帰り道

「あれ？　見ろよ尭村。あいつら何かやってるぜ」

学校からの帰り道、隣を歩いていた森下が前方を指して促してきた。見れば、純と直と秀が３人固まっている。

何やら不穏に張り詰めた空気が漂って、特に純と直は真剣な表情で互いを睨んでいる。近付くのも憚られたのでそのまま立ち止まって眺めていると、突然ジャンケンを始めた。

最初に勝って抜けたのは秀。そして残りの二人が闘った結果、純が勝ってガッツポーズ。

負けた直は「ちっくしょお〜」と叫びながら、近くに停まっている派手なワゴン車に向かって突進していった。と思ったら、紙の袋を大事そうに抱えて戻ってきた。

中から取り出して二人に渡したのは、大きな焼きたてメロンパン。
純は嬉しそうに受け取って、にこにこ笑いながらうっとりと眺めている。

「くっ、くくくく…………あいつらかわいい〜〜。ジャンケンで負けた奴がメロンパン奢るって、あんな真剣になって…………」

笑い悶える森下をその場に残して、尭村は３人の許へ。

「よお」

背後から声を掛けると、直と秀はくるっと振り向いた。

「あっ、尭村さん。今帰りですかぁ」

焼きたてメロンパンをはむはむしながら、直は朗らかな声をあげる。秀もちらと微笑んで軽く頭を下げた。

「ほらっ、純。尭村さんだよぉ」

背中を向けたままの純を小突くと、純は「うぅ……」と苦しそうに答えて振り向いた。その顔を見た尭村は、「ぶはっ」と豪快に吹き出して身体を折り、お腹を抱えて爆笑した。

「おまえっ、それ、その顔………」

なんと、顔の半分はあろうかという特大メロンパンのほぼ半分が、すっぽりと口の中に収まっていたのだ。

追い駆けてきた森下も含め、全員が爆笑する中で一人、純は真っ赤な顔で怒りまくる。もちろんメロンパンを咥えたまま。ようやく口から離すと、さらに赤くなって「笑わないでくださいっ」とわめき散らす。

しかし尭村はにやにやしたまま、純のひと口で見事な三日月形に変形したメロンパンを眺めた。

「しかしすげえなあ。たったひと口で……」

が、途端に真面目な顔になって神妙に呟いた。

「お前、けっこう口開くんじゃねえか……」

尭村がナニを考えているのかすぐに察した秀は、ぎろりと睨んで

「だからって余り無理させないでくださいよ」

二人が何について話しているのか見当もつかない純は、「なあに、なあに」と袖を引っ張って訊ねる。尭村はふっと微笑って純の食べかけのメロンパンにかじりつき、

「何でもねえよ。ほら、ガキはいい子でメロンパン食ってな」
「ガキじゃないもんっ」

と、真っ赤な頬を膨らませて抗議する姿はとても高校生には見えない。ベッドの上で見せるとろけるような媚態からは想像もつかない無邪気さ、幼さ。これもまた純の本質なのだと思うと、愛しくて思わず頬が緩んでしまう。

「尭村さん、まだ笑ってるっ。もう、笑わないでってば」
「分かった分かった。ガキは撤回するから」

尭村は純の頬をそっと撫でる。冬の外気で冷えた指先に、心地よい温もりが伝わってきた。それを反芻しながら、

「そのパンけっこう旨いな。今度、一緒に食おうな」
「尭村さんのおごりだっ」
「ジャンケンでお前が勝ったらな」
「じゃあ、負けたら僕がおごるの？」
「当然」
「うぅ〜〜〜」

うなる純を、「ジャンケンなら勝てるかもしれないぞっ」と励ます直。
「他のことじゃ何ひとつ勝てねえもんな」と茶化す秀。二人とも、微笑みを浮かべて純を見つめている。

「じゃあな、純。暗くならないうちに帰るんだぞ」
「はぁい」

尭村は、胸の奥がほんのり温まったのを感じた。

唇に残るメロンパンの微かな甘さ、真っ赤に膨れた純の頬、直と秀の優しい眼差し―――何気ないけれど愛おしい、冬の日の出来事。
（Fin）

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