小虎・其の三
―大虎？―
「透麻さん、今夜はもうお仕事終わりですか？」
夕食後、ソファでゆったりと寛いでいるところに、游月がそおっと訊ねてきた。透麻はにっこり笑って、
「ええ。このところ根詰めてやっていたので、のんびりするつもりです。もうパソコンの電源も落としました」
游月は「わあ、良かったぁ」と笑顔全開で答えると、キッチンから一升瓶を抱えて持ってきた。そしてラベルを透麻の方へ向けて、
「このお酒、今日実家から送ってきたんです。有名な銘柄ではないけれど、無農薬のお米を使っていてとっても美味しいから、って」
透麻は「ほぅ」と感心したように声を上げてラベルを撫で、
「嬉しいですね。游月のお父さんの愛情を感じます。せっかくですから頂きましょうか」
「はいっ」
游月は一升瓶を抱えたまま元気いっぱい頷くと、再びキッチンへ。そして切り子硝子のとっくりになみなみと酒を注ぎ、お揃いのお猪口と一緒に運んできた。
「お父さんが言うには、このお酒はお燗をせずに冷酒のまま呑んだ方が美味しいって」
「なるほど。では、お父さんの勧めに従ってこのまま頂きましょう」
二人は硝子の縁をカチン、と合わせて、清々しい醺香を漂わせている液体を口の中に含んだ。
「ふわぁぁ……おいしい………」
「きりっとしているのにまろやかで、微かな甘みが残る……。素晴らしい味わいですね」
各々の個性が窺える感想を口にしつつ、ひと口、またひと口と流し込む。
「んふっ………なんだか酔っ払っちゃいそう…………」
ほんのり色づいた頬に手のひらを当て、潤んだ瞳を透麻に向ける。その艶めく風情に目を細めて見入りつつ、
「いいですよ、酔っても。私が介抱して差し上げますから」
「ほんと…？ 暴れちゃうかも」
「こんな愛らしい小虎さんなら、大歓迎です」
游月はお猪口を持ったまま透麻の隣に移動し、腰をすりすりとすり寄せた。そして体温の上昇しつつある身体を密着させる。
とはいえ、游月はもうこれ以上呑むのはやめようと思っていた。今のほろ酔い加減が気持ちいいし、何より酔って暴れて透麻に迷惑は掛けたくない。
だからこうして甘えたまま、時折お猪口に残った酒をちろと舐めては、透麻が美味しそうに呑んでいるのをうっとりと眺めていたのだった。が―――
「とっ、透麻さん、どうしたのっ？」
突然かくん、と首を折り、持っていたお猪口をテーブルに置く透麻。さらに眉間に皺を寄せ、額に手を当てたままじっと動かなくなってしまった。
游月は慌てて下からその顔を覗き込む。そしてもう一度、心配そうに震える声で「どうしたの…？」と訊ねた。
すると透麻はふっと息を吐き、たったひと言、
「酔った」
「え、ええっ？ 大丈夫？ 今お水持ってくるから―――」
しかし腰を浮かせた游月に手を伸ばして荒々しく抱き寄せ、
「大丈夫だ、心配するな」
游月は瞬きも忘れ、透麻の横顔を凝視する。無理もなかろう。
―――うわ……いつもと違う………
そんな戸惑いになど構わず、游月の身体を抱いたまますっくと立ち上がり、
「酔いを冷ますには汗をかくのが一番だ。游月、嫌とは言わせないからな」
驚きに固まる游月を抱えて、寝室へ入っていった。
「と…まさん……待って………………ああっ」
寝台の上に投げ出された游月は、体勢を整える間もなく上から押さえ付けられた。もとより抵抗する気はなかったが、やはり透麻の身体への心配が勝ってしまう。
「だめっ、透麻さん………もう少し酔いが冷めてからでないと………」
「黙ってろ。大人しくしてないと怪我するぞ」
剥き出しの情欲で荒廃しきった低音で、透麻は游月の宥めをなぎ倒す。そして下着ごとズボンを引きずり下ろすと、シャツの胸元に手を掛けて引き千切った。
弾けて床の上を飛び散るボタンを、游月はぼぅっと目で追う。が、突然胸に灯った痛痒い刺激に我を取り戻し、胸の微かな突起に歯をたてて味わっている透麻を見つめた。
「あッ、いやあ………噛んじゃいやああ………」
しかし透麻はやめるどころか、もう一方の乳首に同じように噛み付いて嬲り、クチュ、と唾液を弾かせて口を離した。
「はッ、旨そうな身体だな、相変わらず……」
月明かりが演出する黝（あおぐろ）い闇に浸され、游月の裸身は白銀色に暈然と輝く。その平らな胸の上で、痛々しいほど真っ赤に充血した双つの果実がぬめぬめと揺れ動くさまは、透麻の酔った頭にさらなる獣性を植え付けるのに十分すぎるほどの淫らさを醸していた。
透麻は唾液で濡らした指で片方の実をぬるぬるとこすりながら、片手で游月の愛らしい分身をぎゅっと握り込む。そのまま指をぐにぐにと動かすと、手のひらの中で激しく脈打ちながらむくむくと膨張してゆくのが分かった。透麻はククッと嗤い、
「嫌らしい汁が垂れてきたぜ、游月」
「やぁ…ん、いやらしいってゆわないでぇ………」
涙混じりの声で哀願しながら、快楽に阿るように腰をひくひくと揺らす。透麻は酷薄そうに目を細め、
「ほら、俺のここも我慢できないって言ってる」
ジッパーの部分を下から押し上げて、服の上からでもビクビクと獣じみた蠢きが分かるほど逸る股間を突き出してみせた。
游月はこくりと喉を鳴らし、涙の菲膜で覆われた瞳を一心に向けて、
「お願い、乱暴にしないで………」
「ああ。安心しろ。優しく犯してやる」
透麻の返答に、獲物を前にした猛禽の残酷な優しさを見た游月は、背筋を甘い戦慄が駆け抜けるのを抑え切れなかった。
透麻はいったん身体を起こしてベッドの上に膝立ちになると、上着を脱いで豪快に投げ捨てた。
さらにひとつにまとめていた髪をするりとほどき、微かに頭を振る。すると長く艶やかな髪がばさりと広がって、頬や逞しい首にまとわりついた。
蒼い闇を背負い、ぎらつく瞳に情欲の焔を閉じ込め、不穏な笑みを浮かべて獲物を見下ろす透麻、この美しく妖艶な狂える虎に、游月はすでに敗北を覚っていた。
一刻も早くこの身体を捧げたい、そんな欲求に突き上げられるように素早く起き上がり、透麻の盛り上がった股間に手を伸ばしてジッパーを下ろし、きちきちに張り詰めた前を寛げる。
そして下着の奥にそっと手を差し込んで猛り狂う雄を取り出そうとしたが、そうするより早く自ら飛び出てきて、びち、と跳ねた。
游月はすぐさま両手で掴み、先端に唇を寄せる。手の中のものはじゅっと音をたてそうなほど熱く、浮き上がった血管越しに激しい血流が伝わってきた。さらに深く咥え込み、舌をこすり付けては吸い上げる。
口腔は透麻の先走りでいっぱいだったが、呑み込むのも忘れて口端からとろとろと滴らせつつ奉仕を続けた。透麻は微かに眉根を寄せて射精をこらえる。
しかし先に限界が来たのは游月の方だった。顔を上げて、潤んだ眼差しで訴えかける。
透麻は冷笑を浮かべ、
「どうした？ 続きは」
「おね…がい……もう、がまんできないの………」
透麻はちらと肩を竦めて「それはそれは」と嗤う。そして口の端をついと吊り上げ、
「欲しいなら態度で表わせよ」
游月は怨めしげに見上げたが、観念したのかくるりと背を向けて大きな枕にうつ伏せに倒れ込んだ。さらに膝をついて背中を反らせ、腰を透麻の方へ突き出す。
しかし透麻に動く気配がないのを覚ると、両手を後ろに回して自らの尻たぶを掴み、ぐいと左右に割り開いてみせた。
するとギシギシとスプリングが軋む音が聞こえ、突然外気に晒されて恥ずかしそうに収縮する蕾にぬるりと生温かいものが塗り付けられた。と思ったら細長い異物が挿入され、敏感な粘膜を容赦なくこすり上げる。
「ふぁっ………ぁっ、ぁぁん…………」
游月はたまらず腰を上下に振る。するとそれに応えるかのように指が増やされ、グチャグチャ音をたてて奥まで掻き回された。
游月はとめどない涙を枕に染み込ませ、
「やだああ………挿れて、挿れてよぉぉ…………」
と、次の瞬間灼ける鋼の楔に貫かれ、游月は悲鳴にならぬ悲鳴で喉を絞って下肢をがくがくと震わせた。背後からは、フッ、フッ、と荒く獰猛な息遣いが。しかし数回注挿を繰り返しただけでズルリと引き抜かれた。
不審を覚える間もなく游月の身体は仰向けに返される。この上なく凶暴な翳を帯びた透麻は舌打ちして、
「お前の顔が見えないんだよ」
そして游月の脚を持ち上げて大きく開かせ、その中心でぐぷぐぷと悶える秘部に再び自身を埋め込んでいった。
游月は折り曲げた脚をびくんびくんと痙攣させて、駆け巡る電流の激しさを訴える。透麻はまさに貪るという表現が相応しいほどの荒々しい動きで、游月の熟した肉を一心不乱に味わう。
そんな激しさに翻弄されるばかりの游月は、虚ろな瞳を宙に彷徨わせつつも、自分を犯しているこの獣を、もう一人の透麻を、悦びと畏れをもって眺めた。
この激しさに引きずられ、酔わされてしまう―――そんな内心を見透かしたのか、透麻はにやりと唇を歪めて、
「游月、俺が……恐いか……？」
しかし游月の口は濃厚な喘ぎと濡れた吐息をこぼすだけ。それらはやがて切なくも甘美な悲鳴に収斂され、蒼い闇に融けていった――――
「………ゆづ…き………ゆづき………」
聞き慣れた優しい声に鼓膜を撫でられ、游月はゆるゆると目を開けた。
「透麻…さん……」
透麻は心配そうに眉をたわめつつも、額に口付けを落として裸の游月をぎゅっと抱き締めた。と思ったら弱々しい溜め息をついて、
「あの……昨夜は……その………」
暫しためらった後、意を決して口を開いた。
「全く記憶がないのですが……確か、游月のお父さんが送って下さったお酒を呑んでいたような………」
「はい、そうです。ね、透麻さん、もしかして……日本酒にだけは弱いとか」
透麻は面目ないと言わんばかりに肩を竦めて、
「仰る通りです。洋酒や焼酎には強いのですが、日本酒ではこれまでも何度か記憶を失くしたことがあって。昨夜も気を付けねばと思ってはいたのですが、余りに美味しかったのと、家で呑んでいたので気が緩んだのでしょう、つい……」
そして恐々たる眼差しを游月に向け、
「もしかして、何かとんでもないことを……二人とも裸ですし………」
游月は黙って透麻の顔を、いつもの柔和で穏やかな瞳を見つめた。
昨夜の透麻。凶暴で野卑な振る舞いを隠そうともせず、游月の身体を狂ったように攻め抜いた美しい獣。そんなもう一人の透麻の昏い笑みが、二重写しになって蘇る。俺が恐いか？という問いと共に―――しかし、
「ひみつ」
甘い声で囁いて、ぷちゅ、と唇を押し付ける。透麻は大きく瞬きをしたが、やがて柔らかな声で「参りましたね…」と呟き、いつもの優しい微笑みを浮かべた。游月も同じく笑みを返し、
―――これが僕の愛している、本当の透麻さんなんだ……
もう一人の透麻に、心の中で別れを告げた。（Fin）
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