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６.
「い、いやっ、だめ……なめちゃ、だめぇ………」
こびりついた血の痕をきれいに洗い落とした二人は、そのまま一糸まとわぬ姿で寝台へ向かった。
まだ瑠羽の身体にうっすらと浮かび上がっている拘束の痕跡、その邪悪にして淫猥な形態は、遼牙の怒りと劣情を煽った。
いつもなら優しく頬や髪を撫でながら徐々に身体を蕩かしてゆくのだが、めらめらと燃え上がる激情の炎に駆り立てられた遼牙は無言のまま瑠羽を組み敷き、広げた脚の間でぷるんと揺れる半身に喰らいついた。
「りょ…きさま……そこは……いっぱい穢されてしまったの………」
遼牙は口の中でずくずくと脈打つものに舌を絡めて吸い上げると、
「穢されてなどいないと言っただろう。いつもの瑠羽の味がするぞ」
そして再び深く咥え込む。はむはむと優しく歯を立ててきゅっと先端を吸うと、鼻にかかった悲鳴と共に熱い迸りが口腔に注がれた。
「あ……ぁ……ごめ、なさ………」
全て飲み干した遼牙は満足そうに顔を上げ、
「やっぱり、いつもの瑠羽の味だ。甘くて滑らかで……舌が蕩けそうだ」
嬉しさと羞恥で頬を薔薇色に染めて、もじもじと身体をくねらす瑠羽。それを見ていた遼牙の中で、嗜虐欲という獰猛な獣が頭をもたげ始めた。端整な顔を嫌らしい笑みで歪めて、
「では、こっちも確かめさせてもらうとするか」
白い太ももに手を掛けて大きく割り開き、その狭間に顔をうずめて蕾をぴちゃぴちゃと舐め始めた。
「は……んぁ………ん、んっ………」
緩い電流が走るようなじれったい快感に、瑠羽は湿った喘ぎを零して耐える。舌を尖らせて中へねじ込み、ぐにゅぐにゅと蠢かすと、腰が跳ね上がって生温かい蜜がとろとろと滴ってきた。遼牙は舌を抜いて、柔らかく綻んだ花びらを指で強めに揉みほぐす。
「あっ……りょ…きさまぁ……ほしい…………」
恥ずかしそうにおねだりする瑠羽。いつもなら嬉しそうに目を細めて早々に望みを叶えてやる遼牙だったが、何を思ったか瑠羽の手を取ってそのまま股間へ滑らせた。
「瑠羽、自分のを握ってごらん」
「ぇ……自分、の………？」
瑠羽は戸惑いながらも、遼牙の言葉に忠実に従う。再び勃ち上がって解放を待つ半身に、おそるおそる手をかける。
「そう、もっと強く握って。そして、ゆっくり上下に滑らすんだ」
遼牙は手を添えて、動かし方を教えてやる。溢れる蜜のせいで、くちゅくちゅと濃い音が漏れる。
「ああ……いや、いやぁ……遼牙さま………」
「ん？ 何が嫌なのかな？」
「これ……いや……はずかしいの………」
「自分でするのが恥ずかしいのかな？」
瑠羽は頬を紅く染めて、こくこくと頷く。遼牙は薄く笑って、
「では、もっと恥ずかしいことをさせようか」
羞恥に耐えるかのようにぎゅっとシーツを握っている手を取って、股間の奥へ導く。そして、ひくひくと痙攣して欲望の楔による蹂躙を待つ花びらにあてがった。
「瑠羽…ここがいつも私を天国へ誘ってくれる、可愛くて獰猛なもうひとつのお口だ。指を挿れてごらん」
遼牙の言葉は瑠羽にとって絶対であったが、さすがに羞恥が勝った。瑠羽は涙を浮かべて小さく首を振る。
「瑠羽は、私の言うことがきけないのか？」
わざと声を低めて詰問すると、瑠羽はびくっと震えて「ごめんなさぁい……」と泣いた。そして遼牙の促すまま、細い指を２本まとめて、ぬめる花芯の中へつぷりと挿し入れた。
「あ……あ………」
「そう…もっと奥へ。いい子だ、瑠羽………」
手を添えて根元まで押し込んでやる。瑠羽は溜め息とも喘ぎともつかぬ湿った息を吐いて、舌をちろちろと蠢かした。
「中で、指を曲げたり伸ばしたりしてごらん」
瑠羽は言い付け通りに指を動かした。すると、たぷ、たぷ、とこもった水音が漏れ聞こえてきた。
「あ……あぁぁ………」
「どうだ、瑠羽？ 自分の花びらの感触は。感じたままを言ってみなさい」
「あ…あつい……あついの……。ひくっ、ひくっ、ってしててね、それで……とろとろしてて……それで………それで……も、わかんないよぉ………」
羞恥と快感に囚われた瑠羽は、えぐえぐと泣き出した。それでも後孔を嬲る手は休めない。
「こっちが疎かになってるぞ」
盛りきって渦巻く欲望を抑えるため、腹に力を入れて重低音で告げる。すると瑠羽は素直にペニスを扱く手を早めた。
「あっ、あっ…ん、んぅ……んっ……」
自ら快楽の壷を抉りながら、艶かしい喘ぎを漏らして悶える瑠羽に、遼牙は我を忘れて見入った。
快感の波が高まるにつれ、手の動きも激しさと淫らさを増してゆく。白い肌のあらゆる部分に血色が灯り、弄っていないはずの乳首までもぷっくり勃ち上がって悦びの声を上げている。涙の菲膜に覆われた瞳は虚ろながらも、すがるように遼牙を見詰めていた。
「ああっ、ああっ、りょ、きさまぁ………」
半開きの唇から、喘ぎとも哀願ともつかぬ呼びかけを漏らす。遼牙はそれにうっとりと聞き入った。が―――
「りょ…きさま……。やっぱり……魔物に穢されたから……だから…いつもみたいにしてくださらないの………？」
瑠羽の痴態に呆けた表情で見入っていた遼牙は、はたと我に返った。
「瑠羽、何を……」
「おねがぁい……最後に、もいっかいだけ……りょうきさまの……ほしいの………」
そして新たな涙をはらはらと零した。遼牙は、自分の悪戯心が瑠羽に誤解を与え、要らぬ悲しみを植え込んでしまったことを覚った。
「瑠羽ッ」
叫ぶと同時にその身体を組み敷き、間髪入れず反り返った陰茎を突き刺した。
「ひぃっ…ん、んんっ、あ……ああ……りょ…きさまぁ……もっとぉ………」
腰を激しく打ち付けて奥を抉ると、瑠羽は悦びの悲鳴を上げて背中に爪立てた。
「瑠羽っ、最後だなんて言わせんぞ。これから何百回、何千回とお前を抱いて抱いて……」
狂おしいほどの愛情を滲ませて、遼牙は告げた。
「そして共に朽ち果てるのだ……」
ぐちゃぐちゃと粘膜がもつれ合う音に耳まで犯されて、瑠羽はたまらず悲鳴を上げた。
「きゃああぁッ、ああっ、い、いっちゃう……遼牙さまぁっ、こわい、こわいよぉ」
「るうっ、……っく、ぅぅ………」
「あああああぁぁーーーッ………」
荒れ狂う内壁の奥に最後の一滴まで注ぎ込んだ遼牙は、行き過ぎた快楽に半ば朦朧としながら、瑠羽が放った白蜜をひたすら指ですくって味わった。
「あ……ふ……りょうき、さま……。これからも……してくださるの………？」
健気な問いを発する唇を優しく塞いで、遼牙は明瞭な答えを返した。
「もちろんだ。これからも、ではなく今からもまたするぞ」
そして衰えを知らぬ一物を挿れたまま、愛しい身体をゆっくりと抱き起こして再び下から突き上げた―――
「沙那がゆうべ発ちました。あなたに合わせる顔がないから、黙って行くけれど許して欲しい、と」
「そうですか……」
寝台の上で大きな枕に上半身を預けた義童は、聖羅の言葉に力ない相槌を返した。
義童は瑠羽の窮状を訴えた後、暫く城に留まって集中的な治療を受けた。そのお陰で傷は飛躍的に快復し、あとは体力を養えば以前のままの生活に復帰できるまでになった。
「沙那のことは、俺にも非はあるのです。俺たちは昔、漠然としたものではあったけれど将来の約束を交わしていた。それが―――」
「義童、あなたは瑠羽を愛しているのですか？」
曖昧な返答は許さないと言わんばかりの母の厳しい問いに、義童は姿勢を正して答えた。
「愛しています。たとえ王のものになってしまっても、俺の気持ちは変えられない」
問答無用の叱責か、ヒステリックな嘆きが返ってくるかと身構えたが、聖羅の反応は予想に反して穏やかだった。深い諦念のこもった溜め息をついて、
「まったく……血は争えないのですね」
「それは……どういう意味ですか？」
聖羅はゆっくり立ち上がって窓辺へ寄り、義童に背を向けた。自分と話す時は、いや誰と会話する時であっても必ず相手の眼を見据える聖羅には珍しいことだった。表情を見られたくないのかもしれない、義童はふとそう思った。
「よくお聞きなさい。瑠羽は、アム・アザゼルなのです」
「母さんっ、あなたはまだそんなことを―――」
「私は事実を伝えているだけです」
義童は抗議の叫びを呑み込んだ。この人は真実を語っている、直感がそう囁いた。聖羅は息子の激しい困惑を気にも留めず、淡々と言葉を継いだ。
「もう１０年以上前になりますね、界淵があの女から瑠羽を預けられたのは」
「あの女、とは？」
「瑠羽の母親です。どんな魔力を使ったのか知りませんが、界淵は一瞬のうちに彼女に魅入られてしまったのです。私はその様子を、物陰からじっと窺っていました。ええ。ええ。確かに、間近で見たアム・アザゼルの女は息を呑むほど美しかったわ。月明かりを浴びた羽が銀色に輝いて、長い髪が焔のように舞い上がって。女の私でも見愡れてしまうほどだった………」
窓硝子に何かがきらりと反射して光った。聖羅の涙だったのかもしれないが、義童は詮索しなかった。
「界淵は私に言いました。この子を天からの授かりものだと思って大事に育てようと。もちろん私は反対しました。危険すぎる。もし審問所に知られたら、私たち家族までもが重い罰を科せられるのだから。
しかしすっかりあの女に逆上せあがった界淵は、絶対に育てると言って譲らない。仕方なく私は承諾したのです」
義童は話を聞くにつれて、困惑で揺らいでいた自分の心が凪いでゆくのを感じた。瑠羽が堕天使の種族だと知って、愛情に僅かでも亀裂が走っただろうか。否、断じて否。寧ろ、瑠羽を守らねばという想いがますます強くなっていった。
義童は不思議と澄んだ心の裡で、瑠羽を引き取ってくれた父への感謝と新たな決意を反芻した。
「分かりました。話してくれて感謝します。ただひとつ気がかりなのは……母さん、あなたはまさかこのことを審問所へ密告しようとは思っていませんよね」
聖羅はくるりと振り返り、
「つい感情的になって、それを考えたことは幾度かあります。でも、それは自分の首をも絞めることになるのですから。それに―――」
聖羅は一瞬躊躇したが、ゆっくり口を開いた。
「瑠羽はあなたの命を救った。あの腹部の深い傷を治したのは、瑠羽なのです」
「なっ……まさか……。そ、それは魔力で、ということですか」
聖羅は頷いた。彼女は、瑠羽が義童の傷に手を翳して癒す現場を目撃していたのだ。
「あ、あれほどの傷を手を翳しただけで治すなんて、そんな凄い治癒能力、余り耳にしたことがない。瑠羽はまさか………そうだ、母さん、瑠羽の母親の名前は知っていますか？」
聖羅は一人の女性の名前を口にした。それを聞いた義童は、全身にざわざわと鳥肌が立つのを抑えることができなかった。
それから３カ月―――前線での激しく凄惨な戦況は時折伝えられるものの、豊かな農業国紫衛那では、相変わらず静かで平穏そのものの日常がゆったりと過ぎていった。
完全に以前の体調を取り戻した義童は、いつかは城へ参内してあの時のお詫びと感謝を伝えねばと思いつつ、美しく成長した瑠羽に逢うのが恐くてなかなか実行できずにいた。
傷も完全に癒え体調も快復した今、瑠羽への欲望を抑えるのは非常な精神力を要する難事であると義童は自覚していたのだ。
しかし、城へ行かずにはいられぬ事態が出来した。他でもない、王からの召命が下ったのだ。義童は不安と興奮を押し殺して、久しぶりの正装で屋敷を出た。
「わざわざ呼びたてて済まなかったな、義童」
「とんでもございません。こちらでお世話になりながら、何のお礼も申し上げぬまま、失礼いたしました」
形式的な挨拶が済むと同時に、遼牙は衛兵に目配せした。すると、彼らは音もなく部屋を出て行った。謁見のための大きな広間には、遼牙と義童の二人だけが残った。
義童は不思議そうに顔を上げた。すると遼牙は玉座から降り、義童の方へ歩み寄った。
「義童、こちらへ。お前に話したいことがある」
そして広間から続き部屋になっているサロンへ誘った。そこは豪華ではあるがどこか寛いだ雰囲気の小部屋で、恐らく親しい者との歓談に使用されているのだろうと思われた。
「まずはお前に確認せねばならん。瑠羽を愛しているか？」
勧められた椅子に腰を落ち着けてすぐ、遼牙はいきなり核心を衝く問いを発した。しかし義童はうろたえることなく、はっきり告げた。
「はい。愛しております」
兄としてか、それとも男としてか、とは訊ねなかった。訊くまでもないと思ったから。遼牙は静かに頷き、
「ならばお前に全てを話そう。義童よ、瑠羽は…アム・アザゼルなのだ」
「存じております。母に…聞きました」
遼牙は僅かに身じろぎしたが、「そうか…」と答えて義童に説明を求めた。義童は３カ月前、聖羅に聞いた全てを話した。遼牙は黙って耳を傾けていたが、微かに震える声で、
「それで……瑠羽の母の名は………」
「琴悠（ことちか）でございます」
遼牙は思わず目を閉じて、その名がもたらす戦慄を封じようと試みた。それは容易ではなかったが、何とかうまくいった。
「やはり、瑠羽は神聖高位魔族であったか……」
琴悠は強大な魔力を持ち、アム・アザゼルからは＜慈悲深き白銀の剣＞と畏愛され、そして敵の神威軍からは＜悪魔の情婦＞と恐れられている女戦士であった。
ただ、１０年以上前に起きた一族の内紛により、現在は行方が分からないとされている。
「義童、このことは瑠羽には……」
「承知しております。決して」
遼牙は頷くと、居住まいを改めて再び義童を見据えた。どうやら、これからが話の核心らしい。
「お前が知っているのなら話は早い。義童よ、私は…前線に行かねばならぬ。戻るのは数カ月後になるか数年後になるかは分からん。もちろん瑠羽を連れて行くわけにはいかぬが、この城に一人で置いていくのは、余りに忍びない」
「まさか……王が………」
「……中央神殿庁から召集がかかった。応じぬわけにはいかん」
義童は思わず拳を握り締めた。今のひと言で全てが分かったからだ。
これは恐らく、審問所の差し金だろう。遼牙がどうやって瑠羽を取り戻したのかは義童の与り知らぬところであるが、その報復というか嫌がらせとして、神殿庁に上申したに違いない。遼牙を戦場へ送ってくれ、と。
ということは、自分と沙那のせいで王は………
「くっ……」
義童は自分の腿を殴った。何と申し訳をたててよいか分からない。許されるなら、彼の代わりに自分が再び戦場へ―――
「義童よ、お前に頼みがある」
遼牙は、義童の裡の苦悩や罪悪感に気付いていたが、それには触れず話を進めた。
「私のいない間、この城に留まって瑠羽の傍にいてやって欲しい」
「王！ そんな……俺が………」
義童は呼吸を整えた。正直に言わねばならぬことがあるからだ。
「畏れながら、陛下。俺は……瑠羽を綺麗な身体のままであなたにお返しする自信がありません………」
「構わん」
義童は思わず顔を上げて、即答を返した遼牙の顔を正面から見据えた。
以前会った時よりも確実にやつれているが、これは身体の不調のゆえではなく、疲弊した精神に活力を奪われたがゆえの消耗であろう。この決断を下すまでに、どれほど悩み苦しみ抜いたであろうか。
「あなたは……それほどまでに瑠羽を………」
「あの子のために、どうするのが最善なのか考え抜いた結果だ。
よいか義童。この城内には、瑠羽の真実を知る者はいない。そしてもう一つ、私の不在をいいことに、瑠羽に手を出そうとする不届きな輩も多数現れるはずだ。どうかそういった数々の危険から、あの子を守って欲しい。お前以外には考えられないのだ」
義童は膝に手を置き、深く頭を下げた。そして、
「仰せのままに。陛下、俺は命に代えても瑠羽を守ってみせます。ですからどうか、どうかご無事で………」
それ以上は、言葉にならなかった。
「瑠羽………」
義童を帰して部屋に戻った遼牙の目に、隅で縮こまって泣いている瑠羽の姿が映った。
「りょ…きさまぁ………」
肩を震わせてこちらを向いた瑠羽の顔は、涙でくしゃくしゃだった。
「お前はまた、そんなところで泣いて……。さあ、こちらへ来なさい。今、義童と会ってきた。そして私がいない間、この城に留まってお前の傍にいてくれるように頼―――」
「いやあああぁっ、僕も行く、僕も行くのぉっ。一緒に行くぅ………」
瑠羽は遼牙の胸をぽかぽか叩いて、泣き喚く。遼牙は血が滲むほど強く唇を噛み締めてから、
「何度言ったら分かるのだ。私は戦場に行くのだぞ。お前を連れて行けるはずが―――」
「戦場にまで付いていった酒姫もいるって、遼牙さまゆったもんっ。それに、僕、役立たずじゃないっ。遼牙さまのお怪我を治して差し上げることだってできるっ」
「瑠羽ッ」
遼牙は瑠羽の細い肩を掴んで、激しく揺すぶった。逆立った柳眉が、苛立ちと苦悶を伝えている。
「何故分からない。お前が役立たずだから連れて行かない？ 違う！ 私は……お前の同胞を殺しに行くのだぞ！ そんな罪深い血に染まった私を、お前に見られたくはない……」
「りょうきさま……」
これまでは、「お前は連れて行かない」と言われたショックと悲しみで何も考えられなかった瑠羽だったが、ようやく遼牙の苦しみに気付くことができた。
「私は……もしかしたらお前の親、兄弟を殺すことになるかもしれん。その可能性はゼロとは言えないのだ。分かってくれ、瑠羽………」
まるで罪人のように頭を垂れる遼牙。瑠羽は両手を大きく広げて、その全てを包み込んだ。そして、涙声ながらも明晰な口調で想いを告げる。
「たとえ親、兄弟があなたの手にかかろうとも、僕はあなたを愛することをやめない。ですから遼牙さま、戦場では決して、決してためらわないで。僕のことを…忘れてくださってもけっこうです。あなたがためらった一瞬の隙に、取り返しのつかないことが起こるかもしれない。そうなったら僕は……僕は……生きてはいけません。いえ、すぐにお傍に参ります。ですから……」
遼牙は瑠羽の腰に腕を回し、息も止まるほどの抱擁を与えた。
「ですから……どうか……ご無事で………っぅ、ぇ………」
瑠羽が耐えられたのはここまでだった。
「ぅ……うあああぁぁーーん、りょうきさまぁぁ、行っちゃやだぁぁ、やだよぉぉ……」
瑠羽の匂いを、温もりを身体に染み込ませるように、胸にすがりついて泣き叫ぶこの愛し子を、遼牙はただひたすら抱き締め続けた。（Fin）
*読了ありがとうございました。
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