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１.
「さあ、瑠羽……」
「はい……」
小さな布包みを箱に入れて蓋をし、その上からそっと口付ける。そして箱がすっぽりと入る大きさに掘られた穴の中へ置いて、上から土をかぶせた。
小さな小さな墓穴。棺はあっという間に埋まり、本当にお別れする時がやってきた。
「う……ぇっ……くるみちゃぁん」
ついこの前まで手の中ですやすやと眠り、肩の上で笑っていた小さいけれど温かな命。その喪失感は余りに大きく、瑠羽の胸に塞ぎようのない穴を穿った。
遼牙もまた、辛そうに眉をたわめ、小さな墓標の前に花束を捧げる。そして堪えきれず嗚咽を漏らす瑠羽の頭をそっと抱き寄せて、低く深い声で墓に語りかけた。
「小さな命よ、何度お前に救ってもらっただろうか。どうか天国から、瑠羽をこれまで同様見守ってくれ」
「くるみちゃん、ごめんねぇ………大好きだよ…………」
瑠羽はやっとの思いでそう告げると、遼牙の胸にすがって泣いた。
「さあ瑠羽、弔いの歌を。きっと、どこかで聞いているはずだ」
瑠羽は頷いて顔を上げ、唇を震わせた。
一滴の水は海に注ぎ
一握の塵は土へ還り
愛しき君は永遠へ回帰する
たゆとう虚無にまどろむ魂へ
我が想いが届かんことを冀う―――
歌い終わった瑠羽は、再び遼牙の胸に顔をうずめて泣いた。瑠羽の歌に誘われたのか、小鳥が二羽、美しい輪唱を奏でながら肩に留まった。
「ほら瑠羽、友だちが心配しているぞ」
くるくると喉を鳴らして瑠羽の頬をちょんちょんとつつき、しきりに首を傾げている。
「ごめんね、ありがと………」
掠れた声で囁くと、小鳥たちは安心したのか、飛び立って瑠羽の頭上を二度旋回して去っていった。
「瑠羽、もし淋しかったら新しい友だちを見つけてやるが、どうだ？」
しかし瑠羽は首を振り、
「森に棲む友だちだけでいいです。彼らには帰るところがあるから……。もし、僕に何かあっても―――」
「瑠羽ッ」
遼牙は思わず厳しい声をあげる。瑠羽は肩を竦めて遼牙をこわごわ見上げた。
「すまない、大声を出して……。しかし滅多なことを言わんでくれ。お前に、お前の身に何かあったら―――」
遼牙は苦しそうに息を継いだ。そして震える声で続ける。
「――私は、生きていけぬ………」
「遼牙さまぁ……ごめんなさ………」
瑠羽は自分の軽はずみな発言を呪った。不安なのは遼牙も同じなのだ。弱音を吐いてはいけない、くるみちゃんの死を無駄にしないためにも。
瑠羽は必死に手を伸ばして、遼牙の頬を唇を撫でた。僕はここにいます、ずっといます、そんな想いを込めて。
「瑠羽……」
遼牙はその手に唇を這わせると、自分の腰に巻き付けた。そして自らも瑠羽の背に腕を回してぎゅっと抱き締める。
一度はこの手から離れ、天に召された身体。もう決して、決して離しはしない。もし、瑠羽に何かあったら、神の気紛れが触手を伸ばしてきたら、その時は、
―――私も共に……いこう………
影道としての宿命に翻弄され、それに諾々と従い続けてきた遼牙が、初めて自らの意志で択び取った道行きだった。
瑠羽の＜覚醒＞後も、宮殿内はそれまでと何ひとつ変わることなく粛々と日々が過ぎていった。
それも当然のことで、瑠羽の“秘密”について知るのは遼牙ただ一人。鴇津も鞘葉ももちろん与り知らぬこと。毒薬を盛られた瑠羽は、その後研究所が処方した解毒剤が効いたお陰で難を逃れたことになっていた。
実際には、解毒剤が届いた時には瑠羽は一旦死に、そして聖守護天使の承認を得て蘇っていたのだが。
瑠羽の毒殺を謀った妃、白鷺は、“精神の均衡を欠いていた”という理由により裁きを受けることなく、しかし白鷺宮に一生涯軟禁されることとなった。
遼牙の申し立てにより婚姻を無効にすることもできたが、そうすればまた神殿庁から新たな巫女を娶らねばならず、様々な面倒事が推測されるとあって、このまま婚姻関係を持続させることを選んだ。
そして白鷺の搬送と、軟禁のための白鷺宮の改装も終わり、瑠羽の身体もすっかり回復すると、紫衛那城にいつもの穏やかな日常が戻ってきたのだった。
とはいえ、以前と全く同じということはなかった。遼牙にしか察知できぬ僅かな変化が、瑠羽の身に生じていた。
例えば、陽光溢れるテラスで一人、身じろぎひとつせず、風の囁きに耳を傾けるかのようにじっと目を閉じている瑠羽をよく見かけるようになった。
その時遼牙は決して声をかけることはせず、黙って見守った。瑠羽が何をしているか分かっていたからだ。
そう、瑠羽は己れの守護天使との対話（ディベル）に没頭しているのだ。
そもそも、アム・アザゼルの持つ魔力とは各々の守護天使によって授けられるものなのだ。彼らの認証と助力がなければ、どんな高位魔族であっても魔力を行使することはできない。
そして彼らの認証を得るには、対話による意志疎通が不可欠であった。偉大な魔法使いほど謙虚であるのは、守護天使とよく会話し、その能力と聖性を知悉しているからだといえよう。
そして当然ながら、守護天使が高位＜アイテール＞を支配する天使長、大天使であればそれだけ対話の達成は困難であった。
認証まではいくつかの階梯があるらしいが、それがどのようなものなのか遼牙には想像もつかない。
彼はアム・アザゼルに関する知識では神官にも匹敵するほどの該博ぶりを誇っていたが、それは書物古文書から得たものに過ぎず、瑠羽のために役立つと思われる実際的なものは何ひとつなかった。
本来なら、一族の年長者が先導者となって対話の達成を助けてやるのだろうが、瑠羽は全てを一人でやらねばならないのだ。
しかし、苦しそうな表情も見せず、穏やかに対話に耽る瑠羽を見ていると、緩やかな歩みながらも確実に成果をあげているようにも見える。
遼牙はある時、瑠羽に訊ねた。
「瑠羽よ、そろそろ守護天使の名前くらいは教えてもらえたのかな？」
実は、名前を知るのもなかなかの難事業なのだ。しかし瑠羽はいともあっさり「はい」と頷くと、恐ろしい名前を口にした。
「ルヒエル様と、オファニエル様です」
「なっ………」
にこにこ笑う瑠羽とは対照的に、遼牙は瞠目したまま絶句した。それもそのはず。ルヒエルとは＜風の塔＞の頂点に立つ天使長、そしてオファニエルは月や星辰の運行を司る大天使なのだ。
もちろん瑠羽はそんな知識を持ち合わせておらず、今自分が口にした名前がどれほどの威光を放っているのか知る由もない。
「お顔は分りませんが、お二人ともとてもお優しくて、温かくて……」
「そうか……認証を得られるよう頑張りなさい」
「はいっ」
いつもと変わらぬ愛くるしい笑顔を浮かべ、元気に返事する瑠羽を見つめる遼牙の頭の中は、ある言葉で埋め尽くされた―――＜神聖高位魔族＞
そしてもうひとつの変化。それは閨事での楽しみに関するものだった。
「瑠羽、るう……いい子だ………小さな羽を出してごらん」
「あっ……んぅ……はい、りょ…きさま………」
四つん這いになって腰を高く上げ、つややかな双丘とその芯で蠢く蕾を遼牙に差し出していた瑠羽は、快感に酔い惑いつつもゆったり頷くと、背中を微かに震わせた。
すると、小さな羽が肩甲骨の辺りからぽん、と飛び出てぱたぱたとはためいた。これは飛翔用の大きな翼とは違う、いわば装飾用の羽だった。
遼牙はそれを確認すると、瑠羽の奥に埋め込んだ指をたぷたぷ音をたてつつ屈伸させた。すると、「きゃぁん」という嬌声と共に生まれたばかりのあどけない羽がふるふると震えた。
「ああ……なんて可愛いんだ、この羽は……真っ白で小さくてふわふわしていて………」
込み上げる感情の熱にうっとりと酔いながら指を抜き、くぷくぷと音をたてて蜜を滴らせる花芯に己れの怒張をあてがう。そして暫く入口だけを犯して襞の蠢きを味わってから、一気に奥まで貫いた。
「ああーーッ、あ、ぅん……はぁっ……もっとぉ……りょ、きさまぁ……ん」
奥の方で小刻みに揺らしてやると、ずぷずぷと鈍く濃い音が漏れ聞こえてくる。
「どうだ、瑠羽……ん？ 奥の方は……気持ちいいか？」
「あっ、んぅ……はい……きもち、いいですぅ……」
「どんな風に気持ちいいのかな………？」
「おしりの……奥がずん、ずん、って……ぁ………あつい、あつくて………ああっ、ああぁっ」
遼牙は会心の笑みを浮かべると、襞の奥深く埋め込んだまま、身体を折って瑠羽の背中にかぶさった。そして小さな羽の付け根に顔をそっと寄せる。
すると、その部分からたちのぼる独特の甘い芳香に鼻孔が支配され、額の奥に痺れるような快感が灯った。この、ジャスミンの花がまき散らす吐息に似た香りこそ、瑠羽の＜芳気＞。
覚醒する前からも仄かに肌から漂って遼牙を酔わせたが、覚醒してからは特に濃密になり、傍にいるだけで遼牙を夢見心地にした。
「いい匂いだ、ずっと包まれていたい………」
遼牙は囁きながら唇を寄せて、右の羽の付け根を舌で舐めた。
「ああぁん、やんっ、だめぇっ……そこだめぇ………」
瑠羽の艶めいた懇願を見事に無視して、遼牙はさらに舌を這わせる。そして片手は瑠羽の勃ち上がった半身を、もう一方の手は左の羽の付け根をこすって刺激を与えた。
「ひぃっ…ん、やあぁっ、やめ……やめてぇ………」
アム・アザゼルの生態に精通している遼牙でも、さすがにココが性感帯であるとは知らなかった。
瑠羽は駄々を捏ねるようにいやいやと首を振りながらも、腰をびくんびくんと突き上げてより深い結合を求めようとする。
「ここが…嫌なのか？ 瑠羽………」
とろとろと際限なく溢れる淫らな液体をすくって、羽の付け根に塗り込める。そして指をぬるぬると滑らせると、「いやああぁぁ」と掠れた悲鳴を上げた。
「うぅ……少しは加減をしてくれ、瑠羽………」
思わず情けない呻き声を上げる遼牙。快感に悶える瑠羽の内壁は遼牙の雄にぺったりと絡み付いて、もっと苛めてと甘い催促を繰り返す。
「ではお望み通り……苛めてやろうか…………」
遼牙は荒い呼吸の奥から精一杯の虚勢を絞り出すと、身体を起こして瑠羽の細い腰を抱え直した。そして、ぐちゅぐちゅと生々しい注挿音が響くほどの激しい突き上げを始めた。
「きゃうっ、あうっ、う……んぁっ、あぁっ」
鼻にかかった愛くるしい喘ぎはもちろん、突き刺すたびにあのマシュマロのような羽がぴく、ぴく、と動くのが、遼牙の中の嗜虐心を揺さぶる。
遼牙は一旦動きを止めて双丘を割り開き、猛る棒を呑み込んで健気にまとわりつく紅い花びらを、指の腹でざらりと愛撫した。すると、「きゃふっ」という嬌声と共に羽がぷるるっと震えた。
余りの愛らしさに、思わず頬が緩む。もっともっといたずらを仕掛けて苛めてやりたかったのだが、これ以上はこちらがもたない。ミイラ取りがミイラに……ともなりかねない。遼牙は再び、激しく腰を打ちつけた。
「るう、るうッ」
「ああっ、ああっ、りょうきさまぁっ………も、だめぇ……イクぅ……出ちゃうのぉ………やッ……やあああぁぁっ」
「う……ぐ…ぅ………」
獣のように喉を鳴らして白濁を注ぎ込むのとほぼ同時に、瑠羽も悲鳴を上げてぴちぴちの半身から熱い蜜を迸らせた。
「ああ……るう………」
達した瞬間、瑠羽の小さな羽はぱたぱたとはためいた。遼牙はそれを、与えられた快楽に対する素直な悦びの表現と受け取った。
愛しさの余り、ぐったりと弛緩した身体を抱き上げて口付けの雨を降らせる。瑠羽の名をうわ言のように繰り返しながら。
「ん……っふ、りょ…きさま………」
瑠羽は半ば朦朧としながらも、小さな手で遼牙の肩にしがみつき、熱く荒々しい口付けの全てを受け入れた。そして自らも首を伸ばして遼牙の唇にちゅっと触れると、そのまま首筋に顔を埋めて幸せそうに微笑みながら目を閉じた。
「ん……ぅん………」
遼牙の逞しい胸に顔をすり寄せて時折甘い息を漏らす瑠羽は、今までと何ひとつ変わらない。背中の羽も今は消え失せ、真っ白な肌と細い肩に指を滑らせれば、くすぐったそうに震えてふふ、と笑う。
しかし遼牙の表情は曇っていた。“あの言葉”がどうしても頭から離れない。
たとえそうだとしても、自分たちには関係ない。これまで通りこの宮殿の奥で二人、静かに愛し合って生きてゆけばいいのだ、そう自分に言い聞かせるのだが、あの言葉の持つ威力は想像以上に強く、心の奥にしっかり爪立てて容易に剥がすことができなかった。
その時、腕の中ですやすや眠っていたはずの瑠羽が、苦しそうに呻き出した。
「ぅ………や…ぁ……わい……こわ…い………」
「るう……、どうした……？」
遼牙は不安に逸る気持ちを抑えて、驚かせないよう優しく声をかけた。
「い……や……。いか…ない………ぼくっ、」
自らの叫びに弾かれたように目を開けた瑠羽。辺りを見回してほぅっと息をつき、遼牙の胸にかじりついた。
「どうしたのだ、ん？ こわい夢をみたのかな」
遼牙はわざとのんびりした口調で訊ねる。そして瑠羽が落ち着くのを待った。やがてゆっくりと顔を上げ、唇を震わせる。
「りょうきさま……ぼく………」
遼牙は、まだ怯えの翳が抜けきらない瑠羽に温かい眼差しを送り、
「瑠羽、ここは私の腕の中。世界で一番安全な場所だ。何も怖がることはないよ。何があったのかな？」
「はい……夢を……。男の人が、やっと見つけた、って………」
思わず厳しい声で詳しく問い質したくなるのをどうにか堪えて、遼牙は「そうか」とだけ答えた。日ごろ磨いてきた仮面が、瑠羽相手に役立つとは。
「どんな男だった？」
「お顔はよく分かりません。でも……羽があったので、たぶん………」
遼牙は黙って頷いた。それ以上は言わなくてもいい。そして瑠羽の頬を熱い掌で包み、
「よいか、瑠羽。夢の中で声をかけられても、決して言葉を返してはならぬ。どうやら相手はお前を探しているようだ。もし答えてしまったら、お前の居場所が知られてしまうかもしれない。そうなったら、お前を連れて行こうとするかも―――」
「やッ、やだぁ、いやああぁ……」
瑠羽は哀れなほど蒼褪めて、必死に首を振る。遼牙は慌てて宥めた。
「かもしれない、という話だ。だが気を付けるに越したことはない。お前も知っているように、あの種族は繁殖力が弱いから、一人でも多くの仲間を見つけようと躍起になっている可能性はあるからな。必要以上に怯えることはない。だが、気をつけなさい。分ったね」
瑠羽はひとつひとつの言葉に真剣に頷きを返し、最後に「はいっ」と張り詰めた返事をして遼牙を見つめた。その真っ直ぐな瞳に惹きつけられた遼牙は、上からかぶさって唇を塞ぎ、熱烈な口付けを贈った。
「ん…ぅ………んっ………」
蕩ける舌を味わいながらも、遼牙は昏い戦慄を抑えることができなかった。他人の夢に干渉するような高度な魔法を行使できるのは、神聖高位魔族以外に考えられなかったから。
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