよう」
尭村は言うが早いかジッパーを下ろし、乱暴に手を突っ込んで純のモノをじかに触った。想像通りのとろけ具合に目を細め、
「何だよこれ。ぐしょぐしょだぞ。おまけにすげえ熱い。ほら、聞こえるか？」
手で掴んで上下に滑らせると、クチュクチュと粘液が擦れる音が聞こえた。
「んぇっ………ェッ、ェェッ………ばかぁ…………」
もはや身体での抵抗は諦めたのか、柔らかな芝生をすがるように掴んですすり泣きを漏らす。鼻をすすり上げるたびに、元凶とも言える双つの突起がふるんと揺れた。尭村はその愛らしくも淫靡な景色を眺めながら、純の下穿きを全て脱がせた。
昨夜何度も愛撫したにもかかわらず、相変わらず天衣無縫の滑らかさと絹の光沢を見せつける下肢に強烈な性欲を催し、ごくりと喉を鳴らした。
尭村の高まりを敏感に察知した純は怯えた眼差しを向け、
「いやぁ……こんなとこで………」
この段階になって尭村が止めたことなどないと分かってはいても、羞恥心に耐え切れずつい無駄な抵抗をしてしまう。膝をぴったり合わせて起き上がろうとしたが、案の定脚を掴まれ大きく広げられた。
とろとろと滴る愛液が蕾に降りかかり、生々しい光沢を晒す。尭村は脚の間に身体を差し入れ、濡れた蕾をぬるぬる撫でながら指を一本、二本と埋め込んでいった。
さらに片手を胸に伸ばし、微かに盛り上がった乳輪ごと指で挟んでコリコリと捏ねた。純は痛ましいほど切実な悲鳴を上げて、全身を波打たせる。涙で喉を詰まらせつつ、
「おね…が…ぃ……ゆるしてぇ………」
聞く者の心を否応なく揺さぶる哀訴も、尭村の獣慾を煽るものでしかなく。
「駄目だ。お前は教室で嫌らしく悶えた上、俺に嘘をついたんだぜ。許すわけにはいかねえな」
純はとろんとした眼差しで見つめ、
「ゆるして……くれないの？ じゃあ……いじめて………」
予想外の囁きに尭村は一瞬固まる。対して純は誘うように腰を持ち上げてとろけた蕾を晒し、
「いっぱいいじめて……ね？」
尭村は精一杯の皮肉を込めて「やっぱり発情期だな」と呟き、欲望の汁を先端まで漲らせた自身をぐぶぐぶ音をたてて沈めていった―――
その頃教室では―――
「なあなあ、秀、知ってるか？ 人間にも発情期ってあるんだぜ」
「…………は？」
「やっぱ春と秋にはムラムラするものなのかなぁ。俺は実感ないけどなあ。秀はどうだ？」
「………お前、尭村さんに何を吹き込まれてきたんだ」
「え？ 純は今、発情期なんだろうって………」
秀は深い溜息をついて、発情期とは永遠に縁のなさそうな兄の頭をぽんぽんと撫でたのだった。
（Fin） |