それぞれの愛、それぞれの想い
―3周年記念アンケート御礼小説―
２.
「おおー、着いた着いた。けっこうのんびり浸かってたからなあ。あいつら待ちくたびれてんじゃねえの？」
「そうですね。遅くなってごめんなさいって、謝った方がいいかも」
「いいや、そんな必要はないぞ。俺らをのけ者にして二人で晩酌を楽しんでるんだから、これくらい待たせたって当然だっ」
薫と純はそんな会話をしながら、恋人の待つ部屋に戻ってきた。三和土で外履きを脱いでスリッパに足を入れ、声を揃えて「ただいまぁ」と言いながら襖を開ける。
次の瞬間、すぐ目の前で繰り広げられている光景に言葉を失い、思考は停止し、顔は蒼冷める。
「あ……あ………」
一体何をしているのかと、問うまでもなかった。畳の上に押し倒された片瀬。もちろん上にのしかかっているのは尭村だ。片瀬の両側に手を付いて顔を近付け、今にも唇を奪いそうな勢い。
対して片瀬はと言えば、浴衣の衿元が大きく肌蹴られて胸まで露わになり、ずれた衿口から肩が剥き出しになっている。
その状態で二人とも大きく目を見開き、部屋の入口で硬直する各々の恋人をただぼぅっと見つめた。
「い、いやぁぁ………」
最初に声を発したのは純だった。あっという間に溢れた涙をはらはらとまき散らして首を振り、
「尭村さんのバカーーーーッ」
わななく唇から渾身の叫びを放って、くるりと背中を向けた。
「圭祐……お前、ホントはそっちだったのかっ………」
続けて薫は呆然と呟くと、純と同様くるりと背中を向けて部屋を飛び出した。
「ちょ、ちょっと待てっ」
尭村と片瀬は慌てて追い掛けようとしたが、浴衣の裾を踏んだままだから上手く立ち上がれずよろめいてしまう。
「尭村っ、とにかくそこどけッ」
「お前も俺の浴衣掴んでんだよッ」
互いを罵りながら、出来の悪いコントみたいにあわあわしつつ何とか体勢を立て直す。しかし既に時遅しで、薫も純も部屋を去った後だった。
尭村も片瀬も思わずへなへなと座り込んで、力ない声で呟く。
「尭村さんのバカって、冗談だろ……」
「ホントはそっちって、どういう意味だよ……」
そしてどちらからともなく視線を交わすと、軽い悪寒を覚えつつ思いっきり苦々しい顔で溜息をついた。
「……ったく、お前が悪いんだぞ。お前が浴衣の裾を踏んだから、よろけるわ浴衣は脱げるわ。それであんな誤解を」
「うるせ。その程度でよろけてんじゃねえよ。俺まで巻き込みやがって。あれじゃまるで、俺がお前を押し倒したみたいじゃねえか」
「……実際押し倒しただろ」
「不可抗力だっ」
互いに責任をなすりつけ合いつつ歩いていた二人だったが、はたと口を閉ざした。やがて片瀬が肩を落とし、
「……やめようぜ。脱ぐとか押し倒すとか、真面目に言ってたら気分が悪くなってきた」
「同感だ。気持ち悪ぃ」
微妙な空気の中、二人は無言で歩いた。薫と純は、食事をしていたのとは別の離れに二人で逃げ込んだに違いない。阿呆らしいとは思うが、とにかく誤解を解くしかないだろう。
「……やっぱりここか」
三和土にスリッパが二足分投げ出されてあった。目配せを交わしつつ部屋に上がり、驚かさないようそっと襖を開けた。
室内は照明が落とされ、月明かりによってうっすらと物の輪郭が判る程度だった。息を殺して耳を澄ますと、奥の部屋からくすんくすんとすすり泣く声が聞こえてくる。
「奥だな」
「ああ」
短い言葉で確認し合い、奥の部屋を目指す。そして仕切り障子を一気に開け、と同時に部屋の照明を灯した。
並んで敷かれた二組の布団。その一方に、薫と純は身を寄せ合ってちぢこまっていた。
尭村は布団を踏み付けてどかどかと近付き、片手でぐわしと純の身体を抱き上げる。余りの荒業早業に、純は言葉を失ってされるがまま。
「あ、尭村ッ、なにすんだよ！」
何も言えず抱きかかえられる純の代わりに、薫が顔を真っ赤にして噛み付く。が、尭村は薫の方を見ようともせず、純を抱えたまま部屋の出口へ。そして片瀬の方をちらと見て、
「俺らはさっきの部屋に戻る。また明日な」
淡々と言い置いてそのままさっさと部屋を出た。
「あ、尭村さん、下ろしてっ」
「うるさい。暴れるな」
ぴしゃりと言われて、純はむっつり膨れつつも黙り込む。まるで物みたいに運ばれている自分が惨めで情けなくて……
部屋に戻ると、当然のように奥の寝室へ連れられた。綺麗に整えられた布団の上に、そおっと座らせられる。すぐ目の前に尭村はどっかり胡座をかき、
「さて、何か言いたいことがあるんだろ？ 言ってみろ、聞いてやるから」
「……別に。言いたいことなんかありません」
「ほう。ならこちらから訊こうか。“尭村さんのバカ”。あれはどういう意味だ？」
純は無意識のうちにちょこんと正座する。そして俯いたまま唇を尖らせ、
「……そのままの意味ですっ」
尭村は小さな溜息をついてぐいと身を乗り出し、
「なんで俺がバカなんだよ、ああ？」
純は顔を上げてキッと眦を決し、涙膜の向こうから挑むような眼差しを投げ付けた。
「バカだもん！ ぼ、僕たちがいない間に片瀬先輩にあんなことしてッ。そりゃ、僕は片瀬先輩みたいにしっかりしてないし、落ち着いてないし、大人っぽくないけど、でも、でもっ―――」
強気な態度は長続きしなかった。湧き上がる不安に押さえ付けられ、再び俯いてしまう。涙の雫がぽろぽろ滴り、腿の上に揃えた手に降りかかった。
尭村は何も言わず、抱き締めようともしない。その時、純の頭に先刻の薫の言葉が浮かんだ。不安を感じたら抑えるのではなく、そのままぶつければいいんだよ、と―――
「でもっ、僕だけ見てくれなくちゃいや、僕だけ愛してくれなくちゃいやっ。ほかの人にあんなことしたら……許さないんだから！」
すると突然、身体がきつく拘束された。息が止まるほどの抱擁。そして耳許でたったひと言―――
「分かった」
「あ……きむらさ………」
「お前の言う通りにする。お前だけ見る、お前だけ愛する。分かったな？」
純はじっと一途な瞳を向け、尭村の言葉を何度も何度も反芻する。やがてくしゃりと顔を歪めてえぐえぐ泣き出し、
「ぼく………不安で、どうしようもなく不安で……。尭村さんもほんとは片瀬先輩みたいにしっかりしてて大人な人の方がいいのかなって………なんだかとってもお似合いだったし………」
「お似合い、ねえ……」
尭村は呆れたように呟いて、目の前でもじもじとちぢこまる愛しい恋人を見つめた。
誤解を解くのは簡単だ。ちゃんと順を追って説明すれば、なぁんだそういうことかとすぐに納得してくれるだろう。尭村は保身のために嘘を吐くようなことは決してないと、これまでの付き合いで分かっているはずだ。しかし―――
「そんなに………お似合いだったか？」
尭村は身を乗り出して純の身体をその場に押し倒し、上からのしかかりつつ神妙な声で訊ねた。純はこくんと頷いて、
「片瀬先輩、綺麗だし。二人で寄り添ってお酒呑んでる姿が、とっても……」
「嫉妬、したのか？ ん？」
純は潤んだ瞳で訴えかけるように見上げ、「嫉妬したの…」と囁く。その表情の悩ましげなこと。尭村は内心の淫笑をわざと嘲笑へ変えて、それでも手は純の股間をまさぐりつつ、
「まあ確かに、お前と酒はしっとり呑めねえな。すぐ酔っ払って暴れるし」
「そ、そんなことないも…………んッ、ゃぁ…ン…………」
「そういう意味じゃ、ガキ臭え誰かより片瀬の方がいいかもな」
「ゃッ………ぁン………バカぁ………ガキじゃない……もん………ぁ、ぁぁっ………」
シーツにしがみついて一方的に与えられる快感に耐えつつ、必死に抗弁する純。やんわりと角度を変え始めた愛らしいモノの愛らしい輪郭を尭村がすっと指でなぞると、「きゃん」と鳴いて腰がひくんと跳ね上がった。
「ヤダぁ………片瀬せんぱいのとこに……行っちゃダメぇ………」
甘えた声で言い募る純の脚を持ち上げ、尭村は喉でククッとこもった笑いを転がす。そして浴衣の前合わせを肌蹴て、既に臨戦体勢の自身を取り出した。
取り敢えず、誤解を解くのは後にしよう。嫉妬する純の可愛さを暫く堪能してからでも遅くはないだろうから。
「……薫、こっち向けよ」
尭村と純が部屋を出ていってからも、薫は頑に背中を向けて布団の上にどっかり座り込んだままだった。片瀬が幾度か声を掛けても、堂々と無視して強張った背中を見せるばかり。
片瀬は“仕方ねえな”と独り言ちて、ほんの少し間を詰めた。こういう時、性急な態度をとるのは逆効果にしかならないと知っていたから。
そして、とにかく驚かせたことを詫びて誤解を解こうと口を開いた。が、僅かに先んじて薫がぼそりと、
「圭祐って……ホントはその………ああいうことされる側の方がいいのか？」
とんでもない質問だったが、片瀬は眉ひとつ動かさず「ふむ」と神妙な相槌を返し、
「そうだな。まあ敢えて言えばどちらでもいい」
「……へっ？」
想定していたどの答えでもない意外な返答に、薫は気の抜けた声で反問する。
「ど、どっちでもいいって……」
片瀬はさらに近付いて、背後からふわりと優しく抱き締めた。そして愛情に撓んだ甘い声を、耳からとろとろ注ぎ込む。
「特にこだわりはない。俺は、お前とひとつになれればいい」
「圭祐……」
耳から流れ込んだ媚薬めいた囁きは、あっという間に身体の芯に火をともした。薫は首まで真っ赤に染まりつつ、「ばかやろ…」と掠れた声で言い返すのがやっと。片瀬はふっと綿毛のような笑みをこぼして、
「相手が尭村なんて死んでもご免だが、お前なら構わねえよ」
僅かな躊躇いも見せずきっぱり告げられたその言葉に、片瀬の揺るぎない想いがぎっりし詰まっていることを見抜けないような薫ではなかった。
嬉しくて恥ずかしくてもじもじしつつ、“さっきのことは許してやる”と言おうとした。が、それより先に背後から嫌味な嗤笑が聞こえた。続けて、
「ま、お前には無理だろうけどな。ヤル方はかなり体力を消耗するから。お前みたいにちんこくてへなちょこなお子様には、荷が重すぎるだろう」
「なんだとッ」
薫は叫ぶと同時にくるりと身体を反転させ、片瀬の肩に両手をついた。そして腕を突っ張ったままぐいと押し倒す。
「俺だって、俺だってソノ気になればこのくらいっ―――」
片瀬の上に乗っかって、浴衣の衿に手をかけ大きく広げる。露わになった肌に噛み付かんばかりの勢いで吸い付き、真っ赤な顔のまま「どーだっ」と胸を張った。片瀬は笑いをこらえて、
「いい感じだ。で、それからどうする？」
「それから……えと、えと………」
片瀬の上に跨がったまま、頭を巡らせて考える。いつも自分がされていることをすればいいだけのことなのだが―――
「とにかく、お前も脱がねえとな」
片瀬はそう言って薫の帯をほどき、浴衣の前合わせを肌蹴た。
「ちょ、ちょっと待てよ！ そういうのは自分でやるって―――」
「いいから。お前は俺を気持ちよくすることだけ考えてろ」
そう言いつつも、薫のお尻に手を回してぷりんとした双丘を掴み、うにゅうにゅと揉みほぐす。さらに谷間の奥へ指先を滑らせて、まだ固い蕾をぎゅっと押し潰した。
「ゃッ………やめ………ちがうってば………」
しかし片瀬は不埒な動きを止めようとはせず、しれっとした口調で、
「ほら、続きはどうした。俺は無抵抗だぞ」
「ぅ……るせっ………ゃ、ゃぁ…ン………ぁ、ぁぁっ………」
ぴくぴく震えつつ角度を変え始めた薫自身を、片瀬は容赦なく攻めたてる。手のひらで包み込んで上下に扱くと、薫は悲鳴を上げて腰を上下に揺らした。まるで、下からの激しい突き上げをねだるかのように。
「やっぱり……して欲しいのか。仕方ねえな………」
片瀬は熱く湿った声で呟いて唇を舐め、薫の蕾を本格的に攻め始めたのだった。
翌朝、片瀬は一人で尭村と純の待つ部屋を訪れた。朝食も四人一緒に取るつもりだったから、まとめて彼らの部屋に用意されているはずだった。
襖を開けて中に入ると、既に二人は食事の最中だった。片瀬は思わず目を細め、
「おやおや。とんでもねえスタイルで食事してんだな」
純は尭村の膝の上で、しかもべったり抱きついたまま食べさせてもらっていた。
純は恥ずかしさに顔を赤くして、尭村の胸にすがりつく。が、小さい声できちんと「おはようございます…」と挨拶した。片瀬も柔らかな声で「おはよう」と返し、
「尭村のせいで腰が立たないんだな。大丈夫か？」
純はさらに赤くなってこくこく頷き、「だいじょうぶですぅ」と消え入りそうな声で答える。尭村はその頭をよしよしと撫でて、
「で、藤崎はどうした。あいつが食事をすっぽかすなんてあり得ねえ」
「仰る通り」
片瀬は淡々と答えて、ご飯の入っているお櫃を開けた。そして茶碗によそってから手の上にあけ、素早く丸めてお握りを作る。
あっという間に出来上がった三角お握り二つと、味噌汁や焼き魚、青菜の胡麻和えなどをお盆に載せて、
「じゃあ、また後でな」
尭村はすっと半目になって睨み、
「お前、人のこと言えんのかよ。藤崎の奴、起き上がれないんだろ」
片瀬はちらと肩を竦めて不敵な笑みを浮かべ、さっさと部屋から出ていった。布団の中で空のお腹をぐうぐう鳴らした恋人が、今か今かと待ちわびているだろう。
「このお握り……けっこう上手くできたな」
きっと目を輝かせて、「美味しそう〜」と言ってくれるに違いない。自然と口許が綻ぶのを抑えきれない片瀬だった。
（Fin）
＊今さら気付いたのですが、この4人が絡むお話のラストって、全部こんな感じですね。
ワンパターン万歳！（←ヤケ）
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