Real Gift

９.

「今夜の月も綺麗だね……」
「ああ。とても綺麗だ……」

二人は身体をぴったり寄り添わせて月を眺めつつ、互いの温もりにゆるりと微睡んでいた。

温かい春の夜。時折窓の外を桜の花びらが掠める。まだ開花して間もないはずだから、散るには少し早い。きっと開花が待ち切れず、我先にと率先して開いてしまった短気な花弁だろう。そう思うと何だか可笑しくて、麻生は速水の胸に顔を押し付けてくすくす笑った。

「何が可笑しいんだい？」
「ううん、何でもない……」

笑いの余韻で肩を震わせつつ答え、そっと顔を上げた。視線が重なったのを合図に二人の唇が近付き、そのままぴったり合わさる。

秘密めいた春の夜に相応しく、はんなりとした上品な口付け。舌を絡め合うこともなく、唇の仄かな甘さにただ酔い痴れる。

「ねぇ、今度はどんな絵をかくの……？」

口付けの甘さが残る唇から、問いがこぼれる。速水はその色沢や造形の愛らしさに見愡れながら、

「また……君の絵が描きたいな。今度は花びらが舞う夜を背景に………」

麻生は嬉しさ半分、照れ臭さ半分でもじもじしつつ、速水の胸にきゅっと抱き着いて、

「いいよ……モデルやってあげるっ」
「本当かいっ？」

速水は興奮気味に声を上げて、麻生の両肩を掴んだ。そして身体からぐいと離して顔を覗き込み、

「ぜひ頼むよ。いや、本当は描きたくてうずうずしていたんだ」
「え、えっ？　あの……今……？」
「ええっと……そうだ、あの長椅子の上を片付けて………」

思いもしなかった展開に慌てる麻生をよそに、速水はバタバタとセッティングを始めた。ほとんど物置と化していた長椅子の上から本やら資料やらをどかし、薄い毛布のようなものを敷く。

俄か作りの舞台だったが、窓から注ぎ込む月明かりが艶めく夜を見事に演出していた。

「もお……速水さんてば………」

まさか今ここでモデルをやる羽目になるとは思わなかった。一緒に月を眺めていた時のいいムードのまま、久しぶりのえっちに雪崩れ込むのではと（ほんの少し）期待していたのに……

「ええっと……この位置がいいかな……」

速水は狭い部屋の中をうろうろ動き回って、自分が腰を据える場所を探している。顔付きは真剣そのもの。まあ、こういう無邪気で鈍感なところも彼らしいといえば彼らしいのだけど。

麻生はハア、と豪快な溜息をついて怨めしげに速水を見上げたが、やがてすっくと立ち上がり、

「分かった。やるよ。やればいいんでしょ……」

力ない声で呟いて、月明かりの舞台に上がった。とすんと腰を下ろし、挑戦的な眼差しで速水を睨んで、

「で、服は脱いだ方がいいの？」
「あ、いや、その……そうしてもらえれば……その、光栄です」

堂々たる風格の麻生に対し、額の汗を拭いつつとんちんかんな返答をする速水。それでも白いカンヴァスを前にすると表情が引き締まった。

「じゃあ脱ぐから。ちょっと待ってて」

麻生はシャツのボタンをぷちぷちと外し、するりと脱ぎ捨てた。普段は全く意識しない衣ずれの音が、何故かやけに耳に響く。麻生は戸惑いを隠して、わざと無雑作にジッパーを下ろした。そして下着ごとまとめて一気に脱ぐ。


―――意識しない、意識しない。僕はモデルなんだから


麻生は呪文のように呟きながら、脱いだものを簡単に畳んでまとめた。

「脱いだよ。で、どんなポーズをとればいいの？」

恥ずかしさを隠すため、どうしてもつっけんどんな口調になってしまう。もちろん速水がそんなことを気にするはずがなく、「寒くないかい？」と心配そうに訊ねる。

麻生は正直に、「少し寒いかも」と答えた。速水はあたふたと立ち上がり、暖房のスイッチを入れる。そして麻生にポーズを指示した。

「斜めを向いて、足を少しずらして横座りを……そう、もうちょっと腰をひねって……顔は少し俯く感じで………」

言われた通りのポーズを取ると、少しだけ恥ずかしさが和らいだ。モデルをしているという自覚が湧いてきたからだろう。

「暫くその姿勢で大丈夫かな。辛くないかい？」
「うん、大丈夫」

麻生の返事を受けて、速水は再びカンヴァスの前にどっかり座り込んだ。僅かな間をおいて、シャッシャッと小気味よい音が聞こえてきた。カンヴァスの上を、鉛筆が滑る音。

麻生は伏せ気味の顔は動かさず、時折目だけくりんとひねって速水の姿を視界に収める。


―――ふ……ん、やっぱ真剣に描いてる時はカッコいいじゃん


からかいも含めて喉の奥で呟いたが、そこに照れ隠しの感情が含まれていることに麻生は気付いていた。

思わず見愡れてしまいそうで、慌てて視線を戻す。そして鉛筆が滑る音に意識を集中させた。その合間に、速水の濃厚な息遣いが聞こえる。


―――今……どの辺りを描いているんだろ


麻生は額の奥で想像する。何もないカンヴァスの上に、自分の身体が描かれてゆくさまを。

まずは大雑把に全体のバランスを把握し、それから細かい線描を重ねてゆく。上半身から描いていくのかな、それとも足の方から描いていくのかな……

麻生はちらと目を上げて、速水の顔を見た。彼の視線の先を辿ると、どうやら腰の辺りを見ているようだ。微かにひねったウエストのラインを丁寧になぞり、そのままお尻の丸みへ。そして―――


―――ああ……ヘンだ、僕………


速水のペン先を想像すると、まるでその部分が愛撫されているかのように感じてしまう。ウエストからヒップへ、そして太ももの内側から膝の裏へ―――

「………っ」

麻生は下唇を軽く噛んで、はしたない妄想を抑えようとした。しかしそれはますますリアルな疼きを伴って身体のあちこちに灯り、麻生を高ぶらせてゆく。


―――ど、どうしよう……身体が………


意志では制御しようのない、快感に聡いあの部分が早々と反応を示し始めた。身体をひねっているお陰で速水の方からは見えないだろうが、やはり気になってしまう。

それに、もしバレたらどんな風に思われるか。彼は真剣にデッサンしているというのに、あられもない妄想で勃起してるなんて、淫乱で慎みがないと呆れられるに違いない。

自分がこれほど快楽に貪欲だったとは思ってもいなかったが、麻生はすぐに気付いた。相手が速水だからだ。速水の視線、速水の呼吸、速水の手の動きに反応してしまうのだ。

それは当然のことなのだろうが、麻生は酷く感動してしまった。そうか、僕は本当にこの人のことが好きなんだ、と。

速水がふぅっと大きく息を吐いた。それに反応して麻生は微かに身じろぐ。ひと段落ついたのかな。次はどこへペンを滑らせるんだろう。下半身が終わったから、今度は上半身？　腰から上、胸の辺りを……

「………っ…ン」

妄想に煽られて、喉の奥で小さな小さな喘ぎを漏らす。胸の上を速水の手が掠める錯覚に悶え、普段は柔らかい双つの実がきゅぅっと勃ち上がった。

吐息にすら反応しそうなほど張り詰めて、荒々しい愛撫への期待にわななく。麻生は眉間に浅い皺を刻んで、苦しい独白を呟いた。


―――も……ダメ……どうしよ……淫乱て思われてもいいから、正直に………


その時、何か軽いものが転がる音がした。ふと顔を上げると、速水ががばと立ち上がってこちらへ真直ぐ駆け寄ってきた。さっきの音は、鉛筆が転がる音だった。

「速水さ―――」

名前を呼ぶ間もなく速水に強く抱き締められ、言葉を失う。抱き返すこともできず腕の中で固まっていると、頭上から感情を押し殺した震える声が振ってきた。

「そんな……顔しないでくれ………我慢できないよ………」
「速水さん……？」
「まったく、君って人はっ………」

次の瞬間、呼吸も許さぬほど激しく唇を塞がれ、抵抗も何もできずされるがまま速水の吸い上げに翻弄される。意識が霞み始めた時ようやく解放されたが、息つく間もなく長椅子の背もたれに押し倒され、足首を乱暴に掴まれた。

「ゃッ！………」

麻生はようやく危機感を覚え、膝を閉じて腰をひねり、何とか抵抗しようとする。もちろん速水に抱かれるのが嫌だからではない。股間ではしたなくも勃ち上がっているモノを見られたくなかったからだ。

しかしその程度の抵抗では、煮え立つ速水の欲望を静めることはできなかった。じたばたと動く足を難なく拘束し、足首を持って大きくM字に開かせた。

「ィャァァッ」

麻生は両手で顔を覆い、切実な悲鳴を上げた。股間に速水の熱い視線を感じ、羞恥の炎が一気に燃え上がる。が、次の瞬間熱くぬめるものに覆われ、余りの快感に羞恥を忘れて悦びの声を上げた。

「ああッ……ン、は……ぁ………」

顔を覆っていた両手をそっと外し、視線をおそるおそる下方へ滑らす。想像通り、大きく広げた足の付け根に速水が顔を埋め、麻生の性器を根元まですっぽり口内に収めて味わっていた。

「ぁぁ……やめ…て……はやみさぁぁ…ん…………」

誰が聞いても悦びの延長上にあるとしか思えぬ拒絶を繰り返し、速水の頭に手を置く。

ぐいと押し返すつもりだったのに、気が付けば髪の中に手を滑り込ませて頭を撫でていた。硬くて太い見た目に反して、速水の髪はサラサラして気持ちよかった。

「ゃっ、ぁっ、ぁんっ………ダメ、そんなの………」

舌をこすり付け、喉をすぼめて吸い上げるたびに、麻生の腰はビクビクと揺れた。その素直な反応に気をよくした速水は、麻生の蜜と唾液で濡れた片手を椅子と尻の間にねじ込んで蕾を探り、指の腹でまだ硬い花びらを撫でた。

するとひくひく蠢きつつ襞が指に吸い付く。そのまま指を押し込んでゆくと、熱くてむっちりした肉の壁の手荒い歓迎を受けた。

速水は喉の奥で苦しげに呻いたが、性器への奉仕をやめようとはせず、舌を絡めつつも埋め込んだ指をぐりぐりねじった。

「ゃッ………イ…クぅぅ………」

麻生は快感の波に呑まれないよう、自らの指を食んで耐える。目尻に涙を浮かべ眉根を寄せた表情は悩ましく艶めいて、もし速水が見たら奉仕の精神も忘れ襲いかかっていたに違いない。

「ぁっ、ぁぁ………ィィ………きもち……いいよぅ……も、出るぅぅ………」

麻生は耐えるのをやめたのか、噛んでいた指で勃ち上がった乳首をつまみ、クリクリ捏ねて自ら刺激を与える。指に挟まれたそれはあっという間に赤く腫れ、痛みと快楽の狭間でふるふると悶えた。

三カ所から与えられる快感に長く耐えられるはずもなく、麻生は速水の名を呼びながらその口内に射精した。

「ぅ………ふ…ぅ………ン…………」

太ももをぶるぶる震わせて出し切った麻生は、速水の逞しい喉仏が激しく上下するのをただぼぅっと眺めた。一滴もこぼさず嚥下した速水は、ようやく口を離してにっこり笑った。

「ありがとう。何だかとても……幸せな気持ちだ」

麻生は恥ずかしさからふいとそっぽを向き、「ヘンなの」と素っ気なく答える。対して速水は笑みを深め、

「僕の種を君の体内へ送ることはできても、逆は無理だと思っていたから。でもこの方法があったな、うん。また僕に飲ませてくれるだろ？」
「そ、そうゆう露骨な表現は……」
「恥ずかしいかい？」
「ううう……もおっ」

妙に余裕のある速水が憎らしくて、麻生は勇ましい声を上げてがばと起き上がった。そして速水の手をぐいぐい引いて、自分が押し倒された長椅子に座らせる。

「今度は僕の番っ。速水さんを気持ちよくしてあげる」

そう言ってちらと唇を舐め、速水の前をそっと解放した。

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