５.
「遼牙さま、遼牙さまっ、どうされたのですか」
無言のまま瑠羽を抱きかかえ、大股で宮殿内を歩く遼牙に、必死で呼びかける。しかし何の返答もなく、唇をぎゅっと真一文字に結んで前を見据える表情に、瑠羽は微かな畏怖を覚えた。
遼牙はそのまま自室に戻り、寝台の上にそっと瑠羽を下ろすと、豪奢な衣装がしわになるのも構わず激しい抱擁を与えた。
「瑠羽、瑠羽っ」
喉の奥から絞り出すような掠れた声で、瑠羽の名を呼ぶ。
瑠羽はだんだん心配になってきた。もしかしたら遼牙さまは、具合が悪いのかもしれない。きっとそうだ。なのに一番傍にいた自分は、気付くことさえできなかった。自分の不安やショックにばかり気を取られて……。
「遼牙さま、お加減が悪いのですか？ 手伝いますから、楽になさって休んでください」
遼牙はゆっくり抱擁を解くと、瑠羽の顔に手を添えて正面から見据えた。その表情には、言いようのない苦悶の痕が刻まれている。瑠羽の胸は激しく痛んだ。
「遼牙さまっ、ごめんなさい。そんなお辛そうな顔をしているのに、僕何も気付けなくて……。自分のことばっかりで……」
瑠羽は自分の不甲斐なさに思わず涙をこぼした。遼牙はそれを吸い取ると、
「謝るな、瑠羽。私のこの苦しみは、お前を傷付けてしまった当然の報いなのだ。許してくれ……」
「何を仰るの。遼牙さまは何も悪くない。それどころか、何もして差し上げられないこの僕を、愛してくださって……」
瑠羽は、ぼろぼろに傷付いた手で顔を覆って、指の隙間から嗚咽を漏らした。
「何も、何もできない、僕は……子供だって生めないし、豪華な贈り物だって差し上げられない………ぅ……ぇっ……」
「瑠羽……本当にそうか？ お前は何もできないのか？」
瑠羽ははっと顔を上げて遼牙を見つめた。暫し無言で視線を交わしたが、ゆっくりと首を振り、
「いいえ、ひとつだけ。遼牙さまを愛すること、それだけはできる―――」
「それで十分だ。他には何も要らん。豪華な贈り物も……子供も」
「で、でもっ」
遼牙は厳しい顔で頷くと、
「瑠羽、よくお聞き。白鷺の言ったこと、私の子をみごもっているという言葉は全くの嘘、でたらめだ。私の愛はただお前にだけ注がれているのだから。秘密のお務めをせずに子ができるはずがない。瑠羽、言っている意味は分かるかな？」
瑠羽は頬を紅く染めて小さく頷いた。
「では……何故お妃さまはあんなことを？」
「あれはな、私を苦しめるのが楽しくてならないのだ。そのためなら、誰が傷付こうと構わない。そういう女なのだ」
「そんな……」
「だから瑠羽、もう気にするな。あの女が何をして何を言っても相手にせず、いつもの笑顔を見せてくれ。それだけで私は救われる」
瑠羽は遼牙のために笑おうとした。けれど笑顔は歪んで唇はわなわなと震え、終に悲愴な叫びを漏らした。
「どうしてっ、遼牙さまのお誕生日なのに。みんなでお祝いする……大事な大事な日なのにっ……そんな、ひどいことを………」
胸にかじりついて訴える瑠羽を優しくあやすと、
「いいんだよ。もう慣れてしまった。それに今はお前がいる。あの歌は本当に素晴らしいプレゼントだった。今年の誕生日は一生忘れられないものになるだろう」
「あ、あの、遼牙さま……。実はもうひとつプレゼントがあるの」
もぞもぞと腰の辺りから何かを取り出すと、両手に包んで恥ずかしそうに差し出した。
「ん？ 瑠羽はまだ私に何かくれるというのか」
遼牙は小さな手を上から包むと、そっと開かせた。
「これは……」
「＜海の星＞です。邪悪なものから遼牙さまをお守りする聖なる星。身に付けていただけたら嬉しいのですが………」
遼牙は黙りこくったまま、瑠羽の掌に乗った＜海の星＞を見つめている。手に取ろうともしない。瑠羽はがっくりと項垂れて、
「こんなものしか差し上げられないの……僕には……ごめんなさい」
差し出した手を引っ込めようとした。やっぱり、王様に相応しい贈り物じゃなかったんだ。しかし遼牙は掴んだまま離さず、
「瑠羽、お前の手がぼろぼろなのは、まさかこれの―――」
「あ、はい……。どうしても今日に間に合わせたかったので。なかなか星が現れてくれなくて、つい夢中になっちゃった………ぁっ」
遼牙は瑠羽の腰を少し乱暴に抱き寄せると、我を忘れて口付けの雨を降らせた。
「瑠羽…瑠羽、ありがとう……こんな素晴らしい贈り物をもらうのは初めてだ」
「えっ……受け取ってくださるの？」
「当たり前だ。肌身離さず身に付けていよう」
今度こそ、瑠羽の顔に本物の笑顔が咲いた。
「嬉しい……遼牙さま」
遼牙は瑠羽の手を取って、赤く腫れた指先にそっと口付けた。
「こんなになるまで……。瑠羽、もっと自分の身体を大事にしなさい。お前の身体は誰のものだ？」
「遼牙さまのものです……」
「そうだ。私のものを勝手に傷付けることは許さん……」
「ぁ………ん………」
遼牙は瑠羽を寝台に押し倒すと、深く唇を重ねた。
「んん………っは…ぁ……ぁふ………」
甘美な喘ぎごと舌を吸い上げてじっくり味わい、ねっとりとした余韻を楽しみつつ唇を離した。
「お前といると、どんどん貪欲になっていく。瑠羽、もうひとつ欲しいものがある。聞いてくれるか？」
「はい。何なりと……」
「お前が……欲しい………」
言うが早いか、遼牙は荒々しい所作で腰帯を解いて上着を脱ぎ捨てた。裸の精悍な胸に金属の喉当てを付けた姿は軍神のように神々しく、雄の色香を漂わせている。
腰の奥に疼きを覚えた瑠羽は、無意識のうちに膝をこすり合わせてお尻をよじった。
「ん？ どうしたのだ、瑠羽……。そんな……いやらしい動きをして」
「分からないの……遼牙さまを見ていたら、何だか……あぁ……お尻の奥が熱くなってきて………」
遼牙は感じ入ったように熱い溜め息を漏らすと、盛りきった声で呟いた。
「お前は…いつの間にそんな誘い文句を覚えたのだ。瑠羽、覚悟しなさい」
そして喉当てを外し、瑠羽の足枷を外すと、獣めいた唸り声を上げて飛び掛った。
「あふぅ…ん……ぁぁ………はぁ………」
清楚な花嫁衣裳を淫らに着崩した瑠羽は、シーツをぎゅっと掴んで、遼牙の与える刺激に耐えていた。花弁のように幾重にも束ねられたシフォンのスカートから伸びるたおやかな脚を大きく広げ、蜜を湛えたその花芯を遼牙に与えている。
遼牙は飢えた蜜蜂のようにそこに唇を付け、じゅるじゅると音をたてて吸い上げていた。勃ち上がった瑠羽の先端は涸れることを知らず、遼牙の口腔はとろける液体で溢れ返った。
「ぁぁ……りょうきさま……あふ…ん、んっ」
遼牙はようやく口を離すと、白い花弁の中心でぬめぬめと勃ち上がる瑠羽のペニスを愛しげに眺めた。そして、鋼の硬度を誇る己れの怒張をぴったり合わせると、こすりつけた。
「あああぁ……ゃぁ……ぁ、熱い、りょ…きさまのあつい………」
「熱い、だろう？ お前への想いで沸いているからだ、瑠羽……」
遼牙は、太さも大きさも色も違う二つの性器をまとめて掌で包み込み、ぐりぐりと揉みながら扱き上げる。
「んぁっ……ぁぁ……も、やぁ……それいやぁぁっ」
瑠羽が激しく首を振ると、涙が散ってヴェールに降り注いだ。
「何がいいんだ？ るう……」
「ほし……欲しいのぅ………」
「それじゃ…分からんぞ」
「りょうきさまのが欲しいのぉ……」
純白のスカートを肌蹴て濡れた下半身を晒し、えぐえぐと泣きながら遼牙のモノが欲しいとねだる。あどけなさと淫らさの、得も言われぬ結合。
遼牙は熱病に侵されたかのような眩暈に揺さぶられて、みっともなく呼吸を乱す。
「欲しいのなら……態度で示しなさい、るう」
瑠羽は目をこしこしと擦りながら頷くと、遼牙の目の前で四つん這いになった。そして腰を高く上げて白い双丘を突き出す。
それだけでもこめかみが破裂しそうなほど興奮してしまうのに、瑠羽は胸の下から腕を回して割れ目に手を掛け、くいっと開いてみせた。
「うぅ……」
余りの淫猥な光景に、遼牙は言葉を失う。身体中を巡る獰猛な熱が凄い勢いで陰茎に集中し、痛みすら覚えた。
瑠羽の手によって押し開かれた部分は、紅く熟してめくれ返り、ひくひくと蠕動しつつ遼牙の蹂躙を待ち構えている。遼牙は誘われるようにそこへ舌を這わせると、丁寧に舐め上げた。
「あっ、あああぁぁん……」
「ちゃんと…自分で押さえていなさい」
「あっ…、はい……っん」
遼牙は、ほとんど棍棒のようにカチカチに膨れた陰茎の先端を瑠羽の潤みにあてがうと、そのままぬるぬると入口の襞をこすり始めた。
「ああっ、やぁっ……いじわるしないでぇ………」
遼牙の先端に吸い付いた肉襞が、奥へ引き込むように痙攣する。
「何て貪欲な口なんだ、瑠羽……そんなにこれが欲しいのか？」
「ほしい、ほしいよぅっ、りょうきさまぁ……」
「ああ……瑠羽………」
遼牙はうっとりと目を細めて、憎らしいほど淫らな蕾の入口だけを犯す。
「遼牙さまぁ……おかしくなっちゃうよぉっ、おねがい、おねがい、いじめてっ」
「よし、ちゃんと言えたいい子にはご褒美だ」
にやりと笑うと、綻びかけた蕾にずぶずぶと埋め込んだ。
「あっ、ああああぁぁーーッ……あっ、い、イイ………ああっ、ああっ」
深く貫かれた瑠羽の秘孔は、待ち望んだ刺激に悦びの蠕動を繰り返す。遼牙は低く呻くと、暴発しないよう腹の底に力を入れて腰を打ち付けた。
「あぅ、あぁ……あっ、ふ………りょ、きさま………もっと……あぁ……」
遼牙のリズムに合わせて腰を振る瑠羽。真っ白だったお尻は仄かに色づいて、もぎたての桃のようだ。突き入れるたびに漏れるグチュグチュという音は、瑞々しい果汁を連想させる。
「るう……凄いな、お前の、花びら……熱くて柔らかくて……ああ………」
限界を覚った遼牙は、瑠羽の双丘を鷲掴みにすると、角度を変えて最奥部の蜜壷を抉った。
「きゃぁぁっ、ああっ、ああっ、イクッ、イクぅぅ………」
「るうっ」
びくっ、びくっと痙攣しながら白濁を放った瑠羽は半ば朦朧としながらも、お尻の奥に注がれた熱い熱い遼牙の種たちを閉じ込めたくて、蕾をきゅっとすぼめた。
「るう……るう……」
「んん……りょうきさまぁ………」
情事の後の甘い倦怠に微睡んでいた瑠羽は、遼牙の呼びかけにゆるゆると目を開けた。
「私はちょっと鴇津のもとへ行ってくる。お前はここで寝ていなさい。分かったね」
瑠羽に黙って寝台を下りることは決してしない。この配慮が瑠羽には嬉しかった。
「はぁい。待ってますぅ」
ふわふわとした口調で答えると、再び目を閉じて幸せそうな寝顔を見せた。
「鴇津、済まなかったな。迷惑をかけた」
「とんでもございません。それに、私は何もしておりません。あの後―――」
「どうなったのだ？」
さすがに気になるのか、遼牙は眉をたわめて訊ねた。が、鴇津は憎らしいほどいつもと変わらぬ微笑みを浮かべて、
「ご想像通りですよ。怒り心頭の妃殿下は、とてもお子を宿しているとは思えぬ荒々しい歩みでご退席なされました……一件落着」
「ふん、まあ僅かでも私を困らせることができたのだから、あれも満足しているだろう。やるべきことはやったと、今ごろ帰り仕度をしているかもしれぬ」
しかし鴇津はそれには同意せず、笑みを消した真摯な表情で「遼牙様」と呼びかけた。
「なんだ、鴇津」
「妃殿下は、恐らく………いえ、何でもありません。ともかく一度話し合われた方がよろしいかと」
「分かっている。今から部屋へ乗り込むつもりだ。嫌なことはさっさと片付けて、早く瑠羽の許へ戻りたい」
遼牙は肩を竦めてちらと苦笑を漏らすと、鴇津に背を向けて去っていった。その後ろ姿を見送りながら、
「妃殿下は恐らく……あなたを心から愛しておられるのです。初めて逢った時から、ずっと―――」
「そろそろ、お出でになる頃だと思っておりましたわ」
白鷺は、祝宴の時の衣装のまま、薄暗い部屋にぽつんと座っていた。部屋に入ってきた遼牙に蒼白い顔を向けて、硬い笑みを浮かべる。
「白鷺よ、何が望みだ」
遼牙は儀礼としての笑みを返すこともなく、いきなり訊ねた。懐妊について質すこともしない。そんなのは質すまでもなく、分かりきったことだからだ。
無意味な嫌味の応酬で、時間を浪費したくはない。一刻も早く瑠羽の傍へ帰りたかった。
「望み、でございますか？」
「そうだ。私はどうしたらいい？ 私は何もかも与えてきた。自由にさせてきた。望まぬ婚姻の犠牲になったお前に、せめて好きなように暮らしてもらいたい、そう思ったからだ。もう一度訊く。何が不満なのだ」
「不満は……ございません」
「そうか、ならば何故―――」
「不満はございませんが、望みならあります」
遼牙は重々しく頷いて、「何でも申せ。叶えてやろう」と答えた。白鷺は感情の磨滅した無機質な表情のまま、ぽつりと言った。
「あの瑠羽とかいう堕天使を、追い出してくださいまし」
遼牙は、身体中の血流が早まるのを感じた。しかし何とか自分に言い聞かせる。抑えろ、抑えろと。そして表面は冷たく、内部はどくどくと沸騰している剣呑な声で、
「白鷺よ、それがお前の答えか」
「左様でございます」
遼牙は「分かった」と低く言い置くと、
「出て行くのはお前だ。二度と私の前に顔を見せるな」
「それが貴方の答えですか」
「そうだ」
「分かりました」
白鷺はにっこり笑うと、深く一礼した。そして、無言のまま部屋を去る遼牙の背中をじっと見送った。
薄闇に浮かぶ仮面めいた皙顔には、何の感情も見つけられない。ただひと言、遼牙から贈られた結婚指輪を見つめて、
「私の答えは……」
続く言葉は闇に融けて消えた。
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